003 最後のピース

 ギアとの現状のすり合わせを行ったルッタだが、まだ体力は回復しておらず、話し終わって再び眠りについて目が覚めるともう翌日の朝になっていた。

 そして再び部屋にやってきたギアに体調を聞かれ、問題ないようだとルッタが返したことで、ふたりはオルベインのいる領主の間へと足を運ぶこととなったのであった。


「すまないね。本来であれば私から出向かねば……というところなのだが、見ての通りの状況でね」


 ルッタが目にしたオルベインの目の下には隈ができており、豪奢な机の上にはいくつもの書類が乱雑に置かれていた。そこにあるのは島中の被害報告や陳情書、または備蓄の分担等等の山だ。天領の復旧のためにオルベインは今は飛獣を相手にするよりも、ある意味では難解な戦いに入っていたのである。


「あーいや、お気になさらず。俺の方はずっと寝たきりでしたし、申し訳ない限りです」

「ははは、すべては其方の尽力あっての今だ。ソナタを賞賛こそすれ、非難するものなど居ようはずもない」


 オルベインが愉快そうに笑う。それから目を細めてルッタを見た。


「竜殺し。できれば我が領に招きたくはあるが……其方は首を振らぬであろうな」

「すみません」


 ルッタが頭を下げて否と返した。それは以前のリギットへの返答と同じだ。ルッタにとって騎士団は退屈過ぎるのだ。ハンターの有り様の方が自分には合っていると感じていた。


「気にするでない。何、社交辞令というヤツだ。ともあれ、嘘偽りない気持ちでもある。我が天領にと思う時がくればいついかなる時でも領民として歓迎しよう。其方の功績はそれだけのものであるのでな」


 その言葉に今度は「ありがとうございます」とルッタは答えた。受ける意思はなくとも、それは流民の扱いであるルッタにとっては破格の条件の誘いだ。

 それだけ評価してくれたことに謝意を返すのは当然のことであった。


「ま、其方にここは狭かろうが……さて、ルッタよ」

「はい」

「其方は風の機師団と共に我が天領に対して多大な貢献をしてくれた。故に其方へ褒美を与えたいのだが何か欲するものはないか?」


 その言葉にルッタは目をパチクリとさせて、それからギアに視線を向けた。


「ん? 風の機師団としての取り分はもう決まっているぞ」

「後ほど風の機師団の口座に送る形ではあるがな。即金で用意できぬのが申し訳ないが」


 オルベインが自重気味にそう返す。

 風の機師団はハンターギルドに自身の口座を持っている。と言っても電子的なものではなく現金での保管となり、風の機師団はヘヴラト聖天領のハンターギルドに報酬を集積させて保管していた。

 また今回の飛獣討伐による素材の回収は膨大で、特に風の機師団が討伐したランクA飛獣であるガルダスティングレーやランクB飛獣であるシャークケルベロスの素材は高値で売れ、今の疲弊したジアード天領では支払う能力がなかった。

 そのため、ギアはオルベイン、ハンターギルドと交渉して、換金額を相場よりも低めに設定し、処理や換金など諸々の処理を任せて、後ほど得られた金額を送金してもらうこととなっていた。それでも多額の金が風の機師団には入ってくることになるし、その中からルッタ個人に振り分けられる額も相当なものになる予定であった。


「こちらもあまり長居はできない身ですし、気長に待たせていただきます。お気になさらんでください」


 ギアが肩をすくめてそう口にする。

 そのやり取りで、その辺の話はすでについているのだなとルッタも理解した。

 ちなみに飛獣の素材については、今回特に新しい武器に転化させるつもりはなく、すべて換金の予定である。緑雷水晶からは雲海船用の兵装が造れるのだが、拡散ドラグーン砲の方が強力であった。

 そしてギアの言葉にオルベインが言葉も出さずに頭を下げる。今回の被害の大きさからこの天領を立て直すのには時間と金がかかる。風の機師団の対応にはオルベインも感謝しかなかった。


「それで、ルッタ。お前への報酬だがな。どうする? ちなみにクランとしてのお前の報酬は別で渡すが、上乗せの金でも問題はないと思うぞ」

「どうするって言われてもなぁ」


 現時点でルッタの望みはそう多くはない。ブルーバレットの仕上がりは順調で、今もっとも欲しいのは歯応えのあるエネミーだ。

 とはいえ、そんなことを口にできるはずもなく、それから少し考えた後にルッタが口にしたのは、オルベインには予想外のものだった。


「じゃあ。あの……領主様の機体の脚部パーツ。あれに内蔵されているブースターなんですけど……ああいう感じのが手に入りませんかね?」


 ルッタはガルダスティングレーの元に辿り着く前に、オルベインの愛機ガヴォークが脚部から炎を噴き上げて加速したのを見ていた。また同じような機構をナッシュの乗るノーバックの脚部にも付いていたのを思い出していた。

 そしてルッタにとっては、それこそが今のブルーバレットに必要な最後のピースだと確信していたのである。

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