002 帰るまでが遠足です

「ふむ。焼けた皮膚もうまく再生できておりますし、問題はないようですな。まあ若さ故ではありますが、それを過信せぬように」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます先生」


 ルッタのいる部屋に入ってきたギアと医者だったが、まずは状況の説明よりもルッタの診察が優先された。ルッタもこの場にギアがいることで安心できたので指示には大人しく従い、そうしてルッタの体に問題がないことも診断で確認できたことでルッタもギアも安堵した。


「しばらくは安静にして、無理はしないように。薬草染めの包帯も朝夜に代えておいてください。治療魔術も万能ではありませんので」


 医者がそう言って部屋を出ていくと、その場にはルッタとギアのふたりが残された。そしてルッタはギアからガルダスティングレーの襲撃からすでに二日が経っており、ルッタはこの天領の領主であるオルベイン・トールズ・ジアードに救助されて彼の屋敷で治療を受けているのだと聞かされた。

 また事態は概ね終息し、今は後始末にタイフーン号も駆り出されていて、保護者としてギアはこの屋敷に残っているとのことであった。

 ちなみにギアが屋敷に残っているのは、領主が強引にルッタを自領に引き込もうとしないかを見張る意味もあったのだが、そうした後ろ暗い意図を感じることはなく、心からルッタや風の機師団に感謝しているようだった。


「で、まあ……ここまでがお前が寝ている間のことなんだがな」


 そして諸々の状況の説明を終えたギアがルッタに改めて視線を向け直してから口を開く。


「量産機一機でランクA飛獣を単独撃破か。それを考えれば被害は軽微……と言いたいところなんだが、お前まーた無茶しやがったな」

「うう、すんません」


 ギアの指摘にルッタは素直に頭を下げた。

 ルッタも自分がやったことがかなり無茶であることを理解していた。オルベインたちにしてみれば、ルッタの功績は正しく英雄的なものであり、手放しで褒められるものだった。それはこのジアード天領の民からしてもそうだろう。

 けれども、今回のルッタは機体操縦の負荷もさることながら、ダメージの大部分は『強引に緑雷のシールドに飛び込んだ』ことが原因だ。最終的に倒せはしたものの直後に意識を失ったことを考えれば、ハンターとしては褒められたものではなく、死んでいてもおかしくはない状況だった。


「謝るってことはそういう自覚があるってことだよな?」

「うん。俺はひとりで勝とうって……焦ってたんだと思う」


 それは時間が経てばガルダスティングレーの眷属の増援が来ることを考慮したもの……というだけではなく、リリたちが合流して獲物が奪われる可能性も踏まえて早期決着を目指していたためであった。

 自分だけで倒そうという気持ちが先行し過ぎた結果が現在の状況だとルッタは理解していた。


「だから勝負を早く終われせようと無茶をして、この様だ」

「そうだな」


 ギアが頷く。


「良いかルッタ。ガルダスティングレーの討伐はお前に依頼したもんだが……ひとりで戦えと言った覚えはねえ。当然、先行していたハンタークランや、領都を護る騎士団との共闘を想定していた。もちろん俺らの到着を待つために遅滞行動に出ても良かったわけだが」


 ハンタークランは増援を防ぐために対処していたために対応できなかったことは仕方がない。けれども騎士団を制して単独で挑んだのはルッタであり、タイフーン号の到着を待たずに無理をしたのもルッタだ。

 結果として被害の拡大は抑えられたが、倒した当人はこうしてベッドの上にいる。


「ルッタ、お前は兵士じゃねえ。ハンターだ。ハンターってのは、自ら望んで死地に挑む。だから自分をしっかりと見ておかなきゃなんねえ。よえーなら逃げるし、危ないなら仲間を頼る。どれだけ強くても自らの足で帰って来ることができなきゃ一人前とは言えねえよ」

「……うん。そうだね」


 それはルッタにも理解できる。知らぬ人間の前で意識を失うなど恐ろしく危険なことだ。

 ルッタがこうして無事なのはオルベインが善性の側の人間であったからに過ぎない。或いはオルベインが銀鮫団のようなクズの側の人間で、ガルダスティングレー討伐の手柄を己のものにしようと画策していたのであれば、気絶していたルッタの命が奪われていた可能性もあったのだ。


「あと、あまりみんなを心配させるな。お前の負傷を聞いたシーリスたちの顔ったらなかったぞ。コーシローなんか自分のせいだって顔を白くしてたからなぁ」

「うん、ごめん。心配かけた」

「ま、船に戻ったら連中にも言ってやんな。みんな心配してたからな。次はちゃんと自分の足で帰ってくるんだ」


 そう言ってギアがルッタの頭を撫でる。

 懸念はずっとあった。ルッタは強い。ランクA飛獣の単独討伐など、アーマン大陸全土を見渡してもどれだけの人間ができるというのか。けれども、ルッタは自身を顧みず、倒すことを優先する。このまま戦い続けていればいつかは命を落としかねない危うさがあった。

 だからこそギアも言っておかなければならなかった。船から見送った仲間が戻ってこない哀しみを何度となく味わったギアだからこそ言わなければならなかった。


「ま、それはそれとしてだ」


 それからギアはニタリと笑う。

 必要だから説教はせざるを得ない。艦長として、クランリーダーとして。

 けれども元アーマーダイバー乗りとしては違う。


「ランクA飛獣の単独討伐なんぞ達成しやがって。よくやりやがったなルッタ」

「いてて。ギア艦長。頭グリグリし過ぎだよ!?」

「ワハハ、すまんすまん」


 一方でルッタの成したランクA単独討伐はアーマーダイバー乗りであれば誰もが憧れる偉業のひとつだ。実際ルッタはランクAに該当するドラゴン殺しを成したが、アレは地上戦での結果であり、実質はランクB相当に当たる。真の意味でランクAを討伐したと言えるのは今回が初であった。

 実際、これが自分の身を切る形で仕留めたのでなければ文句のつけようのない勝利だ


(ただ、まあ……焦ってたのはそうなんbだよなぁ。俺はひとりじゃないんだから待つという選択もあったんだよな)


 眷属の合流のリスクはあったものの、風の機師団を待つという選択もあった。その後に聞いたギアの話ではルッタが意識を失ってからそれほどかからずに合流したようだし、シールドを破るのに後一手が必要だったのは確かだが、それはシーリスやリリがいれば無傷で切り抜けられただろう。

 またその場には、オルベイン機は厳しくとも他のジアード天領軍の機体はすべて動かないわけではなかったのだからそちらに協力を呼びかけても良かったのだ。

 自分の視野の狭さにルッタは苦笑し、それからすぐに顔を上げてギアに宣言した。


「艦長、次からはもっと上手くやるよ。みんなと協力して、ちゃんと倒れないで帰ってくる」

「ハッ、切り替えの早いヤツだ。だが、それでいい。お前はひとりじゃない。俺らがいるんだ。それを忘れるなよルッタ」


 ルッタの言葉にギアも頷いた。

 そしてその言葉が正しくなされるか否か、その結果は次の戦いの時に。




———————————




 ガルドスティングレー戦でのルッタくんの行動はどれをとっても何かしら被害が出ます。

 ソロではルッタくんが重傷化し、騎士団との共闘では騎士団の損害が拡大し、遅滞行動に出るとイータークラウドが晴れるのが遅れて捕食される領民が増えます。

 領民を守るのは本来軍の役割なので、一番筋が通っていたのは騎士団との共闘だったのかもしれません。

 ともあれ今回でルッタくんのコマンドには『協力要請』が追加されたのでした。

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