島喰らいの章
001 この世界ではありふれた最悪の記憶
『島喰らいの章』開幕です。
今章はこれまでで最長の長さになったのでまずは前半部の22話ぐらいまでを隔日更新いたします。
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炎が舞っていた。島を焼き尽くさんと轟々と舞っていた。
その炎の渦のそばに少年が立っていた。辺り一面を覆う炎を瞳に映しながら立っていたのだ。
その光景を少年は知っていた。それはずっと昔に見たもので、悪夢としてたびたび再現される地獄だ。
ああ、またかと少年は思う。怒りが湧き上がる。憎しみが燃え広がる。
けれども、それ以上の深い哀しみが少年の中から溢れ出ていた。
そして遠雷の如き恐ろしい咆哮を耳にしながら、少年は目の前で倒れている男から視線を離せなかった。その男は少年の父親だった。
「ああ、良かった」
男が笑みを浮かべてそう口にする。
良くはない。何ひとつ良いことはないと少年は思う。けれども少年の口からその言葉が出ることはない。あの頃の少年は今よりもまだ幼く、そんなことを考える余裕もなかった。けれども、それ以上に少年を守るためにこんな姿になった、子供を守れたことを心の底から喜んでいる父親にそんな言葉が吐けるはずもなかった。
「生きて……いるなルッタ。怪我はないな」
「うん、父さん。うん」
少年の目からは涙が止まらない。
絶望に心が張り裂けそうで、実際に少年の心はここでひび割れていたのかもしれない。
「母さんな。少し疲れてるんだ。父さんもな……ちょっと休んでから逃げる……から」
人の形をした燃え殻を大事そうに抱える男の身体は腰から下が潰されていた。そんな姿でなぜ生きているのか、或いは目の前の光景は幼き日の少年の願望が見せた幻であったのか。
「お母……さんは、お父さ……」
「ホラ、アレを見ろ」
何かを口にしようとした少年の言葉を遮って男は指を差した。
その先には鉄の巨人があった。所々焼き焦げていて、中にいたであろう乗り手の男がそばで倒れているのが少年には見えた。
「騎士さんもさ。つ、疲れて休んでるんだろうけど、すぐに起きてくれる。だから……ルッタ、行ってこい」
「嫌……だよ。駄目だよ父さん」
少年には分かっている。過去の己も恐らく理解している。この場を離れれば、もう二度とふたりには会えないということを。どういう結末になるにせよ、両親とはお別れになるのだと。
「行きなさい」
「それでも俺は……」
少年が何かを口にしようとして、巨大な怪物の咆哮によってかき消された。
その声の主はとても恐ろしいものだった。怖くて、怖くて、ガタガタ震える少年の頭を男が優しく撫でた。
「なあ、頼むよ……助けてくれよルッタ。僕と母さんを。助けてくれ。お前が……頼む……よ」
その言葉が嘘だと少年には分かっている。少年が走り出すための言い訳を、優しい嘘を、死の間際に男が絞り出しただけなのだ。けれども少年は弾けたように走り出した。怖かった。助けたかった。感情はぐちゃぐちゃで、それでも少年の目はソレに向けられていた。
アーマーダイバー。
ソレは少年の憧れだった。ソレがあれば無敵になれると思っていた。ソレに乗ればどんな怖いものを振り払えると信じていた。
そして少年は鉄の巨人のところまで走り切って、父親に褒めてもらいたくて後ろを振り返った時……そんなものは幻想だと、大好きだったふたりを飲み込んだ炎が笑っていた。
―――――――――――
「うわぁッ」
バサッという音を立てながらルッタが布団をはいで上半身を起き上がらせた。
「うん? あれ?」
意識を急速に覚醒させていくルッタが周囲を見渡すと、そこは今まで見たことがない……あえて言うならノートリア天領のリギットの屋敷の中に近い、上質そうな部屋にいることに気が付いた。
(炎は? いや、アレは夢か。ここは……そもそも俺はどうしてたっけか?)
そんなことを考えながらルッタが記憶を掘り起こすと、ガルダスティングレーを倒したところまでは覚えていて、以降の記憶がないと気付いた。
(雷撃喰らって体はボロボロだったし、多分その後に気絶して治療されたってとこかな)
そう考えれば、辻褄は合う。
ルッタが救ったのは領主の部隊で、であれば相応に看病もされたのだろうと。
そう納得したルッタは先ほどの夢のことを苦い顔をしながら思い起こす。
「あーあ。最近は見なかったのになぁ」
あの悪夢は前世の死の悪夢と同じようにルッタが時折見るもので、実際にあった、トラウマとなっている過去の記憶だった。
けれども夢の記憶の先がルッタの中では曖昧だ。アーマーダイバーの元に辿り着き、両親が炎に包まれて、そこで自分の中の何かが決壊したのだろうとルッタは理解していた。
そして、溢れ出た中からきっとルッタは掴んだのだ。生存本能が、己の前世であろう風見一樹の記憶を掴み取り、アーマーダイバーを操作させるに至ったのだと。
そうしてルッタはワールドイーターの一体である暴食竜ドラクルから逃れ、島を脱出した。
(ハァ……アレを思い返しても仕方ないか。いずれは殺すけどさ)
両親の敵討ちを望む想いはある。雪辱を晴らすという気持ちもある。
もうルッタは怯えて逃げた子供ではない。打倒するための技術も、打倒するための牙も手に入れていた。今はそれをさらに確実なモノとするために、自身を鍛え上げている。
(それでここはどこで、俺はどうしたらいいんだろうなー)
恐らくは戦闘を終えて気絶した自分は貴族に救われ、現在療養中なのだろうとは理解できていた。目覚めた先がタイフーン号の医務室でないのは気にかかったが、誰かが来てくれれば説明もあるだろうと考え、ルッタは再び眠りについた。
そして次に目覚めた時には、目の前にギアと医師らしき男の姿があったのである。
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サブタイトルにもある通り、ルッタくんには最悪な過去ですが、この世界ではありふれた悲劇だったりもします。シーリスも似たような過去がありますし、ハンターには同じような経験をした人がそれなりにいます。
今話は書いてる筆者も内容が重くてしんどかったのでクリスマスにぶつけて気持ちを中和することにしました。今章で重い話はここぐらいだと思います。
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