029 オーバーキル・チェーンソー

 ガルダスティングレーから隠れた瓦礫の影でブルーバレットの手の中にある黒牙剣と白牙剣がガコンガコンと音を立てながら繋ぎ合わさり、白と黒の牙が交互に並ぶ大剣へと変わっていく。コーシローはこの状態を大牙剣ブレイドモードと名付けていた。


(まあこいつはこのままだとただ長いだけの魔導剣だけどね)


 別に合体したからといって威力が増すわけではなく、それどころか二本の剣が一本になったことで機体から送られる魔力の供給量も一本分になってしまい、魔力刃が切っ先と片刃までしか宿らぬようになっている欠陥品であった。

 けれども何も問題はない。それらはただの余剰。この武装の本来の性能とは何ら関係のない、余分に持たせられたオマケなのだから。


「そんじゃあ、行きますか!」


 そしてブルーバレットが建物の残骸から飛び出し、大剣を振りかぶる。それにガルダスティングレーがエラで斬り返したが、ブルーバレットは先ほどと同様に、いやそれ以上にあっさりと弾かれて青と黒の機体はガルダスティングレーの頭上にまで飛ばされることとなる。

 それを見た騎士団から悲鳴のような声があがったが、機体内にいるルッタは「そりゃ、そうだよなぁ」という感慨しかない。


「デカくなっても切れ味は変わらない。そりゃ出力差と物量差でこちらに分がないのは当然なんだけどさ」


 そう言いながらもルッタの眼光は鋭く、しっかりと獲物を見ていた。その瞳は猛禽類が獲物を見つけた時のように鋭く輝いていた。


(この角度、いい感じだね)


 ガルダスティングレーから見れば、力負けした哀れな相手……などという風に見えているだろう。

 剣を大きくさせたがここまでと何ら変わらぬ状況に、自分を追い詰めていたはずの相手の力不足を実感したのだろうと。愉悦を覚えたのだろうと。ガルダスティングレーに表情はないが、ルッタは相手の魔力からそうした感情の波を感じ取った。どれだけ手強かろうと己が命に届かぬ牙しか持たぬのであれば負けはないと嘲笑ったのだとルッタは感じた。対してルッタの反応は……


「はは、間抜け」


 の一言であった。

 先ほどから感じ取っている感覚が何なのかは分からない。けれども相手の致命的な認識の誤りをルッタは笑う。隠した牙に気付かず嘲笑った間抜けを少年の形をした竜が如きモノが嘲笑う。怪物が目の前で顎門を開いているというのに、愉悦に浸る小鳥はいっそ哀れであった。無論、同情などあり得ず、当然の如く牙は突き立てられる。


「じゃあお披露目だチェンソーモード!」


 ルッタが大牙剣のトリガーを引いた。すると寝ていた白と黒の牙が起き上がり、剣全体がギザギザとした暴力的で凶々しい牙に覆われた。


「そんでトリガーをもう一度引いて回転させる」


 再度トリガーが引かれたことで、ギュルルルルルと地獄の底から響いてきたかのような音が響き渡る。それにはガルダスティングレーも何かが起きていることに気づいたが、ここから何をするにしてもすでに遅い。

 ガルダスティングレーは自身でルッタの望む位置へとわざわざブルーバレットを打ち上げたのだ。最大出力でフライフェザーを展開して、直滑降に落ちてくるブルーバレットを止める術など持たない。


「三度目で発動だ」


 そして三度めのトリガーによって装填されていた魔鋼砲弾が魔力分解され、解放された魔力は高速回転する白と黒のそれぞれの竜牙へと流れて尋常ではない出力の小型の魔力刃を生み出していく。瞬間出力に優れた竜の牙に宿ったその魔力の刃はオリジンダイバーフレーヌの専用兵装であるキャリバーの最大出力にも匹敵し、それが八十本の牙からそれぞれ発せられていた。それはあまりにも異常な光景であった。

 無論、量産機の出力でこんな無茶が通る道理はない。だからこそ、この武装は魔鋼砲弾分解時の過剰魔力に頼った。それでも魔力刃を発生させられるのはたかだか二秒。それに数度接触すれば壊れてしまうような脆い構築だ。それを竜の牙の数を揃えて無理矢理に武器として成立させた。

 つまりこれはオリジンダイバーの専用兵装に匹敵する出力を持つ小型魔力刃八十本を一点に集中させて連続で斬らせることを目的とした、チェーンソーの形をした尋常ならざる斬撃武器なのだ。

 結果として発動できる時間は二秒にも満たないが、そのわずかな時間であれば無敵の刃だ。そして……


「あー、このサイズだと弾二発は使わないと斬りきれないか。ま、どれだけ斬れるかの検証はまた今後としますかね」


 ヒレを使った防御など何ら意味をなさず、まるで焼けたナイフがバターを切るように容易に斬り裂かれて真っ二つになったガルダスティングレーの巨体が大地に落下していく。

 それは或いは神ですらも殺せるのではないかというほどの、凄まじい一撃であった。

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