028 顎門

 ガルダスティングレーの全身を覆っていた緑雷のシールドは霧散していた。それは緑雷を発生させている器官であった魔力結晶の多くがルッタによって破壊されて維持ができなくなってしまったためだ。

 また残っていた魔力結晶もガルダスティングレーはすでに体内に収納していた。このまま露出していてもバリアのない状態では目の前の難敵を前に弱点を晒しているようなモノであったからである。雷撃も撃てなくなるが、それよりも守りを優先すべきと判断した結果であった。


「ま、元々表皮もかなり硬いしね。シールド張って一方的にビリビリ撃つ舐めププレイよりもこっちの方が本来のスタイルなのかも」


 先ほどの独楽斬りで魔力結晶は砕けても、表皮は表面を傷つけただけに留まっていた。本来のガルダスティングレーの戦闘スタイルにはバリアすらも必要ではないのかもしれないとルッタは感じた。

 そして双方が互いに意識を集中させながら、同時に動き出す。


「なるほど。速い」


 明らかにトップスピードの変わったガルダスティングレーの突進を避けつつ、ルッタは敵に対しての戦闘評価を改める。シールドと雷撃メインだったここまでよりも、はるかに危険な相手になったと瞬時に理解した。


「それにこの霧……厄介な」


 ガルダスティングレーから発せられる緑の霧は視界を遮り、さらにまばらに発光しているために先ほどから距離感も狂わされている。また霧の中から鋭い尾の針が三本、縦横無尽に動いて襲いかかってきてもいた。それをブルーバレットが咄嗟の機動でかわす。


「ま、けれどもこれは悪手だよねぇ」


 ルッタがアームグリップを操作してザクリと尾の一本を切り落とす。伸縮性はあっても尾の防御力自体はさほどのものではない。さらにもう一本も切り落とすと怒りの咆哮とともに霧の中からガルダスティングレーの巨体が現れ、ヒレを大剣のように振り下ろしてブルーバレットへと襲い掛かる。


「グッ、ぉおおああああ」


 それをルッタは双剣で迎え撃ったが機体ごと弾かれて飛ばされる。

 けれどもそれは想定内。空中での激突であれば、弾かれてもさほどのダメージはなかろうと判断しての対応だった。


「やっぱりカウンターでヒレを斬るのは難しいか」


 地面に落ちる前に体勢を立て直すと追撃のテイルアタックを避けつつ、先ほど激突したエラに視線を向ける。傷はつけられた。けれども深く斬り裂くには至らない。


「うん。通常の斬撃じゃあ、ヤツに傷を付けられても致命傷にまでは至らないね」


 牙剣はむき身の刀身であれば低ランクの甲殻のない飛獣なら斬り裂くことができ、現在のように魔力刃を纏わせている状態ならランクBまでの対処は可能だろう。それは通常の魔導剣の範疇。アマナイが提案したように竜の牙で造った高出力の魔導剣を用意していれば別の選択もあったろうが、今のままでは目の前のガルダスティングレーの命には届かない。

 また、さらに現在のルッタは魔導散弾銃を封印していた。現状のガルダスティングレーにバリアはないので重弾なら十分にダメージを与えることはできるからだ。牙剣で刻みながら重弾を撃ち続けていればダメージを蓄積し続けられる。けれども、それでは場合によっては勝ち目なしと判断したガルダスティングレーは逃げる可能性がある。そうなればせっかく持ち込んだ一対一の戦いが終了だ。この場で決着を付けるためにルッタは目の前の戦闘をコントロールしていた。


(あと一歩。状況を組み立てろ。機会をうかがうんじゃなく機会を作れ)


 急接近してぶつかろうとするガルダスティングレーを避けながら、黒牙剣と白牙剣をカウンターで当てて脇腹を斬り裂いた。ガルダスティングレーが苦痛の悲鳴をあげるが思いのほか、ダメージは大きくない。


「だが、それでも傷つくのは嫌だよなぁガルダさんよぉ!」


 続けてルッタがガルダスティングレーの頭部へと突撃するが、それにギョッとしたガルダスティングレーがとっさにヒレを振るって迎撃し、それを受けたブルーバレットが衝撃を殺しきれずに弾き飛ばされて、崩れた建物の中へと落とされた。


『ドラゴンスレイヤー殿!?』


 騎士団から悲鳴の声があがり、ガルダスティングレーの魔力が喜色に染まったのにルッタは気づいた。


(さっきから魔力の気配が見える? よく分からないけど……まあ、今はいいか)


 土煙舞う崩れた建物の中でルッタは笑う。万事順調。上手く姿が隠れるようにこの建物の中に『わざと』落とされた。それからガルダスティングレーから見えぬ間にルッタはアームグリップを動かしてブルーバレットの手にある黒牙剣と白牙剣を重ね合わせる。


「さーて、そんじゃあ仕上げと行きますか」


 そして、白と黒の牙が混ざり合って一振りの大剣が生まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る