007 君が乗ってみる?

「それ……拙いなぁ」


 ルッタが頭を抱える。


『拙いわよ。だからブルーバレットが修理できたらさっさと出て行くつもりだったってわけ』


 シーリスの言葉になるほどとルッタが頷く。納期早めの催促はそういう事情だったのかと。そしてルッタがこれからどうするべきかと考え始めたのとほぼ同時に事務所に付けられている電話のコールが鳴り響いた。


「はいはい。こちらテオドール修理店……あ? テオ爺?」

『おう、ルッタか。その感じじゃあそっちはまだ大丈夫みてぇだな』


 電話をかけてきたのはテオであった。その声に少しばかりの安心を得たルッタが口を開く。


「まあね。港の方で爆発があったみたいだけどテオ爺は大丈夫?」

『ああ、わしは問題ないが、ゴーラ武天領軍がタイフーン号に仕掛けて来た』

「タイフーン?」

『風の機師団の雲海船の船名だ』


 その言葉にルッタがリリと、それからブルーバレットに視線を向ける。シーリスたちが言った話は事実であるようだった。


『ルッタ。修理を頼んだ機体はどうなった?』

「とりあえず動くところまでは持ってきたよ。まだ調整はできてないけど」

『そうか。よくやった。聞けルッタ。風の機師団はゴーラに追われとる。で、ワシが元風の機師団のメンバーだってことも連中には多分バレとるだろう』

「ちょ、マジかよ。というかテオ爺、元メンバーだったのかよ」


 ルッタもテオがかつて何処かのクランに属していたことは知っていたが、それが風の機師団だというのは初耳だ。


『まあな。ギアが船を尾けさせた……なんて間抜けをするとは思えん。であればゴーラの連中、はなからワシに当たりをつけてやがったんだろう。で、ヴァーミア領はゴーラ側の天領だ。となれば分かるな?』

「もうここじゃ商売できないってことだよね?」

『そうだ。それどころか捕まったらゴーラに渡されて拷問された後に強制労働組だろう。ガキだろうがジジィだろうが構わずにな』


 その言葉にルッタがうわぁ……という顔をする。元の生活には戻れないどころか、捕まれば命が危うい。


「お先真っ暗じゃん」

『そうだ。このままではな。だからルッタ、お前は逃げろ』

「!?」

『そっちにいるふたりと一緒にタイフーン号に乗り込め。ギアにはもう話をつけてある』

「話って……いや、分かった。そうするしかないんだな」

『そういうことだ。ガキらしくねえ物分かりの良さがお前のいいところだ』

「それ褒めてないよね。で、テオ爺。それでこっからどうしたらいい?」

『おう、船はすでに港から離れてる。お前はそっちにいるふたりを連れてガイナの岬まで行って落ち合え』

「ガイナ……了解だよ。それで、そっちはどうすんの? 船、出てんだよね?」


 電話は有線。無線は広範囲に魔力を撒き散らし魔導具の障害を起こす。そのため基本的に島の上では天領軍しか無線は使用できないことになっている。だから風の機師団の雲海船がすでに港を出たというのであればテオはそれに乗ってはいないということになるのだ。


『心配すんな。ワシャ知り合いの船で後から島を出るさ。次に会うのがいつになるか分からねえが達者で暮らせよルッ』


 話の途中でブツンと切れた音がした。


「テオ爺!? クソッ、切られた。いや……電話線が切れたのか?」

『ルッタ。なんだって?』


 気が付けば、ブルーバレットの頭部につけられている水晶眼が覗き込む様にルッタに向けられていた。


「テオ爺、ウチの店のオーナーからだ。アンタらの船が襲撃されたってさ」


 その言葉にシーリスが苦い顔をして、わずかに間を置いてから『船は?』と尋ねた。


「すでに出航してる。合流地点も聞いたからあんたらを連れて行けって。あと多分電話線を切られた。ここも危ないかもしれない」

「かもじゃなくて危ない……だね」

「ん?」


 リリの言葉とともにリリの乗っていた円盤の上部装甲がせり上がり、その内部から銃身が姿を表した。


「なんだ、それ?」

「タレットドローン『シルフ』のアンだよ。アン、お願い」


 リリの言葉に反応してタレットドローンから魔力の波動が漏れると、次の瞬間にはドンっという音とともに銃口から魔鋼弾が放たれ、衝撃波を周囲に撒き散らしながらガレージの壁を突き破った。その行動にルッタが目を丸くして叫ぶ。


「いきなり何してくれてんだよ……って、おい。あれアーマーダイバーか!?」


 破壊された壁の外を見てみれば、そこには重装甲のアーマーダイバーが五機並んでおり、内一機がその場で倒れていく姿が見えた。それはたった今、円盤が放った一撃の成果だ。


「ゴーラの量産機フォーコンタイプ!? それもヴァーミア領軍仕様じゃない。となればアレがゴーラ武天領軍か」


 フォーコンタイプは軽量型のイロンデルタイプと違い、ゴーラ武天領で生産されている重量型の量産機だ。見た目通りの防御重視の機体で、ヴァーミア天領軍でも正式採用されているものであった。


(だってのに、それを撃ち抜いた円盤はなんだ? 出力重視にチェーンされた魔導銃ぐらいの威力はあったぞ)


 ルッタがリリの乗っているタレットドローンの一撃の威力に戦慄する。とはいえ、今のは完全な不意打ちだ。攻撃を喰らっていない四機は警戒して、すぐさまガレージを取り囲む様に散開し始めた。


『残り四機はあたしが……クッ、けどこれじゃあ』


 シーリスが迎撃を行おうとブルーバレットを動かそうとするが、その足はまるで生まれたての小鹿の様にプルプルと震えており、まともに戦えそうもない。


(俺なら……)


 その様子にルッタが歯噛みする。シーリスも風の機師団というクランのアーマーダイバー乗りで、リリがいなければエースを張っていてもおかしくはない人材だ。けれども、そんな人物であっても今のブルーバレットをまともに動かすことはできない。であれば戦える可能性があるのは……


「ルッタ」


 そして今にもブルーバレットに向かって飛び出したい衝動に駆られているルッタに対してリリが声をかけ、こう口にした。


「君が乗ってみる?」


 その問いがルッタの世界を変える『二度目の選択』だった。

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