006 襲撃

「……あっぶな」


 ルッタが少し顔色を悪くしながらそう呟いた。

 乗せる前に忠告はしたのだがブルーバレットに乗り込んだシーリスという女性はあまり気にせずにいつも通りの調子で操作したようだったのだ。


(もっとしっかり言うべきだったかなぁ)


 そこそこの広さはあるもののここは天井も壁もあるガレージの中だ。塗装はまだしていないからぶつけて剥げる心配はないが、下手に転んでジャンクの山に突っ込むならまだしも壁を破壊されでもしたら目も当てられない。そんなことをルッタが心配しているとリリが「シーリスなら大丈夫だよー」と口にした。


「そ、そうですね」


 その言葉にルッタが軽く頷いた。起動後すぐはともかく、今はどうにかではあるが立っているし、少しばかり歩いてもいる。確かに腕は悪くないのだろうとルッタも理解していた。


「そんでお姉さん、俺に何か用ですか?」


 ルッタも流石にリリという少女の視線が作業中からずっと自分に向いていることには気づいていた。自分が子供であることを自覚しているルッタはその視線が色恋沙汰のものなどとは当然思えず、何かしら気に触ることでもしたのだろうかと少しばかりドキドキしていた。


(けど、この人……本当に美人だよなぁ)


 ルッタは二十歳の青年の記憶を持つ十二歳の少年だが、日頃の食事事情が偏っているためか原因か十歳前後に見られる外見をしているし、精神性はともあれ、肉体的には出来上がっておらず女性への興味や性への情動は薄いのだが、そんなルッタでもドキリとしてしまうほどにリリは整った顔立ちをしていた。


「お姉さん……悪くないけど、お姉ちゃんの方が良いかも」

「はぁ、えっとお姉ちゃん?」


 その言葉にリリがニッコリと笑う。その表情を見たルッタの顔が少し赤くなった。


「ねえ君、ルッタって言うんだよね」

「そうだけど」

「操縦……上手いよね?」

「んー、現役の乗り手さんに言われると照れるけど、自分でもそれなりじゃないかなとは思ってるよ」


 シーリスもリリも上にケープを羽織っているが、その内側は見る人が見れば乗り手用のダイバースーツであることはすぐに分かる。そして風の機師団というそれなりに名の通っているのであろうクランのことを考えれば15歳程度の少女が乗り手であるということは本来異常なことであり、であれば目の前の少女が何かしら特別な存在なのだろうとはルッタも予測していた。

 そんなリリに対しての強気な発言は客観的に見れば背伸びをした子供のソレであろう。けれどもリリはニッと笑って「嘘だぁ」と口をした。


「君はさ。自分が乗れば誰にも負けないって顔してる」


 その言葉にルッタはザワリとした何かを感じて渇いた笑いを返す。

 リリの指摘は正しい。ルッタはことロボットの操縦に関して誰にも負けるつもりはない。それは風見一樹としてロボゲー命で生きてきた記憶と、前世の記憶を取り戻してからこの修理屋で過ごした四年間の経験によって裏打ちされたものだ。

 実際アーマーダイバーの動作は『アサルトセル』に非常に似ていたし、両親が死んで八歳でテオに引き取られてからロボクスや客のアーマーダイバーの試運転などを経て両者の違いも把握し適応させてもいる。

 魔力量や制御力の問題でルッタの適正では量産機しか乗れない(平民としては良い方で、量産機に乗れない者も多い)が、例え相手が専用機でも、それこそオリジンと呼ばれる最上位機が相手でも負けはしないという自負があったのは確かだ。

 無論、実戦経験のないルッタの脳内限定での話ではあるのだが、それをリリは看破して指摘したのである。


「うん、そういう目をしてる。さっきからずっと『勝負したら負けない』って、リリたちに見せつけるようにしてた」

「は、はははは、そんなこと……ないですよ?」


 ルッタは冷や汗をかきながらそう返すことしかできない。

 そうした想いがあったことは否定できない。アーマーダイバーにさえ乗れれば、彼女たちにだって、現役の乗り手にだって負けはしないだろうと。ずっとテオドール修理店で働きながらそんなことを考えていたことは確かだ。であればどう言葉を返そうか……ルッタが思案していると


 ドォォオオオン


 ……という爆発音が外から響いてきた。


「!? なんだ?」

「今の……魔導砲の音?」


 ルッタが驚き、リリが疑問の声を上げる。


『ルッタ、今の音はなんだい?』


 フラフラしているブルーバレットの中からシーリスがそう尋ねてくる。その言葉にルッタはすぐさま窓の外へと視線を向けると、港町の方から煙が昇っているのが見えた。


「ええと、港町の方……で、煙が出てます」

「シーリス。これって?」

『ああ、こりゃあ拙いかもしれないね』


 そのやり取りにルッタが眉をひそめながら口を開いた。


「もしかして、アレってアンタらの客ですか?」

『あたしらを追っていた連中の可能性が高いわね』

「けど、そういう連中なら天領軍がすぐに対処してくれるはずですよ」


 天領の移住権を持っていないハンターたちは基本港町でしか活動ができないし、だから天領軍のアーマーダイバーも港町に常駐して警戒している。なので問題が起きればすぐさま天領軍が鎮圧に乗り出すはずだとルッタは思ったのだが、続けてのシーリスの言葉が安易なルッタの考えを否定する。


『いいや無理だよ。相手は空賊やハンタークランじゃない。ゴーラ武天領軍なんだもの』

「は?」


 ルッタの目が丸くなった。

 竜雲海に浮かぶ天空島を治める天領はその多くがそれぞれ自治領であり、複数の天領が集まって国としてまとまっているようなことはない。

 何しろ天空島は雲海流の交差するアンカースポットに留まる習性があるのだが、流れが変わるたびに時折島が移動し、島と島の位置が変わり、その関係性も変化するのだ。加えて天空島は人類の生存域としては完結しており、生きるだけならば交わる必要もないのだ。

 けれども大概の天領はひとつ、或いは複数の上位天領に属してもいる。

 この上位天領とはアーマーダイバーの製造プラントを持つ天空島であり、その数は八つあることから八天領と呼ばれている。

 飛獣などから島を守るために各天領は八天領よりアーマーダイバーを輸入せざるを得ないのが現実で、そのために完全な従属とはいかぬものの、双方には確かな上下関係ができていた。

 そしてルッタの住んでいるヴァーミア天領が属しているのは……


「それ、ウチの宗主領じゃんか!?」


 八天領のひとつゴーラ武天領。つまりは風の機師団を追っている天領に属していたのである。

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