005 その少年の実力は?

「リリ、楽しい?」

「うん。とっても」


 ロボクスを用いてテキパキとアーマーダイバーを解体、組み立てを行なっていく少年の姿をふたりの女性が眺めていた。

 ひとりは二十歳前後と見られる、獣の耳がついたショートカットの赤毛の女性だ。腰には大振りなナイフと魔弾銃を下げており、獣人らしく肉食獣を思わせる雰囲気を放っていた。

 もうひとりは白髪で緑眼、人形のように美しい、けれどもあどけない顔立ちをした十五歳ほどの少女であった。どこかミステリアスな雰囲気を持つその少女は、銃口を収納したタレットドローンに乗りながら先ほどからずっとルッタの作業に目を向けていた。


(とっても……ねえ。確かに艦長の伝手だけあって、腕は確かみたいだけど)


 獣人の女シーリスが目を細めて、今も作業を行なっているルッタに視線を向ける。

 シーリスたちはハンタークラン風の機師団のメンバーであり、どちらもがアーマーダイバーの乗り手だ。そんな彼女たちが現在テオドール修理店にいるのはタイフーン号の副長ラニーから艦長のギアを呼び戻すように指示されたからであり、すでにギアはこの場を去っているが状況によってはブルーバレットが動けるようになった段階でそのまま乗ってタイフーン号と合流するようにというオーダーも受けていた。

 もっともそれはシーリスだけでもできる話なのだが、もうひとりの少女リリが久方ぶりの陸を前に外に出たがっていたため、彼女を止めきれなかったラニーが諦めて同行を許可した……という経緯があった。


(しかし……ホント、よくやるわねぇ)


 シーリスが少年を眺めながらそう考える。

 この店の主人であるテオという老人はギアと共に店を出ており、作業は現在ルッタという少年がひとりで行っていた。

 シーリスが最初ルッタを見た時はただの雑用係なのだろうと思っていたのだが、ロボクスというアーマーダイバーもどきを使ってさっさとブルーバレットの修理に入り、わずか2時間ほどで起動可能なところまで持っていき、現在では試運転までをも行なっている。


「確かに子供とは思えないほどよくやれてるけど……リリ、ずーっと見てるじゃない? そんなに楽しいの?」

「うん、楽しいよ。だってあの子、すっごいの」


 その言葉にシーリスが眉をひそめる。

 リリの実力は常に一緒に行動しているシーリスが誰よりも理解している。機体性能を抜きにしてもリリの操縦技術はシーリスを大きく上回っているし、リリはこれまで自分以外の乗り手に興味を持ったことなどほとんどなかった。

 けれども今のリリは嬉しそうにルッタを見ながら語っている。


「あの子、操作がね。とっても自然なの。あんな綺麗な動きを私初めて見た」

「そう……なの? 確かに上手いとは思ったけど」


 先ほどまでのロボクスの操作や今行なっているブルーバレットの試運転を見ればルッタという少年の操縦技術の高さは感じられるが、それでもリリが目を惹くというほどのものとはシーリスには思えなかった。それにいくら上手だと言ってもあくまで戦闘ではなく作業としての操作であろうとも。

 そんなことをシーリスが考えているとルッタがブルーバレットをしゃがませてから、胸部にあるハッチを開けて設置されているタラップを踏んで降りてきた。


「ええと、シーリスさんでしたよね。一応、動かせるところまでは持ってきましたけど、試運転しますか?」


 ルッタの言葉にシーリスは「え?」という顔をしてから少し考えて「ああ」と口にして頷いた。

 それはルッタが作業に入る前にシーリスが頼んでいたことだった。


「ありがとう。そしたら少し乗せてもらうわね」


 万が一を考えて逃走手段は確保しておかないといけない。なのでシーリスは動くようになった段階でひとまずは触らせてくれ……と確かにそう頼んでいたのだ。

 とはいえ、それはルッタには分からぬ事情だ。なのでルッタの動くとシーリスの動くの認識は若干ズレていた。


「あのシーリスさん、本当にまだ動かせるだけですから。各パーツの調整も済んでませんし、ゆっくりと操作して下さい。今のままだと結構簡単にスッ転びますんで」

「ええ、分かったわ」


 ルッタの忠告に対してそう返すものの、シーリスはそれほど気にしてはいなかった。何しろ先ほどのルッタはシーリスの見る限り『普通に操作していた』のだ。であれば何も問題ないだろうと……


「え?」


 コクピットに乗ってブルーバレットを動かしたシーリスが目を見開く。立ち上がった途端にグニャリと脚部の関節が曲がったのだ。そしてそのまま転びそうになったところをどうにか踏みとどまった。


「これ……嘘でしょ」


 シーリスはフットペダルを踏み込んで気合いで留まれたものの、機体の、特に足回りのバランスがメチャクチャもいいところだと気付いた。全身の可動がところによって過敏で、ところによって鈍く、両腕だって操作感がめちゃくちゃだ。これでは確かにルッタの言う通りに動かせる『だけ』という言葉は正しいのだろう。立たせるだけでもシーリスでは困難。ましてやまともに動かすことなど……そう思ってからシーリスがハッとした顔をする。


「でもあの子、さっき普通に動かしてなかった?」


 シーリスはアーマーダイバーの水晶眼を通して、離れた場所で心配そうに見ているルッタへと視線を向けた。そして試運転をしていた姿を思い出しながらリリの先ほどの言葉を思い出す。


『操作がね。とっても自然なの。あんな綺麗な動きを初めて見た』


 この機体でリリにそう思わせる。であれば、あのルッタという少年の操縦技術は一体どれほどのものなのだろうか……と。

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