003 蒼い弾丸
「テオ爺、おはようございまっす!」
バンッと鉄の扉を勢いよく開けたルッタがいつもの挨拶を交わすと中にいた老人が凄い剣幕でルッタを睨みつけた。
「バッキャロウ。客の前だぞ。静かにしやがれ!」
静かに入ればそれはそれで怒られるのだから理不尽だとは思いつつも「すんません。おはようございます」とルッタは声のトーンを落として返す。客の前で反発して言い争いをしない程度には、ルッタは大人であったのである。
それから事務所にいる老人で彼の後見人でもあり、また雇い主でもあるテオと共にソファーに座っている男へと視線を向けた。
(んー、どっかで見たことあるような?)
目力の強い、寡黙そうな五十半ばの男。漂う雰囲気からすればアーマーダイバー乗りか船乗り。それも立場のある人物なのだろうというのがルッタの第一印象だった。
また、やはり以前にどこかで会ったことがあったような気もしたのだが、それがいつであったのかをルッタは思い出せなかった。
「ハンタークラン『風の機師団』の団長ギア・エントランだ。よろしく頼む」
「ルッタ・レゾンです。ここの従業員です。よろしくお願いします」
「おいルッタ。こいつが今回の依頼人だ。ブッ壊れた機体がガレージに置いてあるから作業を進めておけ。指示は紙に書いておいた」
「テオ爺はどうすんの?」
「ワシはこれからこいつらの船に行って、他の機体も見てこにゃならんのよ」
「了解。じゃあさっさとやっておくよ」
ルッタはそう言うとギアに会釈をしてから奥のガレージへと消えていった。その様子を横目にしながらギアが口を開く。
「……ザッカとカレンの子供か。元気に育っているようだな」
「まあな。確か前に会ったよな? ルッタは覚えてないみたいだが」
「十年前の話だぞ。しかし……そうか。もうあんな年になるのか」
そう口にするギアにテオが肩をすくめる。
「そんな年なのさ。ワシャ腰を痛めて、ザッカとカレンは死んで、ギア……オメエさんは足を失った。流れた時間相応に色々あったってわけだ」
そのテオの言葉の通り、ギアの左足は金属製の義足だった。それがきっかけでギアはアーマーダイバー乗りを引退し、雲海船の指揮に集中することとなったのだ。
「なあギア、あいつが成人したらお前んところで雇ってくれねえか?」
「ここを継がせないのか?」
「そういうタマじゃあねえんだ。あの年でいっちょまえに乗りやがる」
「ほぉ。あのふたりの子供がか」
テオの言葉にギアがわずかばかり目を細める。
ルッタの父親であるザッカはアーマーダイバーの整備士、母親のカレンは料理人として風の機師団の雲海船タイフーン号に乗っていた。そしてカレンの妊娠をきっかけに先に引退したテオに雇われる形でふたりは船を降りて島暮らしを始めていたのだ。
またザッカもカレンも荒事は苦手で、だからこそ引退にも迷いがなかったという背景もあり、そのふたりの息子が荒事の代名詞のようなアーマーダイバー乗りになる……というのはギアにとっては予想外のことではあった。
「とはいえ、まだガキだ。当面はワシの下で学ばせるつもりではあるんだがよ」
「アンタが鍛えてるなら期待はできるか。分かった。あの子が成人するまでに俺らが残っていれば引き受けよう」
「それで構わん……が」
そう口にしてからテオが眉をひそめてギアを見た。
「俺らが残っていれば……か。天下の風の機師団の団長にしてタイフーン号の艦長様がずいぶんと弱気じゃないか?」
「ふん。確かに」
そう言ってルッタが向かったガレージに視線を向ける。
そこには破壊されたアーマーダイバーが一機寝かされていた。
「俺も年をとったのかもしれないな」
**********
「お、こいつがそうか。イロンデルタイプ、ヘヴラトの量産機だな」
ギアとテオが話を続けている頃、ガレージに入ったルッタの視界に入ったのは青いアーマーダイバーだった。
イロンデルタイプとはアーマーダイバーを生産可能な八つの天領のひとつであるヘヴラト聖天領が生産している機動力重視の量産型アーマーダイバーだ。
もっともその機体の胸部装甲はひしゃげて内部のコクピットが見えており、また掃除はされていたが乗り手のものであろう血痕がわずかに残っていた。その様子に眉をひそめながらルッタは状態を確認する。
「こりゃ、胸部に直撃で……装甲で殺し切れなかった衝撃波でやられたって感じだな。中の人は……うん、考えるのは止そう」
生きていれば良いが普通に考えれば即死コースだろう。ともあれ、そうした事情を含む機体の修理依頼は頻繁ではないが珍しいものではない。またテオドール修理店はアーマーダイバーのパーツを扱う店であるため、金品狙いの強盗が来たり、撃退して死体を始末することもあり、ルッタはすでに殺しも経験している。前世の記憶の世界と違い、この世界の日常は死が近かった。
だからルッタはそこらへんのことを強く気にすることなく、作業台の上に置かれていたメモを手に取った。
そこには先ほど事務室で言われた通りに、目の前の機体の修理を進めるようにという指示が書かれていた。
(納期は出来る限り早めか。金払いがいいなら……イロンデルタイプのパーツはそこそこあるし、いっそほとんど取っ替えでもいいかもな)
ルッタが奥に並んでいるアーマーダイバーたちへと視線を向ける。それらはコアである機導核や竜雲海で浮かぶためのフライフェザーはないので稼働はしないが、いつでもパーツ交換に流用できるように整備されている。
「ええと機体名はブルーバレット……へぇ」
書かれていた名前を見てルッタは目を細め、懐かしいというような顔をした。
「そうかお前もブルーバレットっていうのか」
その名を彼は知っていた。何しろその機体名は前世の風見一樹の愛機の名だったのだ。もちろんゲームでの話だが。
「何かの縁だ。すぐに動けるようにしてやるからなブルーバレット!」
そしてルッタがブルーバレットの修理を始める。
それがルッタと彼の相棒の最初の出会いとなるのだが、当然のことながらこの時点で彼がその事実を知るわけもなく、また機体名の一致もただの偶然であるとしか考えていなかった。
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