002 死の夢と少年の夢

 ザクン


 と、青年は自分の首より下からそんな音が聞こえた気がした。

 青年は理解している。その音は鋭い角が己の胸に突き刺さった音だと。

 そして角は青年の前にある巨大な赤いロボットの頭部から生えていた。

 青年は知っている。ロボットの名はナインテイル。九つのアームドコンテナを背部に装着した、ロボットゲーム『アサルトセル・フライトアッセンブル』のラスボスである。

 一機だけでも絶望的な強さであるにもかかわらず、倒した次の瞬間にもう一機のナインテイルが出現する演出は多くのゲーマーを恐怖に陥れ、最高難易度のヘルモードは攻略不可能なのではないかとも囁かれたほどである。ある意味ではそこを超えられるか否かがコアプレイヤーの分岐点であるすら言われていた。

 そんなナインテイルの頭部から突き出た角が青年の胸に刺さっている。

 何故? そんな疑問が青年の脳裏に浮かんだが、いや、それよりも……と彼は考え直した。何しろその角は間違いなく彼の胸部を貫き、恐らくは心臓をも……そして、その先にあるのは間違いなく死の



「うわぁッ」


 叫び声を上げながら、少年が布団を剥いでガバリと飛び起きた。

 ルッタ・レゾン。そう名付けられた少年の表情は今恐怖に歪んでおり、その頰を冷たい汗がスーッと落ちていく。

 それから少年は今自分がいる場所が己の部屋で、胸には何も刺さっておらず、たった今まで見ていたものが夢であることを理解した。


「ハァァアアア……またあの夢かよ」


 額の汗をぬぐいながらルッタがそう口にする。

 先ほど見ていた悪夢のことをルッタは知っていた。ルッタではない青年。けれどもあの青年がかつて自分だったものだとルッタは理解している。先ほど見た夢はルッタがルッタである前、風見一樹と呼ばれていた時の最後の記憶だ。


「畜生、最近よく見るな」


 ここではないどこか。日本と呼ばれた島国で生きていた記憶がルッタの中にはある。風見一樹は日本ではアサルトセルというロボットアクションゲームに、いわゆるプロゲーマーと呼ばれる仕事になるほどのめり込んでいた。

 世界ランキングは最高16位。チーム戦での実績が奮っていないためにその順位だが、一対一であるならば10位内の相手でも5割以上の勝率を誇る実力者であった。

 そして風見一樹の記憶はアサルトセル・ワールドリーグで優勝したところで止まっている。表彰式の場で地震が起き、実物大サイズで造られたナインテイルの像が倒れて頭部の角が胸に突き刺さった……というのが彼の最後の記憶だった。それが現実にあったことなのか否かは分からない。ただ……


「あー、アサルトセルかぁ。俺もやってみたかったなぁ」


 悪夢を見た後に彼が想いを馳せるのは死に対する恐怖ではなく、風見一樹の生涯のほとんどを捧げたロボットアクションゲームに対してだった。ルッタには風見一樹の記憶がある。けれども、ソレはあくまでその記憶は風見一樹のモノであってルッタ・レゾンのモノではない。少なくともルッタはそう考えている。


「ま、この世界にも似たようなもんはあるけどさ」


 それからルッタが窓の外を見る。そこに見えるのは港町。けれども夢の世界ならば塩水の塊があるはずの場所に存在しているのは淡く緑色に光る雲だった。

 その光景はこの世界においては当たり前のもの。それは竜雲海と呼ばれる魔力を含んだ雲の海であり、その先に見える天に伸びる線は神柱アトラスと呼ばれるものであり、ルッタが今いるのはヴァーミア天領と呼ばれる雲海に浮かぶ天空の島のひとつであった。

 そしてルッタの視線は港の端にある、とあるものに注がれていた。


「天領軍の雲海船とアーマーダイバー。討伐遠征帰りか。帰ってくるところも見たかったけど、朝早いんだよな」


 ルッタが見ているものはヴァーミア天領唯一の軍港だ。

 そこには何隻もの雲海船と5メートルはあろう人型の機械『アーマーダイバー』が複数並んでいた。そしてルッタの視線はアーマーダイバーに向けられていた。

 元々ルッタにはアーマーダイバー乗りへの憧れがあったのだが、それが風見一樹の記憶の影響を受けてさらに大きくなっていた。何しろアーマーダイバーとは実際に自分で操作ができる、戦闘用の人型機械なのだ。


「ああ、アーマーダイバー欲しいなぁ」


 だから八歳のときに前世の記憶を取り戻して以来、彼の望みはソレであった。

 普通の子供にとってはただの夢でしかなかろうが、ルッタに限って言えば決して非現実的なものではない。アーマーダイバーは個人所有こそ難しいが、腕が確かで伝手があれば乗り手になることは可能で、それは天空島を統治する天領軍に所属するか、飛獣と呼ばれる魔物を狩るハンタークランに属するか、場合によっては空賊に入るという手段でもアーマーダイバーの乗り手になることはできる。

 そこから実績を上げて大金を稼ぎ、独り立でもできれば自分のアーマーダイバーを所有することも夢ではないのだ。


「まあ、いずれは……か。雌伏の内に果てなきゃいいんだけど」


 けれども今の彼はまだ十二歳。ルッタの保護者兼雇用主の老人曰く成人(この世界では十五歳からである)になるまでは我慢しろ……とのことだった。ルッタもそれに抗う気はないし、今の生活も気にいっている。

 何しろロボットを操縦するだけなら『現在の仕事』でも可能なのだ。それに就職先の伝手だって仕事を続けていれば自然にできるだろうという打算もあった。


「うし、そろそろ時間だ。テオ爺もうるさいし行くか」


 それからルッタは用意した朝食を勢いよく食べると、オーバーオールの作業着に着替えて自宅を後にした。彼が向かう先は港町の離れにある店だ。店の名はテオドール修理店。アーマーダイバーの修理屋兼ジャンクショップであるその店が現在の彼の職場であった。

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