雨女

鈴音

雨傘

いつも通りの学校帰り。すっかり暗くなった空に、鉛色の雲が広がっていた。


この1週間、止むことなく降り続いた雨の中、明日は土曜日だからと水溜まりを踏み抜き、ばしゃばしゃと雨水の中を泳ぐように家路を辿る。


荷物は無い。邪魔だったから学校に置いてきた。弁当箱も、課題もない。明日からやることもない。制服も、家で簡単に洗濯が出来る。


地面で跳ねた雨粒の、独特の匂いを胸いっぱいに吸い込んで楽しんでいた。その時に、後ろから、誰かが抱きついてきた。


にっこりと笑って、一緒に帰ろ?と、誘ってくる。…君は、だれ?


尋ねると、とても嬉しそうに、あなたのお友達!と、言われた。なんの事かわからない。


振り返って見てみた。傘をさして、裂けたように大口で笑う女は、私にぐっと近よって、キスをした。


ふに。と、柔らかい感触。雨で濡れた唇は、よく言う青春の甘酸っぱい味なんかしなかった。


口を袖で拭って、彼女をじっと見つめた。彼女は、嫌な顔ひとつせず、帰ろうと繰り返した。


私の袖を握って、ぐいぐいと引っ張る。私の、家の方向だった。


ふらふらと、少しづつ抜ける力。おぼつかなくなる足で家に着いた。けど、そのまま通り過ぎて、隣の家に入る。この家は、長らく空き家だったはず。


ようやく、2人きりになれた。


後ろ手で、鍵を締められる。


とん、と軽く背中を押された。それだけで、ぐらりと体が傾いた。


ごすん。頭を勢いよく打った。鈍い音と、痛み。でも、それ以上に、お腹が痛んだ。じくじくと、痛むお腹を押えた。そこには、真っ赤な血が滲んで、玄関には、剣山が置いてあった。


生け花用の、丸い剣山。何で?そう思った時、雨が降った。家の玄関なのに、どうして。


痛みと、雨水で滲む視界。最後に見たのは、嬉しそうに笑って、私を見下ろして、傘をさす、あの子だった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨女 鈴音 @mesolem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ