第140話 サボッテンナ

 俺はなぜ生きているのだろうか。


 楽しいこともなく、大事な家族まで失い、一人になってしまった。


 あの時の記憶は今も鮮明に覚えている。燃え上がる車に必死に叫ぶ妹の声が、俺の耳元を突き抜けた。


「お兄ちゃん!!」


 懐かしい妹の声が俺を呼んでいた。


 ああ、俺も家族の元へ今すぐ行きたいと思ってしまう。


 俺だけ生き残るとは思いもしなかった。


「俺だけ一人にしないでくれ!」


「慧大丈夫か?」


「えーっと……誠か?」


 さっきまで妹が叫んでいたはずだ。


 あれ……?


「俺がわかるなら大丈夫そうだな」


 声にハッとすると辺りは燃えていた。気づいたら、なぜか笹寺の腕の中で俺は倒れている。


 平凡な顔の俺とは真逆で、整った顔に笑顔が似合うその男の顔が妙にムカつく。


 俺はそのまま頭突きをしようと、勢いよく起き上がったが、あっさりと避けられてしまう。


「こんにゃろー」


「ははは、それぐらい慧の表情見てたらわかるぞ」


 そんな他愛も無いことをしていると、近くにいた桃乃は怒っていた。


 隣では笹寺が口元を隠している。


「先輩達イチャイチャしてないで、早くサボテンをどうにかしてくださいよ! キスをするなら倒してからにしてください!」


「イチャイチャしてねーし、キスをする気はないぞ!」


 桃乃は怪しむような顔でこちらを見ていた。


「それよりもサボッテンナが燃えてるぞ」


 サボッテンナ必死に火を消そうとバタバタとしている。


 気づいたら俺は囲まれて、変な踊りを見ていた。するとだんだんと気持ちが落ちていったのだ。


 その後、俺はそのまま倒れて、笹寺の腕の中にいたのだろう。


 次第に意識がはっきりして、記憶が戻ってくる。


「そいつらは敵意なんかないぞ! だから水をかけてくれ」


「ええ!?」


 桃乃はすぐに水属性魔法と回復魔法をかけた。幸い命は大丈夫だったが、焦げた部分は戻らない。


 サボッテンナは俺に敵意を感じなかった。


 俺にはただ一緒に遊びたいように見える。


「おい、大丈夫か?」


 俺の問いにサボッテンナは腕を挙げていた。


 いつの間に手と足が生えたのだろうか。


 俺は植物成長グロウアップを唱えると、傷は消えていく。それに合わせて全体的に体が大きくなり、サボッテンナはより元気になったようだ。


 その姿がエナジードリンクを摂取した社畜会社員に見えてしまう。


 サボッテンナ達はまた変なダンスをしようとしていた。


「おい、そのダンスは――」


 気づいた時にはさっきと異なり、力が湧いてくる気がした。


 視界に映る桃乃のステータスも徐々に回復していた。


 サボッテンナのダンスにはバフとデバフ効果があるのだろう。


「お前らってサボってるのか、役割を果たしてるのかわからないな」


 やる気を削ぐダンスも役割を果たしていることになるが、それでも基本的にはサボっているようだ。


「めちゃくちゃ疲れてますけど大丈夫ですか?」


 すでにダンスをやめて休憩していた。


 サボッテンナは体力が尽きたのか、その場で体を半分に曲げてへたり込んでいる。どういう体の構造をして、体が折りたたまれているのか気になってしまうほどだ。


「それでこの行列どうしますか?」


 視線をずらすとサボッテンナ達の行列が出来ていた。さっき魔法をかけたのを見ていたのだろう。


「りあえず魔法をかけるか」


 俺はトレント達のように並んでいたサボッテンナに魔法をかけた。


 どこかエナジードリンクを配っている人になった気持ちだ。


 魔法をかけたサボッテンナ達はどんどん岩場から離れ、砂漠の方へ向かっていく。


 何しに行くのかはわからないが、本当に彼らはサボっていたのだろうか。


「あっ、クエストクリアしたわ」


 突然笹寺が話し出した。脳内にアナウンスが流れてきたらしい。


 全てにおいて仕様が違うので、今回も何が理由でクエストクリアになったのかもわからない。


 その後もサボッテンナ達に魔法をかけ終えると、集落に戻ることにした。





「笹寺さん……なんで手を繋いでるんですか?」


 なぜか俺と桃乃は笹寺と手を繋いでいた。ちなみに一度笹寺は穴に手を入れてみたが、弾き返されることはなかった。


 無事にクエストをクリアしたという証拠だ。


 ならなぜ今も繋いでいるのだろうか。


「いや、怖いじゃんか? 俺だけ仲間外れで知らないところにいたら、生きていけないよ」


 笹寺は目隠しをされて、この世界に来た。結局どこから来ているのかわからない笹寺は、どこに戻るのかもわからない。


 最悪どこかの国で一人で出てくるのかもしれない。


「でもその考えなら私達も巻き込まれますよね?」


 ただ、戻れてもそれから日本に帰る手段もないのが問題だ。


「そしたらお前らの腕を道連れに――」


 良からぬ発言が聞こえたため、手を離そうとしたら笹寺は強く握ってきた。


「先輩と違って私は骨格まで馬鹿じゃないので、離してください」


 おいおい、さらっと俺の悪口を言っていないか?


「おい、なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきただが……」


「えっ、何も言ってないですよ? ほら、笹寺さん行きますよ」


「おい!」

 

 俺達は桃乃に引っ張られる形で穴の中に入って行く。 不安になっていた笹寺が笑っているなら問題ない。


 笹寺の不安な気持ちを和らげるためだったと思うことにした。


 俺達は三人で現実世界に戻った。


「はぁー、先輩が単純でよかった」


 桃乃の声はアナウンスの声にかき消されて、何を言っているのかわからなかった。

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