第129話 パッシブスキル【演技】 ※桃乃視点

 私はベンと一緒に死に物狂いで走っている。全ての元凶を作ったのは先輩である服部慧のせいだ。


 時は数時間前の出来事に遡る。


「ももちゃん唾液をもらえないか?」


 突然先輩がおかしなことを言ってきた。少し恥ずかしそうな表情をしながらも顔を伏せている。


 何かに操られているのかと思ったが、その顔を見て私は本心だと思った。


「あのー、それなら直接――」


 私は先輩に近づき顔をあげる。唇に触れる艶やかな感触。


 なぜか冷たい唇に目を開けると、私は瓶に口付けをしていた。


「ああ、これに入れて欲しいんだ」


 どうやら瓶に唾液を入れて欲しいらしい。


 勘違いした私は馬鹿だったが、唾液を欲しがる先輩も相当頭がおかしくなったらしい。


「いや、ちょっとアイテムを作ろうかと思ってね」


 少し恥ずかしそうな表情をする先輩。


 本当にアイテムを作れるのか心配になってしまう。


 本当は違う物が欲しいらしいが、唾液でどうにかなると言っていた。


 その後先輩から渡されたのは"魅惑の匂い袋"と"消臭の匂い袋"というアイテムだった。


 今回はその匂い袋を使ってドワーフを助けるようだ。先輩はドワーフと話しをしていたが、私は何を言っているかわからなかったため、先輩の言う通りに動くことにした。





 私は先輩に言われた通りに、ドワーフ達がいたオアシスより離れたところで待機していた。


「そろそろ時間かな?」


 先輩から15分後に作戦を始めるという話は聞いていた。


 それにしてもいつもよりベンの様子がおかしい。何かに怯えるように私に体を擦り付けながら震えている。


 そんなベンを抱きかかえて作戦決行した。


「ファイヤーボール」


 まずは注目を集めるように初級火属性魔法を唱える。注目を集めるならやはりこれだろう。


 夜空には大きな花が咲き誇る。


 花火をイメージすると、本当に花火が打ち上がってしまった。


「次はアイテムを使って風属性魔法だったかな」


 魅惑の匂い袋を取り出し風属性魔法を唱えた。魅惑の匂い袋って名前だからいい匂いがすると思ったが、ほとんど何も感じない無臭だ。


「これでいいのか不安だけどしばらくしてからあれを言うのか……」


 私は先輩から事前にこんなことを言われていた。





 "俺を魅了してみて?"作戦の内容を聞いている時に出た、先輩の口から出た言葉だ。


 異世界に来てから……いや、先輩ってどこか抜けているのかたまにおかしなことを言う。


「えっ? なんでですか?」


 言っている意味がわからなかったが、作戦に必要なことだと言われたらやるしかなかった。


 最近得たスキルの効果を試す機会にもなる。


――パッシブスキル"演技"


 まさかこんなスキルが手に入るとは思いもしなかった。


「先輩……好き……です」


 男が好きそうな少し甘えるような優しい声で言葉に出してみる。私よりも身長が高い先輩は、上目遣いの私を見ていることになるのだろう。


 ついでに畳み掛けるように自分の腕を絡める。


「私とお付き合いしませんか?」


 そのまま手を握ると、近くにいた先輩は顔を逸らしていた。


「おっ……おう」


 これはどういう反応なんだろうか。つい口走ってしまったが、少し照れている先輩を見ると脈なしではないようだ。


 近くにいるドワーフには言葉が伝わらないはずなのに、なぜか彼も息を呑んでいた。


「ふふふ、冗談ですよ」


 すぐに否定しておけば問題ないだろう。


「そっ……そうだな」


 どうやら新パッシブスキル"演技"が思ったよりも効果が高かったようだ。


 少し気まずい雰囲気になったため、すぐに話を変えることにした。


「そういえば、なぜ魅了する必要があるんですか?」


「……」


「あのー、先輩?」


「ああ、なんだ? 作戦の理由だっけな?」


 私は先輩の前で手を振ると、どこかぼーっとしていたのか反応が遅かった。





 時間になり、拡声器を取り口元に近づける。突然虚無感に襲われて泣きそうになってきた。


「あっ、えーっと、うっふーん……ぐすん」


 なんで異世界に来てまでこんなことをやっているのだろうか。


 途中拡声器のボタンを消し忘れたけど問題ないだろう。


 しばらく待っていると、ベンが急に震え出したのだ。


「ベンどうしたの?」


 鳴くことがないベンが何かを伝えようと、必死に鳴いている。


 それを察知した私は目を凝らす。すると、オアシスの方から激しい砂嵐が近づいてきた。


「そういうことか」


 砂嵐の原因は大量のオークがこっちに近づいてきていたからだ。


 ベンとともに体の向きを変えて走り出す。


 演技が効いたのか、何が原因かわからないがオーク達が何かを言いながら走ってきている。


 どのオークも鎧は着ておらず、全裸で目も向けられないほどだった。


 そして現在に至る。私はずっと走っている。


――5分後


 私は必死に走った。先輩が合流するのを待つために……。


――10分後


 そろそろ息が苦しくなったが、先輩に言われたように最低限のインデックスファンド運用をした効果が出ているようだ。


 それにしても来るのが遅い。


――15分後


 風属性魔法をやめるとオーク達は戸惑っていたが、それでもなぜか私を追いかけてくる。


――20分後


「服部のやつめぇー!!」


 夜空に向かって大声で叫んだ。そろそろ体の限界だ。


 全裸で私をいやらしい目で見ているオークはその数30体を超えていた。


 私は体の限界を感じて足を止めた。もう逃げる体力がないのだ。


「服部……覚えてろよ……。お前も駆逐するからなー!」

 




 私は自分でオーク達を駆逐することにした。

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