第110話 後輩からのパワハラ

 俺と桃乃は集落を出るとジリジリと焼ける日差しに体力が削られていく。


「先輩、耐熱ポーションってまだできないんですか?」


「……」


 完全にやつの存在を忘れていた。前回アイテム自動生成をしてから異世界と現実世界両方ともに時間が進んでいるから完成しているかもしれない。


 俺は桃乃の視線を見て見ぬふりしながら、アイテム欄を開く。


 アイテム欄に新しく耐熱ポーションと記載してあるアイテムが増えていた。


「その様子だと無事できていますよね?」


 再び桃乃からの冷たい視線が日差しの暑さも感じ無くなってきた。


「ウォーターボール」


 桃乃は急に魔法を唱えると、俺の口元に浮かんでくる。


「また熱中症になる気ですか?」


 どうやら日差しの暑さを感じなくなったのは、俺がまた熱中症になる一歩手前だったらしい。たしかに汗がたくさん出ていたのに、少しずつ出なくなっていた。


 耐熱ポーションを取り出し桃乃に一つ渡す。すぐにお互い飲んでわかったことだが、全くさっきまでの暑さを感じない。


 また熱中症による症状ではないかと警戒したが桃乃も同じ感じらしい。このポーションを現実世界に持っていけたら、夏場は快適に過ごせるだろう。


 俺はまたトレントの実を自動アイテム生成の釜に入れ耐熱ポーションを作ることにした。


 今回も集落から出る際にトレントによる木道が作られていた。アイテムの中はトレントの実でいっぱいになっている。


 投げても良し、加工しても良しのここ最近で手に入れた中で一番便利なアイテムだ。


 反対にこの間オークが着ていた鎧は俺と桃乃は装備できないため、ただのガラクタになっている。そもそもあいつらが着ていたやつを着るとか無理だ。


「その先はまだ行ったことないところなので注意して――」


 俺は足元に違和感を感じたがすでに遅かった。気づいた時には地面が無くなっていた。


 正確に言えば地面が無くなったというよりは、急な地面の傾斜に、地面がなくなったと感じた。


 そのまま捕まるところもなく、傾斜になって地面に吸い込まれていく。


「先輩! 目の前に何かいます」


 目を細めて桃乃が言う何かに目を向けると、自動鑑定が発動した。


――薄馬鹿野郎


「えっ、悪口?」


 今まで鑑定で悪口を言われたことはなかったが、急に悪口を言う仕様になっていた。


「先輩、早くしないとやられちゃいますよ!」


 足元で動く謎の生物は鳴き声を上げながら、俺が落ちてくるのを嬉しそうに待っている。


「いやいや、こいつが薄馬鹿野郎って言うんだって!」


「だからウスバカゲロウなんですよ」


「おいおい、ももちゃんまで俺の悪口を言うのかよ」


 確かに根暗だし、存在は薄い方だ。スキルを手に入れるまでは仕事に時間がかかっていたから馬鹿なのは否定できない。


 だが、後輩の桃乃に言われるのはどこか腹立つ。


「ほらほら、ウスバカゲロウ! 倒してくださいよ!」


 ほら、また桃乃が俺の悪口を言っている。


「誰か薄馬鹿野郎だ!」


「いやいや、先輩のことじゃないです」


 俺と桃乃の会話に足元にいる生物は戸惑っている。俺は必死に傾斜に逆らうように走っていた


「今薄馬鹿野郎って言ってただろ」


 俺の怒りは頂点に達した。面倒を見ていた後輩にまで悪口を言われるとは情けない。


「先輩、危ないです!」


「キィエエェェー!」


「お前は黙ってろ!」


「キィエ!?」


 急に耳元で謎の生物が声をあげていた。あまりにも声が大きいため、そのまま謎の生物の顔面を殴る。


 するとどこかさっきまで溜まっていた苛立ちも解消されすっきりとした。


「ちょ、先輩流されてますよ!」


「えっ?」


 気づいた時には謎の生物がいた穴の中に落ちてしまった。


「薄馬鹿野郎めー!」


 桃乃の叫び声が俺の耳まで響いていた。





「んー……ここどこだ?」


 目を開けると暗い洞窟のようなところで倒れていた。それにしても砂に埋もれる前に、桃乃が再び悪口を言っていた気がする。


「キィエ……」


 俺が体を起こすと真下には変な虫が潰されていた。どうやらまだ生きているようだが、そのまま魔刀の鋸で命を刈り取った。


「やっぱりこいつも魔物だったのか」


 変な虫を回収すると跡形もなくその場で消える。 アイテム欄には素材として薄馬鹿野郎の角と外皮が追加されていた。


 回収できるってことは魔物という認識で合っているはずだ。


「ああ、こいつの名前が薄馬鹿野郎なのか」


 素材を目にしてやっと、自動鑑定が間違っていないことを理解した。


 それにしても今までと違った名前に砂漠独特の何かが関係しているのだろう。


 確かに陰は薄そうだったけど、ずっと鳴いていたからどこにいるのかはわかりやすかった。


 そんなことを思っていると上から砂が降ってきた。


「ん? なんだ?」

 

「あー、先輩!」


 視線をあげると桃乃が落ちてきた。どうやら俺が落ちてきた穴と同じ穴から桃乃が落ちて来ているようだ。


 つくづく思うが俺達は穴に運がないようだ。


 咄嗟に避けようと踏み込むと、その動きを見ていた桃乃は呪文を唱えていた。


鉄壁プロテクション


 急いで呪文を唱えたが、少しかすり傷ができていた。


 きっと俺の心の傷に比べたら、それぐらいの傷なんて無傷のようなものだろう。


「なんで避けたんですか!」


「いや、急に人が降ってきたら避けるだろ?」


「魔法が間に合ったからよかったですけど、あのまま落ちてたら絶対骨折してましたよね」


 桃乃はこちらを見つめていた。いや、決してさっきのことを根に持っているわけではない。


「俺は落ちてきたぞ?」


「まぁー……先輩だから大丈夫でしょうね」


 虫を下敷きにしていたが、そのまま落ちてきた俺のことは心配ではないらしい。ここは先輩としてしっかり指導する必要がある。


「おい桃――」


「先輩、あそこの遺跡じゃないですか!」


 桃乃が差した指先を見ると、そこには大きな遺跡が存在していた。


「薄馬鹿野郎のおかげですね」


「ああ、そうだな」


 俺のことを言っているわけではないが、どこか胸の奥で違和感を感じた。

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