第104話 この子を俺にください! ※一部第三者視点

 まさかの出来事に俺は固まっていた。だってこんなところで会うとは思いもしなかった。


「かっ……花梨さん!?」


「先輩さんお久しぶりです」


 俺の目の前には桃乃の妹である花梨さんがエプロン姿で立っていた。突然目の前にいるのか俺は意味もわからず混乱していた。


 久しぶりに会った彼女の笑顔に再び、あの時と同じ胸の高鳴りを感じてしまう。


 それにしても桃乃は家でも先輩と呼んでいるのだろう。


「なぜ、花梨さんがいるんですか?」


「ここ私のアルバイト先なんです」


「料理教室は……」


「ここは洋菓子店だけど定期的にお菓子を中心に料理教室をやっているんです」


 話を聞いてやっと意味が理解できた。洋菓子店でお菓子教室をしていても、料理教室という枠としては同じだろう。ただ、洋菓子ではなく、コロッケを作る予定だけど問題ないのだろうか。


「今度お家にお邪魔させて頂く予定ですが大丈夫ですか?」


「ふふふ、どこか奥さんの実家に挨拶に行くみたいな話し方になってますよ?」


「いやいや、そんなことは……」


 もはや一目惚れ相手の家に行くなんて、実家に挨拶に行くのと同じだ。


 一目惚れかって言われると恋愛経験が少ないからなんとも言えないが、初めて付き合ったのもアナウンサーとして活動している彼女ぐらいしか経験がない。


 まぁ、俺の中ではFIREしてニート・・・になることが第一優先だ。付き合うという選択肢は今のところない。


 恋人ができたらお金と時間を使うため、その分副業もできなくなってしまう。


「そう簡単にお姉ちゃんは渡しませんよ?」


「ん? ももちゃんのことか?」


 別に俺は桃乃が欲しいわけでもない。ただ、桃乃の時間をもらうことになるため、花梨さんはこうやって言っているのだろう。


「私シスコンなんですよね。最近お姉ちゃん取られて寂しいんですよ」


 まさか一番の天敵が桃乃だったとは……。一緒に異世界に行くことも増えていたし、異世界に行かない日も声をかけていた。


 きっとそのことを言っているのだろう。


 ただ、俺と桃乃は職場の上司と部下の関係でしかない。むしろそれ以上はパワハラかセクハラだと訴えられてしまう。


「そういえば今日はどうされたんですか?」


 姉の上司でもある男がマカロンを買いに来たなんて恥ずかしくて言えない。ただこのまま立っていても時間が過ぎるだけだ。


 きっと人気店ならすぐに女性のお客さんが来てしまう。


 俺はスキルをフル回転させて、決心した。


「この子を俺にください!」


 俺はショーケースに指差すと、目的のマカロンを買いに来たことを伝えた。買うにはどうしても伝えないといけない。


「ぐふっ!?」


 だが、そんな俺の言葉になぜか吹き出して笑っている。


「あれ? 売り切れでしたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。こちらマカロンちゃんセットですね」


 どうやらこのお店ではマカロンのことをマカロンちゃんと言っているらしい。たしかに赤や青、黄色や緑など色が様々で、見た目が可愛らしい。


 俺は頷くとピンク色の綺麗な紙袋に入れてくれた。堂々と大きく印字された店名とピンクの紙袋が少し恥ずかしいが、俺のミッションであるマカロンを手に入れた。


「お会計が1500円です」


 お会計を済ませてマカロンを受け取る。初めてのマカロンに俺の心は浮ついていた。


 女性がスイーツを買うときはこんな気持ちなんだろう。女性だけではなく男の俺でも、こんなにウキウキした気持ちになれるスイーツは本当にすごい。


「先輩さん今週待っていますね」


 彼女は俺が来るのを待っていてくれるらしい。そのことを考えるだけでさらに俺の心はウキウキしていた。


「俺も楽しみにしていますね」


 そう伝えると店を後にした。初めてのマカロンも買って、浮ついた俺は自然とスキップしながら帰っていた。





 お店の中ではケーキを作り終えた店主がお店に出てきていた。


「ふふふ、面白い方でしたね」


「あっ、柿谷さんお疲れ様です」


「花梨ちゃんもお疲れ様」


 洋菓子店の店主でもある柿谷は、マカロンを買った男性を奥で見ていた。男性が一人で買いに来ることはあるが、店の外から長いこと眺めては店の外を行ったり来たり。


 やっと入ってきたと思ったら、体をガチガチにさせて商品を見ていた男性に注目しない人はいないはずだ。


「あんなに喜んでもらえたら私も作り甲斐があるわね」


 ケーキを並べながら彼女は笑っていた。若くしてこのお店をオープンさせて今は有名店まで上り詰めた彼女に花梨は憧れている。


「私も好きです!」


「あら? 花梨ちゃんも好きということは両思いなのかしら?」


「いえいえ、私が好きなのは柿谷さんの作る洋菓子だけですよ」


「あははは、じゃあ私に惚れてるってことかしらね」


「んー、少し違いますがそういうことで合ってますかね」


 彼女達は笑いながら優しい目でケーキを見ていた。沢山の人にこの洋菓子を食べてもらいたい。


 そんな気持ちが沢山詰まった洋菓子が今日もたくさん売られていた。

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