第103話 初めてのマカロン
俺は桃乃達と料理するために、脳内のレシピ集めに励んでいる。
そんな俺はまず本屋に向かった。意外にレシピ本の数が多く、どれを読めばいいのかわからず迷っていた。
「おっ、慧じゃん」
突然声をかけられ、振り返るとそこには笹寺が立っていた。
「ん? なぜお前がここにいるんだ?」
「いや、ここって俺の家の近くだぞ?」
言われてみれば確かに笹寺が住んでいる家が近い。あれから会うことはなかったが、見た目も変わらず元気そうだ。
「最近どうだ?」
「仕事は落ち着いて来たから、あとは親父次第だな?」
「親父さん大丈夫なのか?」
店内に流れてくる音楽がはっきりと聞こえてくる。あまり良くない結果なんだろう。同期だからと言って、ズカズカとプライベートに入っていくのは配慮が足りない。
「すまん、俺が無神経だったな」
「ははは、親父めちゃくちゃ元気だぞ!」
俺は笹寺を冗談で軽く叩く。だが、実際はそのまま笹寺はふらついていた。
「相変わらず痛いパンチだな」
笹寺は俺が思っていたよりも痛そうにしている。この間のステータスアップに伴って、まだ力の配分がわかっていないのが原因だろう。
そのうち俺は人間を卒業する時が来るのだろうか。
「それはお前が鍛えてないからだ」
俺の力が少しこの間よりも強くなっただけで、間違ったことは言っていない。
「慧は……本当に体格変わったな!」
笹寺は俺の体に触れると服を上げた。露出された腹筋を見ては、何か頷いている。
「おい、お前ここ本屋だぞ? しかも、女性が多いからやめろよ!」
急いで服を下げると笹寺はニヤニヤとしていた。周囲からもチラチラ見られている気がしたのは、気のせいだろうか。
「料理でも始めるんか?」
「ああ、今度ももちゃんの家で妹さんも含めて料理することになってな」
「ははは、この歳で集まってお料理会って中々面白いな」
あれ、この雰囲気はひょっとして……。
「よし、俺も――」
「来なくていいぞ」
これ以上笹寺が来て邪魔されるのはめんどくさい。身長も180cm以上で爽やかさを押し売りしているようなやつだ。
そんなやつがきたら桃乃の妹である花梨の興味が向いてしまう。
「なっ!? 俺まだ何も言ってないぞ!」
「言わなくてもお前が言いそうなことはわかるぞ」
「ふん、さすが同期だな。じゃあ、呼んでくれ」
「いや、遠慮しておきます」
絶対に笹寺が来るのを俺のためにも死守しないといけない。
「なら今度はお前がここから何か作れよな」
笹寺は俺の肩を叩いて、ニヤニヤしながらレシピ本を渡すと帰っていく。
結局あいつは何をしに来たのだろうか。
少し申し訳ないと思いながらも、笹寺から渡されたレシピ本を見ることにした。
――パティシエが教えるケーキのレシピ集
題名からして難易度が高い気がする。そもそもケーキなんて作ったことがないため、いくらスキルを手に入れたからって無理だろう。
俺はさっと本を開き作り方を眺める。
一度も作り方を見たこともないのに、開いて文字を見ただけで頭の中に材料と手順のレシピが保存される。
一冊を読み切るにもスキルの影響で速読できるようになった。それが料理本になると、著しく文字数が少ないため、一瞬で読み終わってしまう。
俺はそのまま一冊読み終わると隣の本を読むことにした。
――簡単手作り洋菓子
「へー、マカロンってほぼ卵白なのか。ってかマカロンって食べたことないからわからんな」
今までマカロンを食べたことがない。そもそも甘い物を好んで食べる機会がないため、食べる気にもならなかった。
「とりあえず買ってみるか」
本屋から出ると駅近くの洋菓子店に向かった。
♢
「いやー、さすがにこれは無理だな」
俺は物陰から洋菓子店を眺めていた。あの華やかな店に一人で入る勇気がない。
外から見ても店内は女性ばかりで、煌びやかな雰囲気が醸し出されている。客層も大人の女性が多い。
すぐにマカロンだけ買って出てこれればいいが、あの空間に男性である俺が一人でいるのが辛い。
さっきから他の客が居なくなるのを待っていたが、中々人がいなくなることはなかった。
俺は諦めようかと思っていたら、偶然店内にいた人達がちょうど店内から出てきた。友達同士で買いに来たのだろう。
このタイミングしかないと思い、隙をついて店の中に入ることにした。
扉が閉まる瞬間に入ってしまえば店員も気づかないだろう。
ちょうど扉が閉まるギリギリのタイミングでドアにぶつからずに店内に入ることができた。
中は焼き菓子が並べられており、後ろのキッチンから甘い匂いが漂っている。
あまり甘いものを好んで食べないため、慣れない匂いに誘われてショーケースに近づく。
その中のキラキラと輝くマカロンに、俺は釘付けになっていた。
たくさんの色のものがあり、赤や茶色は想像つくが、黄色や青なども存在している。青ってどういう味なんだろうか。
俺はマカロンに気を取られていて、マカロン越しに視線が向いていたのに気づかなかった。
「うぉ!?」
俺は店員を見て驚きが隠せずついつい声が出てしまった。
そこにいたのは桃乃の妹である花梨だった。
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