第42話 ももちゃん復活
俺がオフィスの扉を開けると、そこには人が集まっていた。
「おはようございます」
「あっ、先輩おはようございます」
その中心にいたのは、ももちゃんこと桃乃だった。彼女は俺に気づいてもらえるように手を大きく振っている。それだけ人集りが出来ていれば嫌でも気づくだろうに……。
「おっ、ももちゃんおはよう」
俺は桃乃に手を振ると、満足そうな顔をしていた。どことなくコボルトと被るのは本人には言わないでおこう。
俺はデスクに向かい仕事の準備を始める。するとオフィスの扉が開き、みんなの視線はあいつに向いた。
「お、召使いが来たか」
最後に出勤して来たのは糞部長だった。体調を崩していたやつに言う言葉ではないが、変に関わりたくないのか、他の人達も自分のデスクに戻ってしまい桃乃だけが残されていた。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「ああ、君が休んだから私は大変だったよ。社会人になっても体調管理が出来ないって、社会人……いや、人として失格だね」
桃乃は部長に謝っていた。その手は震え、今にも耐えるのが精一杯のようだ。
異世界の影響で休んでいたのもあるが、どちらかと言うと普段のストレスの方が強い気がする。
「えっ、部長大変だったんですか? 桃乃の仕事やってたの俺なんですけど?」
近くの机で準備をしていた俺も黙ってはいない。
実際に桃乃の仕事を請け負ったのは俺自身だ。俺が文句を言うならわかるが、人に仕事を押し付けているあいつにだけは言われたくない。
「服部!」
「あっ、もう始業時間だから桃乃もそんなとこに突っ立てないで仕事やらないと部長に怒られるよ」
部長は腕時計を見て時間を確認すると、自身のデスクに戻る。
「はやく始めろよ」
部長は仕方なく桃乃に対し、デスクに戻るように伝えた。どうやら、俺の作戦は成功したようだ。
戻ってくる桃乃に俺はそっと肩を叩いた。いや、決して痴漢やセクハラをしたわけではない。
「そんなに力んでいたら手が痛いぞ」
桃乃はまだ耐えていたのだろう。強く握りしめた手には赤く爪の跡が残っていた。
「先輩ありがとうございます」
「ん、何か言ったか?」
ボソッと呟いた桃乃の声は俺には聞こえなかった。
♢
「おっ、ももちゃん復活じゃん」
仕事をしているといつものごとく笹寺が来ていた。対応している俺達の目線の先には桃乃がいた。
「ああ、復活したけど精神的には辛そうだけどね」
「まぁ、ちょっと顔が疲れてるもんな」
たまに来る笹寺から見ても疲れているように見えるってことはよっぽどなんだろう。そんなやつの追い打ちをかける糞部長は糞以下だろう。
「そう言えば、最近営業部でお前が話題になってるぞ」
なぜか知らない間に俺の話が出回っているようだ。
イケメンな奴がいるって話が回れば、女性社員からのアプローチが増えるはず。だが、前から働いている俺にその可能性はないだろう。
できればいい話が出回って欲しい。
「なんか部長に盾突いてる奴がいるって話題らしいぞ」
ああ、それはあまり良い噂じゃない方だ。それこそ会社の中では問題児扱いのように聞こえる。
「あと、お前地味に部長の資料に小さな文字で見にくく名前書いてるだろ」
ああ、それもバレていたのか。自身がやった仕事を部長の我が物顔で提出しているのが気に食わなかったから小さな抵抗をしていた。
それでも気付く人にはわかる小細工が営業部には気づいてもらえているらしい。
「あれがダメなら何をしようか……」
俺が次の対策を考えていると、違う営業部の人に声をかけられた。
「服部さん、あの資料助かりました」
あの資料と言われてもわからない。とりあえず回ってくる仕事をこなしているだけだが、稀にうちがやる内容ではない仕事も回ってくる。
それこそ部長の仕事もしているため、小さく名前を書いたやつも含めているなら膨大な量になる。
ただ、まとめるだけなのでそのうちの一つなんだろう。
「あんな感じですごい助かってるってわけだ」
どうやら俺の噂は良い方にも出回っているようだ。悪い噂だけじゃなくてよかった。
「今週ももちゃんの復活祝いで飲みに行こうぜ」
「あー、この間飲み過ぎたからなー」
あの時は笹寺も酔っ払っていた。笹寺も穴の存在に気づいたと思っていたが、酔っ払っていた影響もあり、覚えていないらしい。
「アル中を運ぶ酔っ払いの身にもなれよ!」
「すまないな」
そんな俺達を介抱したのは桃乃だった。迷惑ばかりかける先輩達に彼女は再び付いてくるのだろうか。
今度は節度ある飲み方をしないといけない。
「一応ももちゃんに伝えておくわ。ダメなら二人で行こうぜ」
「ははは、俺達二人でも楽しいからいいけどな」
笹寺が俺に肩を組むと、同じ部署にいる女性達が急にデスクから立ち上がる音が聞こえてきた。
やはりイケメンの笹寺が俺と肩を組んでいるのが気に食わないのだろう。
イケメンよ。
滅んでしまえ!
俺は自分のデスクに戻り仕事の続きに手をつけた。
「推し同士のカップリングだったのにスマホで盗撮するの忘れたわ」
なぜか彼女達はため息を吐いて、椅子に座る僕を見つめていた。
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