第24話 体力がついたら無敵です

 並列思考で時間が確保できるようになったことで、俺は朝活としてランニングを始めた。異世界へ行った時に自身の体力の無さに後悔したからだ。


「あっ、お前も来たんか!」


 俺が走るようになると毎回隣ではなぜかどこかの飼い犬も走っていた。


「ワン!」


 俺の会話が伝わっているのか、吠え返している。それにしても引っ張られる形で、飼い主も一緒に走っているのは申し訳ない。


 流石に可哀想だと思って足を止めると、飼い犬は尻尾を大きく振り俺の顔を全力で舐めてくる。その隣では飼い主が息を切らしていた。


 飼い主が自身の犬が落ち着くまで待つのが、ランニング中の恒例になった。


「いつもすみません」


「いえいえ、ココアが止まらないので……」


 最近頻繁に会うのはこの前リードを離してしまったココアだ。どうやら俺のことを気に入ったのか、朝の同じ時間にしか散歩に行かなくなったらしい。


 それなら俺が代わりに散歩に行こうかと思うぐらいだ。


「それにしても最近は動きやすい格好をしてますね」


「私もせっかくだからダイエットしようかと思いまして」


 彼女はココアに引っ張られるぐらいなら……と自身もランニングをして痩せようという考えになったらしい。


 ポジティブ思考な女性は嫌いじゃない。むしろ元気がもらえるので好きな方だ。


「じゃあ、少し走ってから帰るね」


「はい!」


 俺はココアに言ったつもりが女性が答えていた。


 結局、ココアの飼い主も強制的に連れて行かれるため彼女に言っているのと変わりない。


「ん?」


「いえ、何もないです」


 きっとココアの代わりに返事をしたのだろう。


 俺はその後30分程度走ってから家に帰ることにした。





 いつも通りの時間にオフィスに着いた。以前早く出勤した時に文句を言われたため、勉強するときは喫茶店などでやってから来るようにしている。


「おはようございます」


 新しいパッシブスキルの影響か、朝活後も特に疲労感もなく仕事が出来ている。筋肉痛も以前よりは長引かず、すぐに回復してしまうのもHP自動回復のおかげだろう。


 少しずつ歳を取っていくと体力がなくなってくるため、若いうちの体力作りは大事になる。これも朝活で始めた読書"30歳になるまでにする30のこと"って本に書いてあった。


「服部さん、おはようございます」


「おー、おはよう」


 桃乃は相変わらず眠たそうに出勤してきた。朝が弱いのか午前中は基本的に眠たそうにしてることが多い。


 少しアホ毛が出ているところが、どことなく可愛さを演出しているのだろう。そんなことを言ったらセクハラと訴えられるため、何も言わずただ静かに髪の毛を見つめる。


「最近朝から元気ですね。何か始めたんですか?」


 俺も以前は桃乃と似た生活をしており、仕事が終わるのが遅く家でギリギリまで寝ていた。


 毎日急いで準備すると、午前中はスッキリしていないことが多かった。


 今はスキルの影響か準備も早く済むし、食事も食べて来るまで時間の確保ができるようになった。


「あー、この頃朝活で勉強もしてたんだけど、運動も始めようと思ってランニングしてる」


 朝起きてからランニングして、食事の準備をして、お風呂に入ってから喫茶店で勉強しながら朝食を食べる。これが最近のルーティンだ。


「朝から走る元気なんてないですよ……」


 桃乃も最近疲れている姿をよく見るようになっていた。若干部長の仕事を知らないところで、皺寄せが来ているのかもしれない。


 俺は気になり桃乃に聞いてみた。俺の仕事効率が上がり、定時に帰るようにしたのが原因かもしれないからだ。


「最近仕事が忙しいのか?」


「あっ、なぜか部長に仕事を振られる量が増えてきた気がするんですよね」


 やっぱり俺への嫌がらせが減ったと思ったら、違うところに皺寄せが来ていた。


「桃乃くんちょっといいかな」


 そんな話をしていると桃乃が部長に呼ばれていた。


 桃乃は部長に呼ばれた時に、嫌な顔をしていたが、俺に見られていると気付きすぐにいつも通りの優しい表情に戻っている。


 俺は申し訳ない気持ちとともに、俺がダメだとわかればすぐに変わりをみつけて押し付ける姿にイラついていた。


「君が作った資料わかりにくいんだよね。ちゃんと見る人の気持ちを考えて書いているんかな? ん?」


「すみません。一度確認をしてもらったんですが――」


「だから女は仕事に向いてないんだよな。いつも言い訳ばかりで、君みたいな子はもっと男にチヤホヤする仕事の方が向いているんじゃない?」


 話を聞いていると以前俺が桃乃に頼まれ、確認した資料の内容のようだ。俺もその資料に関わっているため、部長のところに向かった。


 それにしても今回のは完璧に女性を差別する発言だった。同じ空間にいる女性は桃乃以外にもたくさんいる。


 この男は空間の居心地を一瞬にして悪くする天才なんだろうか。


「君はすぐに謝れば良いと思ってるのか? 最近の若者は本当に使えないな」


 桃乃は今にも泣きそうなぐらい震えていた。


 それでもこいつの口は止まらない。流石に言っていい言葉も理解できない部長に腹が立った。


 むしろ使えないのは自分の仕事を部下に任せて文句を言う部長だろう。


「部長、今いいですか?」


「ん? こんな時に話しかけるのは誰……うっ!?」


 部長は顔を上げ、俺の顔を見ると何故か一瞬ビクッとしていた。


 俺はここぞとばかりに反撃することにした。

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