第10話 ナスとアヒル
俺は無事に仕事を終え笹寺と共に、仕事場近くの居酒屋に向かった。入社した時からここが同期で集まる場所だ。今となっては笹寺と来ることばかり。
「お疲れ!」
俺と笹寺は並々に注がれたビールジョッキをお互いにぶつける。口に入れた瞬間、アルコールとビールの苦味に体が浄化されるような気がした。
働いた後の酒は特に美味い。こうやって外で飲むのも久しぶりな気がする。毎日仕事に明け暮れ、飲めても夜遅くに嗜む程度だ。
「あー、うまい」
お通しで出てきたもつ煮を食べた。ここのもつ煮はお通しとしては、安くて量も多いから気に入っている。
「あれから仕事はどうだった?」
俺はオフィスに戻った時の話しを全て話した。話すって言ってもあの糞野郎のことしかない。
部下は家畜のように絞られるサービス残業。明らかに仕事の割り振る量に問題がある。いや、割り振られても、さらに振られるから結構割り振られてもいない。
「あー、相変わらずムカつくな」
笹寺に話すたびにイラついて来るが、それよりも笹寺の方がイライラしていた。一緒になって感情を共有できる友達は貴重だ。
こういう姿を見ると俺の怒りはどこかに飛んでいってしまう。
「あいつの話をするとこんなに良い酒が不味くなるわ」
「ははは、そうだな! お姉さんおかわりお願いします」
俺達は仕事の話しをするのをやめて違う話しをすることにした。って言っても話すことは基本女のことか、最近あったことしかない。
「そういえば、最近投資はどうなった?」
「ああ、初めてETFを買ったぞ」
「あー、ETF……な?」
笹寺の反応からしてきっとわかってはいないのだろう。投資に一度でも触れたことがある人なら知っているはずだ。
「俺も初めて買ってみたけど、本当に買って良かったのかはわからんけどな」
「俺が買うよりは失敗しないから大丈夫だろ」
笹寺もインデックスファンドは購入している。俺が積み立てNISAを勧めたから同じやつを買っている。
ちゃんと勉強したほうが良いと言ったが、俺を信用しているらしい。他人任せなのが一番怖いところだが、年収を上げるより投資の方が利益を出すのは簡単だ。今の日本じゃ年収は上がらないため、投資をしないという選択肢はなかった。
感覚としては単純に貯金するより株というお金が入る資産を購入しているだけだ。
最近ではNISAという、非課税で投資ができる制度も存在している。
国がぜひ老後の資金集めのためにやってくれと言っている制度でもあるため使わない選択肢はない。
年金が無くなることはないと思うが、減る可能性はある。死ぬ気で働いたのに老後も人生真っ暗じゃ生きてる意味がなくなってしまう。
そのためにも投資は必要になってくる。
「それで今回は何を買ったんだ?」
「
「あー、あのナスとアヒルのやつね」
やはり何もわかっていなかった。ダックってついているからアヒルだと思ったのだろう。
俺も勉強し始めたばかりで詳しくはわかっていないが、流石にナスダックぐらいは聞いたことはあった。
「その情報技術や通信が多めのセクターが入ったやつだ。笹寺が使ってるそのスマホの会社も入ってるぞ」
ETFはお弁当のようになっているため、今回は情報技術や通信会社が多めの比率になっているのを購入した。
セクターとは分野毎に分かれており、ヘルスケアや生活必需品など様々なものが存在している。
「んー、とりあえずお前はそのまま積み立てておけば問題ないさ」
「たしかにそれはそうだな」
実際に投資があまりわからない人でも長期投資をすれば元本より下がることは滅多にない。それだけ定額でお金を積み上げることが有利になる。
「また、聞きたくなったら教えるよ。俺のアウトプットにもなるからな」
「さすが、服部様!」
「こういう時だけ祭り上げやがって」
そういうお調子者の笹寺が俺にとっては楽で良かった。
「お待たせしました」
ジョッキを二つ持ってきた店員は、笹寺の方を必要以上に見つめていた。ああ、またこのパターンか。
「ありがとう」
笹寺が微笑んでお礼を言うと、女性店員は顔を赤く染めて仕事に戻って行った。好青年で顔良し、見た目良しのスーツ姿が現れた女性なら気になってしまうだろう。
イケメンは全員滅んでしまえ!
「ははは、まぁ今日は美味しく飲もうじゃないか」
そんな俺の気持ちに気づいているのか、必要以上に乾杯を求めてくる。こういう距離が近くて、人懐こいところが、さらに笹寺の良さなんだろう。
「乾杯」
俺達は仕事の疲れを酒で流すように、何杯も飲んだ。あの糞野郎のことは忘れよう。明日は待ちに待った休みだからな。
稼いで、稼いで稼ぎまくってやる。
そして俺はニートになるんだ!
「慧は楽しそうだな」
「楽しく生きていかないと人生短いからな」
「そうだな」
笹寺の表情はどこか影を落とした。だが、その時の俺達はまだお互いの過去を知らなかった。
「楽しい人生に乾杯!」
「乾杯!」
再び俺達はビールのジョッキをお互いに打ちつけ合った。
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