　ラファエルは莞（かん）爾（じ）として右手のひとさしゆびを中天へとかかげられた。

　爾（じ）時（じ）穹（きゆう）窿（りゆう）から三百六十度に翡（ひ）翠（すい）色の光（こう）芒（ぼう）がほとばしった。茫（ぼう）然（ぜん）自（じ）失（しつ）として巨万の市民は目撃していた。翡（ひ）翠（すい）色の光（こう）芒（ぼう）はやがて一塊の巨大なる光明の団塊となって肥大化してゆき煙（えん）燄（えん）天にみなぎっているツインタワーまで呑（どん）噬（ぜい）していった。翡（ひ）翠（すい）色の光明につつまれたツインタワーとタワーの界（かい）隈（わい）ではたしかに『時間がとまって』いた。時間の凍結した翡（ひ）翠（すい）色の光明のなかでツインタワーの火炎は映画の『まきもどし』をみるかたちで終（しゆう）熄（そく）してゆき轟（ごう）然（ぜん）として崩壊したツインタワーはおなじく砂（さ）塵（じん）の颶（ぐ）風（ふう）が穹（きゆう）窿（りゆう）へと聳（しよう）立（りつ）してゆくかたちで『復活』されていった。もとどおりになったツインタワーの南棟と北棟から二機の旅客機が恙（つつが）無（な）く翺（こう）翔（しよう）してゆきマンハッタンの四（し）衢（く）八（はち）街（がい）は鼓（こ）腹（ふく）撃（げき）壌（じよう）の日常に回帰した。すべての『治癒』が終（しゆう）焉（えん）すると巨大なる球体状の光明は中枢へと輻（ふく）輳（そう）してゆき幽（ゆう）邃（すい）と消滅した。ラファエルがおっしゃる。『神のしもべたる隣人たちよけつして爾（なんじ）の隣人をにくむなかれ』と。同時にラファエルの肉体は熄（そく）滅（めつ）され穹（きゆう）窿（りゆう）に屹（きつ）立（りつ）されていたヤハウェ神も莞（かん）爾（じ）とされながら虚空へと――おそらくは至高天へと――消滅なされた。十秒間ほどマンハッタンには鬱（うつ）勃（ぼつ）たる沈黙がながれしばらくして同時に隣人たちみなが万雷の拍手をおこして号泣しはじめた。いわく「Hallelujah――神様万歳」と。この『奇（き）蹟（せき）』の中心人物となったハンナばあさんはやはりマンハッタンの阡（せん）陌（ぱく）で跪（き）拝（はい）しながら穹（きゆう）窿（りゆう）を仰視しつぶやいた。