第23話 失うもの

 午後一時になり、残り16時間のタイムリミットが近づいてきている。

 俺様はさっそく足跡を見つけると、無駄肉乳女を追いかける。

 慎重に。だが大胆に追いかけていくと、体操選手のようなしなやかな動きでかわされる。

 が、俺様も馬鹿じゃない。

 ここにくる道中、トランプをゲットし、攻撃を仕掛ける。

「スキル《ブースト》、スキル《アクセル》発動!」

 5のトランプがスキル《ブースト》でプラス20され、さらにスキル《アクセル》で2倍になる。

 光の柱が幾重にも連なり、敵を追い詰めていく。

 合計50の攻撃が無駄肉乳女のLPを削っていく。

 さらにはスキル《塩水》を使い、傷口を癒やす前に追撃を行う。

「やめなさい。そんなことをしたら私はあなたを殺さなくちゃいけなくなる」

「どの道、死ぬ運命だ。一緒に逝こうぜ」

 俺様はこの勝負で伊里奈に勝てない。そればかりか、このゲームの性質上生き残れるのは一人だけ。

 なら勝つのは伊里奈でいい。

 伊里奈一人が生きていれば、俺様は満足だ。

「スキル《オートガード》発動。スキル《多重障壁》発動」

 無駄肉乳女は俺様の攻撃を完全に防ごうとしている。

 その隙を狙い、腕を掴む。

「これでしまいだ。無駄肉乳女」

「いい加減、名前くらい覚えなさいよ。このたこすけ!」

 ギュッと強く握られた手を振りほどき、走り去っていくニーナ。

 運営の無慈悲なアナウンスを聞いたあと、待機時間がすぎ、俺様は傷あとを追う。

 さっきの無駄肉乳女だ。

 残りLPが200を切っていた。次触れれば、まず間違いなく脱落者となる。

 今後いっさい、表に出ることのない〝死〟が待ち受けている。

 彼女にも人生があって、思考があって、気持ちがある。

 そんなあいつらの人生を奪う権利がいったいどこにある?

 だめだ。考えるな。

 俺様は俺様を守るために戦う。

 もう勝ち目はないが、伊里奈が勝てるように尽力する。

 そうでなければ、俺様が負ける意味がない。

 傷跡も、塗料の剥げも見せない伊里奈は本当に最高の天才だった。そして自慢の妹であった。

 それで死ねるのなら本望だ。

 もう誰にも迷惑をかけなくてすむ。誰も死なせなくてすむ。俺様が傷つけてきた人に謝ろう。

 どこまでも外道になりきれない俺様だが、最後くらい派手に散ってやる。

 伊里奈が痛みを覚えないよう、残りの二人を消しといてやるよ。

 小部屋を見つけると、その先にいる無駄肉乳女を見つける。

「あら。早かったじゃない?」

 無駄肉乳女はクスクスと笑みを浮かべる。

「お前を殺す」

「こわっい〜」

 ぶりっ子のように身を捩る無駄肉乳女。

「なんだ? それは」

「ここまで来たご褒美よ!」

 無駄肉乳女が地面を蹴り上げると、白いショーツが――。

 かこんっという何かが外れるような音がする。

 上からペンキの入ったバケツが降り注ぎ、視界を奪う。

 次、目を開けたときに無駄肉乳女がナイフを手にしている。

 刃渡り20cmほどのナイフだ。

「そ、そんなもの……!」

 俺様は慌てて近くにある瓦礫の一部を投げつける。

 それをかわし、迫りくる無駄肉乳女。

「死にたくないの! わかって!」

「!? そんなの!!」

 みんな同じだ。死にたくない。

 だから、俺様はここにいる。

 伊里奈も渋々デスゲームをしている。

 みんな同じだ。

 ザシュッと肉を割く音が聞こえる。

 血の飛沫がペンキで真っ白になった顔にかかる。

「九条!?」

 眼の前には貧乳女がいた。腰のあたりから血を流している。

「……あんたたち。やっぱり付き合っているでしょ?」

 ニーナが鋭い目で睨んでくる。

「違うよ。あたしが一方的にからんでいるだけ」

 息遣いが荒く、血の流れは止まらない。

「お前、なんで。かばって……」

 俺様は混乱した頭で必死に疑問を口にする。

「あたしたち、幼い頃に出会っているよ。覚えていない?」

 覚えているはずがない。

 こんな勇敢な女の子を他に知らない。

「あたし。また小さくてカッコ悪かったから、覚えていないと思う」

 くすっと笑みを零す九条。

 何も笑えない。

 何一つ笑えない。

 どうして、俺様を助けた?

「あたしにとっては龍彦くんはヒーローだったよ」

 目の端からツーっと涙を流し、崩れ落ちる九条。

「お、お、お前は!」

 俺様はあらかじめ取っておいたスキル一覧を見やる。

「あっけなく死んじゃったわね。なら、次はあんたの番なの!」

 確かにLPを奪わずとも殺してしまえば、意味がなくなる。

 だが、このゲームはじゃない。

 だ。

「スキル《ウロボロス》、スキル《灼熱の魔剣・アガツガリ》、スキル《魔晶風》」

 スキル《ウロボロス》。

 〝再生〟の神獣であるウロボロスは、対象者一名のLPを回復させる。

 スキル《灼熱の魔剣・アガツガリ》は剣を顕現させる。攻撃力は100。

 ウロボロスが俺様を中心として回り始める。

 顕現した魔剣・アガツガリが目の前の無駄肉乳女を捉える。

 スキル《魔晶風》は対象者の周囲に風の刃を浮かべる。刃に触れると100のダメージ。

 本来通り、敵の動きを束縛する目的がある。

 動けない無駄肉乳女に向かって振り下ろされる魔剣・アガツガリ。

 ニーナのLPを削りとっていく。

「わ、私は、死にたくない……!」

 反撃するようにナイフを振りかざす無駄肉乳女。

 アガツガリは実在の剣ではない。物理攻撃ではない。所詮は拡張現実AR技術の合成映像だ。

 故にそれをすり抜けてしまえる。

 本気で立ち向かってくる無駄肉乳女。

 その振り下ろしたナイフは俺様の太ももに突き刺さる。

「スキル《ウロボロス》、スキル《王者の化身》!」

「なっ!?」

 奇しくも、俺様と同じスキルを使う無駄肉乳女。

《ニーナ=プロシンのスキル《王者の化身》により、おにはニーナ=プロシンに譲渡します》

「ふざけるな!」

 みるみる回復していくニーナ。

 怪我を負った九条と俺様はどうしようもなく項垂れる。

「あんたのかわいがっている妹も、私が処分してあげる」

「そんなこと、できるものか」

「ふふ。スキル《ソナー》があればいつでも探知できるのよ。ねぇ? 伊里奈さん?」

 大声で妹の名を呼ぶ無駄肉乳女。

 こいつはもともと、誰かを助ける気なんてなかったんだ。

 俺様たちが落ちていくのを嘲笑っていた。

「ん。お兄様のピンチ、です……」

 小さな声がわずかに聞こえてくる。

 何もかも失った。

 伊里奈の場所をスキル《ソナー》で探知してやがった。

 俺様も、伊里奈も。

 そして友達である九条まで犠牲にして。

 おにまで盗られた。

 これ以上勝ち目はない。

 終わった。

 今までの記憶が走馬灯のように流れていく。

 妹とのゲーム。

 兄とのプール。

 母のキャロットケーキ。

 父の作ったゲーム。

 そして同級生の九条との語り合い。

 九条。てめーとは会っていたんだな。

 一緒に泥だんごをぴっかぴっかになるまで作ったな。

 ははは。

 なんでこんな楽しい記憶を封印してんだ?

 なんでもっと早くに気がつけなかったんだ?

 後悔先に立たず。

 悔やんでもくやみきれない。

 俺様はもう終わりだ。

 振り下ろされるナイフを視界の端で捉える。

 触れれば200LPの損失。

 もうLPは残り190と少ない。

「伊里奈。お前は逃げろ!」

 俺様は必死になって呼びかける。

 伊里奈も運動神経は良くない。

 今からでも間に合う。

 俺様がこいつを動けなくしてやる。

 戸惑いながらも逃げようとはしない伊里奈。

「いいから逃げろって!」

 じゃないと殺される。

「こいつはおめーを殺そうとしている!」

 これ以上、何かを失うのはもう嫌だ。

 伊里奈は何かを必死に考えている。

 この状況でも勝ち目のあるゲームをしようとしている。

 どこまでも真っ直ぐで純粋な子だ。

 そんな子が兄の死を見たらどうなる?

 筆舌に尽くしがたい未来しかみえない。

「伊里奈!!」

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