第24話 ニーナの叫び

「伊里奈!!」

 俺様は悲痛な叫びを上げて無駄肉乳女の足に絡みつく。

「くっ。どきなさいってば!」

 無駄肉乳女は癇癪を起こしたのか、甲高い声で俺様を罵り始める。

「あんたみたいな社会不適合者なんて死んでしまえばいいの。社会のゴミなんだから!」

 豹変したニーナに戸惑いを覚える伊里奈だったが、スーッと瞳を見据える。

「スキル《王者の化身》、スキル《ウロボロス》、スキル《治療》、スキル《ダブル》、スキル《一時離脱》」

 スキルの重ねがけのお陰でおには伊里奈に変わり、俺様のLPが回復していく。

 そしてスキル《治療》は怪我をしたプレイヤーを一時的に運営が治療をしてくれる、というものだ。

 スキル《ダブル》により治療を受けられるのは二人になった。

 つまり俺様と九条をどっちも助けたいのだ。

 それが伊里奈の願いだ。

 しかし――。

「このゲームは一人が勝つまで続く。俺様はいい。伊里奈、生きろ!」

「そういう、こと……ですか。お兄様!」

 瞳をうるませる伊里奈は、スキル《一時離脱》で九条をこのゲームから離脱させる。

 とはいえ、ゲームをやめたわけじゃない。敗者復活戦に移行したわけじゃない。あくまでもに離脱するのだ。

「でも。大丈夫、です……。この試合はで勝てます」

 そんなはずがない。

 俺様も無駄肉乳女も、その勝ち目が分からないからこそ、強硬手段を取ったのだ。

 こんな訳の分からない戦いをしているのだ。

 でも、もう一度勝ち目があるのならーー。

 伊里奈に賭けてみたい。

「伊里奈!」

 九条が緊急搬送される中、伊里奈は輝いてみえた。

 それが単なるスキルの使用による光だとしても。

 俺様にとっては後光の光に見えたのだ。

「スキル《癒やしの女神》、スキル《可憐な乙女》」

 スキル《癒やしの女神》は、プレイヤー全員の継続効果を消し去る。

 これにより、俺様はLPの現象を免れた。

 しかし――。

 スキル《可憐な乙女》とは?

 俺様は聞いたことのないスキル名に首をひねる。

「私の知らないスキル。たぶん、固有ユニークスキル……」

 その神々しさに言葉を失うニーナ。

「みんなからLPをのです」

「は? そんなことしたら、私だけでなく、龍彦も!」

 伊里奈の言葉に食ってかかるニーナ。

 俺様もそう思うがこれも運命だ。

 伊里奈が勝つならそれでいい。

「スキル《同調》、スキル《レベルアップ》」

 聞き慣れないスキルを次々と読み上げていく伊里奈。

 その一つ一つは弱い効果しか持たないものだったが、集まることで強大なものへと変貌していく。

 これはLP8000超えした伊里奈だからこそできる技だ。

 さすがの天才に舌を巻く思いだが、俺様も負けていられない。

 スキルの中で他プレイヤーがいつまでも使っていないのがある。

 スキル《勇者》。

 これの条件が厳しくて購入していなかったが、今のLP量ならいける。

 そうか。このためにあったのか。

 俺様の固有スキル。

「お兄様、今ならいけます!」

 伊里奈の声を合図に俺様はそのスキルを購入。

 条件がそろった今なら使える。

 最大の強敵を相手にしたとき、このスキルは発動できる。

 それもLPを2000失って。

 だが、今は伊里奈の使ったスキル《可憐な乙女》がある。

 すべての者を従わせる。

 そこに運営もいる。

 このゲームには運営すらも参加者という認識である。

 だから、運営にも口出しができる。

「俺様と伊里奈はこのゲームをクリアする」

 無条件で一人をクリアできるスキル《勇者》。そして伊里奈は自力でクリアできる。

 ……だが、

《運営の意向により、相羽龍彦と相羽伊里奈はデス・鬼ごっこをクリアしたものとみなします》

 アナウンスが鳴り響き、ほっと安堵する俺様。

「冗談じゃない。これじゃ、私たちが死んでしまう。そんなの許されるわけがない!」

 無駄肉乳女は目を釣り上げて、ぎりぎりと歯ぎしりをする。

「そんなの認めれられるわけがない! 不正よ! スキル《勇者》なんて最初からなかったわ!」

 ニーナは激しく身体を動かし否定する。

「諦めろ。これが現実だ」

「うるさいっ。スキル《悪女の仮面》発動!」

 スキル《悪女の仮面》?

 聞いたことがない。

 もしかして――。

「固有スキル!?」

「お兄様。まだ終わりではない様子です」

 いつの間にかたくましくなっていた伊里奈が前に出る。

「わたし、彼女の気持ちを、知らないです」

「気持ち?」

「それを知る必要があるです」

 俺様にはよくわからないが、感情の機微にさといのが伊里奈だ。

 何かあるのかもしれない。

「スキル《時間稼ぎ》」

 ゲームクリア間近の対象を、一時間だけ遅らせるスキル。

「話をしよう。ニーナ」

「いやよ! 私には話すようなことはなにもないわ」

「そんなふうに否定ばかりしていたら、なんにもならないだろ」

 俺様は無駄肉乳女の手を掴む。

「何するのよ!?」

「お前は常にリーダーであろうとした、なぜだ?」

 詰問するようににじり寄る俺様。

「私は、だって……」

 クリアしたことにより回りが光を放ち始める。

「私は、クリアしないと生きていけない!」

 どういう意味だ。

 なぜこうもクリアにこだわる。

 彼女にはスキル《敗者復活戦》がある。他にも回避するすべはある。

 なら、ここでの勝ちにこだわる理由はないはずだ。

 それなのに、こんなに必死になる理由はなんだ。

 分からない。

 なぜ、こうも否定したがる。

 なぜ、こうも勝ちにこだわる。

 それは他人を蹴落としてまで勝つ意味があるのか?

「てめーは何をしにここに来やがった!」

 俺様が語気を強つよめると、ニーナはビクッと身体を震わせる。

「わ、私は……」

 泣き出しそうな顔をしてその場にへたり込む。

「お兄様、泣かせたのです」

「へ!? いや、こいつが勝手に!」

「勝手に泣く人なんていません」

 伊里奈の正論にぐっと言葉をこらえる俺様。

「だぁって――」

 今のニーナはおおよそ女の子がしていい顔をしていない。

「私、これに勝たないと、クリアしないと居場所がなくなっちゃう!」

「どういうことだ?」

「このゲームに参加登録したのは父・ハイド。父の言う通りクリアできるだけの頭がなければ切り捨てられる……」

 暗雲たる曇顔くもりがおを浮かべているニーナ。

「なんだ。そんなことか」

「な、なによ!? そんなこと!?」

 ニーナはこちらを向くと怒りをあらわにしてきた。

「俺様と伊里奈も居場所がなくてな。それでもどうにか生きてこられた」

 俺様は隣に伊里奈を引き寄せると頭を撫でる。

 それを嬉しそうに目を細め、教授している伊里奈。

 俺様と伊里奈は最初から最後まで一緒に戦ってきた仲間であり、兄妹だ。家族だ。

 そんな人がいればニーナも変われる。

 俺様が何度諦めようとも、伊里奈が救ってくれたように。

 俺様にもチャンスが巡ってきたように。

 光の柱がさらに伸びる。

「な、何よ。それ」

 ニーナは眉間にしわを寄せる。

「ははは。これが終わったら学校で話でもしよーぜ? な、友よ」

「え……!」

「俺様たち、出会いが変われば、友にもなれるんだよ。てめー一人で生きているとでも思ってんのか? 頭湧いているんじゃねー?」

 少し顔をほころばせるニーナ。

「上等よ。これから毎日、ゲームしかけて上げるんだから」

「は。アホらしい」

 俺様は鼻で笑い飛ばす。

 伊里奈と一緒に、運営スタッフの誘導する出入り口に向かっていく。

 光の中に消えていく俺様の後ろでは、ニーナがなにやら口を開く。


『待っていて』


 そう言っているように聞こえた。

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