16人目 『ここにいさせて』

「お願いだから、ここにいさせて」


 そんなことを僕に言ってきたのはクラスの、いや、学年の中でも上位に入るくらいは可愛い子だ。

 なぜそんな子に突然のお願いをされているのかと言えば、偶然だった。としか言い表せない。


 たまたま用事があったからいつもは行かないカフェの屋外席に座っていたら突然やって来た彼女がこんなことを言い出した。

 これしか現状を表す言葉は思いつかない。


「えっと……」

「お願い!ちょっとだけでいいから!」

「席は空いてるし……どうぞ?」

「ありがと!!」


 どこか焦っているような様子の彼女の勢いに押され、とりあえず荷物をどかして空席を用意する。

 彼女はその席に慌てて座ると、手に持っていた鞄を机の上に置いてそこに隠れるように顔を伏せる。


「えっと、何してるの……?」

「ちょっと人から隠れてるの。あ、何かやらかしたとかじゃないんだよ?しつこくナンパしてくる人がいてね……逃げても追いかけてくるから」

「……大変なんだね」

「そうそう!ちょっと時間をかけて探しても見つからなかったら諦めてくれる……はず」

「つまり、それまでこの席を提供すればいいってこと?」

「うん。ごめんね?迷惑かけて」


 彼女は顔を伏せたまま僕のほうを見て謝ってくる。状況的に当然と言えば当然なんだけど、自然と上目遣いになっているのでいつも以上に可愛く見えてしまう。


「それはいいんだけど、よく僕のこと見つけられたね?」

「追いかけてくる人がどの辺か確認してたらクラスメイトの顔見つけたから頼っちゃった」

「なるほどね」

「あ、落ち着いたらちゃんとお礼はするから」

「そんなのいらないよ。元々暇潰してただけだったし」

「ダメ!私の気が済まないから受け取って!」


 それでも受け取らない、と言おうとしたが彼女の視線が絶対に譲らない、そう訴えかけてくるのでこれ以上言い合っても無駄だと判断する。


「それじゃあ……ここのメニューで何かおすすめのスイーツってある?」

「スイーツ?んーとね……」


 机の上に置かれていたメニューを見せると、彼女は器用に今の体勢を維持したままペラペラとその内容を確認していく。

 それから数分後、彼女はいくつかのスイーツを示す。


「これとかこれ、かなぁ。値段もお手頃だし、前に似たようなものを食べたことあるけど美味しかったよ」

「じゃあ、ちょっと買ってこようかな。はい、これ」

「えっと、これは……?」


 僕の差し出した帽子とパーカーに彼女は目をパチリとさせながら不思議そうに首を傾げる。


「僕がいなくなるから、一人でそんな風に伏せてると逆に怪しいでしょ?服装が変わればマシかなって。あ、僕の帽子とか嫌なら言ってね?」

「……ううん、大丈夫。ありがとう」

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」



 それから十分程度。

 運よく会計が混んでいなかったこともありすぐに席まで戻ってくることができた。

 彼女は俯くようにして少しだけ顔を隠していてスマートフォンを触っていた。


「大丈夫だった?」

「うん。借りた帽子とかのおかげかも。返すね」

「あ、もう行くの?」

「?とりあえず返しておこうかなって思ったんだけど」

「返すのは帰るときでいいよ?その恰好の方が楽なんでしょ?」

「……うん。じゃあ借りるね」

「それと、はい。どうぞ」


 僕は買ってきたスイーツのうちの一つを差し出す。

 彼女の反応はと言えば、帽子を差し出したときと同じように困惑といった感じだった。


「え、なんで?」

「なんでって……せっかくおすすめしてもらったから?」

「でもそれは私が迷惑かけたお詫びだって……」

「まあまあ。僕一人だけ食べるのも寂しかったから」

「うーん、でも……」

「じゃあ、受け取るのが申し訳ないって言うなら今度別のスイーツ御馳走してくれたらいいかな」

「……うん。わかった」


 彼女は納得したのかスイーツを受け取ってくれる。

 しかし、受け取ったスイーツを口に運びながら何かを思いついたかのように僕の方を見てくる。


「あ、でも」

「?」

「次御馳走してほしいってことは、デートのお誘い?」

「そ、そういうわけじゃ!?」

「あはは、大丈夫大丈夫。わかってるって。ちゃんと選ぶから楽しみにしててね」

「……うん」



 それから数十分。

 二人でのんびりと話していると買ってきたスイーツもいつのまにかなくなってしまった。


「さて、食べ終わっちゃったね」

「そろそろ追いかけてきた人も大丈夫そうだし、これ返すね」


 そう言うと彼女は僕の貸していた帽子と上着を返してくる。


「それじゃあ、今回のお礼のスイーツ決まったらまた連絡するね」

「うん。それじゃあまたね」


 彼女との関係はこんな出来事から始まったのだと、後になって何度も思い出すのだった。

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