15人目 『手を取って』

 高校生活最後の学園祭。

 今はそれも後夜祭のフィナーレの時間を迎えている。

 グラウンドに設置されたキャンプファイアの周りで思い思いのペアで踊るというベタな?催しが行われているが、だからこそと言うべきだろ。雰囲気もいい。

 カップルで踊っているペアもあれば、その成立一歩手前と見てわかるペアもある。


 そして、そんな光景を私は独り、校舎の屋上から眺めていた。


 何人かの同級生から踊らないかと誘われはしたものの、その全てを断ってこの場所へとやってきた。

 向こうも今年で最後だから思い出作りに、と考えて誘ってきているのだろうが誘われた側の私にもそういう考えがなかったわけじゃない。

 ただ、その声をかける勇気がなかったからこんなところに一人でいる、それだけのことだ。


 声をかけすらせずにここにいることに少し後悔はしながらも、自分で選ん結果だと自分に言い聞かせる。


 そんなことを考えていれば、地上に見える火が大きくなるにつれて周囲の人の歓声も大きくなっていく。高さという意味では私とその場所ではそれなりに距離があるはずなのにまるでその場にいるかのように熱気が伝わってくる。


 その熱に当てられてしまえばついさっき自分に言い聞かせて抑え込んだはずの後悔が戻ってきてしまう。そう直感した私はその場から立ち去ろうとした。

 しかし、私の思考はどうやらすでに熱気に当てられていたようでこの屋上に誰かが近づいていたことに気がついていなかった。

 屋上から校舎に戻るための扉に向かおうと私が振り返るのとその扉が開くのは同時だった。


 誰かがたまたまやってきた。それだけならよかったのに、その相手が問題だった。

 私が下での踊りに誘おうとして誘えなかった相手がやってきたのだ。

 色々な人から声を掛けられるくらいには人気のある相手だから、てっきり下で誰かと踊っているとばかり思っていたので完全に油断していた。

 せめて心構えさえできていれば……いや、できていてもなんとか平静を保つのが精一杯だっただろう。


「……こんなところにどうしたんですか?」

「あはは、それは君もじゃない?」

「……それは、まあ……そうですけど。でも、てっきりあなたは下で踊っているのかと」

「ん?俺のこと知ってるの?」

「……ええ、まあ。何人かに誘われているのを見たので」

「ああ、なるほどね。見られてたんだ」


 このニュアンスで言っておけば、偶然誘われていたのを見かけたということで誤魔化せるだろう。

 さすがに、誘いに行ったけど他の人に誘われているのを見て諦めた、なんてことを本人を前にして言うことはできない。


「そういう君は誘われたりはしなかったの?」

「その……誘われはしましたが断りました」

「そっか。それでずっとここにいたから見かけなかった、と」

「ええ、そういうこと……に?」


 彼の言葉にどこかひっかかりを覚えるが、それがどこかまではわからず返事が曖昧なものになってしまう。


「見かけないから困ったよ、ほんと」

「…………?それは、どういう……?」


 私の問いに彼はすぐに言葉を返しはせず、その場で片膝をついて私に手を差し出してくる。


「お嬢さん、私と踊ってくださいませんか?」

「わ、私と……ですか……?」

「そう。誘おうと思ってたのに見つからないから困ったよ」

「……ほん、とに……?」

「嘘はつかないよ。まさかこんなところにいるとは思わなくてこんなに時間がかかっちゃったよ」

「よろしく、おねがい……します」


 私は震える手で差し出された彼の手を取る。

 絶対に叶わないと思っていた光景に思わず涙が出そうになる。それでも、この思い出だけは笑顔で残したいという思いでなんとか堪える。


「踊り終わったら聞いてほしいことがあるんだ」

「……わかりました」

「君の心の準備ができたら踊りを止めてくれたらいいよ。ここには二人しかいないからね。終わりも自由だ」


 夢のような時間を自分で終わらせてその言葉を聞けというのはなんとも残酷なんだろうか。

 そうは思いながらも、何を言われるのか期待する私もいる。


 さて、夢から覚める時間はいつやってくるのでしょうか。

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