12人目 『もう少し寝ていようよ』
物心ついた頃から、私は一人だった。
厳密には母親との二人暮らしだったが、母は夜勤がほとんどの仕事に就いていたから日中にちゃんと会話をすることのほうが珍しかった。
そんな家庭環境であれば当然学校に行っていたとしても友達と遊ぶ、なんて余裕があるわけもなく。学校が終わればすぐに帰って残っている家事や買い物を終わらせ、宿題があるならそれをする。
そんな生活をしていたから一般的な家事スキルは当時の同年代の平均よりもあったと自負している。しかし、そんなことが出来たところで学校で何になる、という話であり。テレビも見なければSNSをしたり、動画配信サイトを使ったりもしない。その結果、周囲の話題に全くついていくことができず孤立してしまった。
たまに気を利かせて私のわかりそうな話題を振ってくれる友人もいたものの、その話題ですらついていくのがギリギリ。中学を卒業する頃にはクラス内で確実に孤立していた。
そんな状況もましだった、と体感するのは高校に入って一年経たなかったくらいだろうか。
私自身は同じような生活をしていたが、母が今までの無理が祟ったのか倒れてしまった。
その無理をする中でなんとか貯蓄をしていたからすぐに生活が崩れる、ということはなかったものの私もアルバイトをすることになった。お小遣い稼ぎのため、ではなく生活のためだったから可能な限りアルバイトをしていた。
その結果はわかっていたことではあるものの、中学の頃以上の孤立だった。アルバイトが生活の中での割合を増やした結果、私自身の自由時間は少なくなりそれまでは比較的余裕のあった学校での休憩時間も勉強に充てることになりますます誰かと会話をする、ということはなくなった。
そうして高校卒業を控え、進路を決める時に私は母と大喧嘩をした。これまで話せなかった分を全部話したと思うくらいには色々言い合ったものだ。
私は高校卒業と同時に就職するつもりだったが、母がそれに猛反対した。私の学費を払う分くらいの貯蓄はあるから進学してほしいというのが母の言い分だった。
私としてはこれ以上母に負担を掛けたくなかったから就職すると言い出したのに、その母から金銭的な負荷の大きなことを言い出されたのだから揉めるのは当然のことだった。
結局、それからしばらくの間揉めに揉めて折れたのは私の方だった。今まで大変な思いをさせてきたから、今後の人生にも大きく関わる大学くらいは好きにいかせてやりたい、と言われ続ければぶつかり続けるのも辛くなってしまったからだ。
それでも、家にすぐに帰ってこれる範囲でできる限り学費を少なくするという部分は私も譲れなかった。それと、私も稼げる範囲でお金を稼いでその収入をメインに色々な支払いをする、これが私と母の間で見つかった落としどころだった。
可能な限りお金を稼いで大学の勉強も怠らない。それを目指せば当然友人関係は今までと同じくらいになる、そう思っていた。
そんなことを思っていた中、私によく話しかけてきたのが彼だった。きっかけは何かの講義で隣になった、程度だったと思う。
私としてはその時っきりのつもりだったが、何の偶然かその後もいくつかの講義で出会うことがあった。
それが何度も繰り返されるうちに日常的な会話もするようになった。
そして数か月も経った頃、彼の方から二人でどこかに遊びに行かないかと誘ってきた。
どんな目的があったのかその時の私はわからなかったが、それが何であったにせよ結果としてそれを断った。
その時の私は遊んでいる暇なんてないと思っていたし、実際にそんな余裕はなかったのだから。
それ以降、彼が私を遊びに誘うことはなかった。
しかし、私に何かしら事情があることをなんとなく感じ取ったのか講義の課題をはじめとした大学の細かなことを日常的に手伝ってくれるようになった。
私の方からお礼をしようにも好きで勝手にやってることだから、と受け取ってくれないのだ。
そのまま進級を繰り返し、そろそろ卒業を控えた頃。私はあらためて彼に聞いてみた
卒業までに何かしらのお礼をさせてくれ、と。
そうしたら、余裕を持って生活が落ち着いてからでいいからお願いを一つ聞いてくれればいいと言われた。
私が彼の答えに頷いてから数年が経った。
そしてつい最近、ようやくそのお願いを聞いた。
約束だったので今、それを守っているが最初に聞いたときはほんとに驚いた。
まさか、一緒に暮らして恋人になってくれ、なんて言われるとは想定できなかった。
約束だということもあったが、ずっと私を支えてくれた彼に悪い印象などあるわけもなく、私はそのお願いを了承。
先月から同じ部屋に暮らしている。
そして、その彼と太陽の温もりを感じながら一緒にソファーで寝転んでいる・
「もう少し寝ていようよ」
こんな言葉をかけてくれる人がいるということはどれだけ幸運なのか。そしてそれが自分の愛する相手であるということはどれだけ幸せなことか。
今までずっと一人で何かをしてきた私の知らないことは、とても暖かい気持ちになるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます