11人目 『夜の散歩』
私は夜の散歩、というものが好きです。
見上げればそこにあるのは一面の漆黒とその上に散らばる色とりどりの光たち。
近いように見えて本当は離れている、大きさも色も同じものは一つとしてない、そんな存在に惹かれるのも私としては当然でした。
そんなものを見ながら歩けば自然と足は見晴らしのいい、かつ周りにできる限り人工の光が少ない場所へと向きます。過程はその日の気分次第でありながらも最終的な目的地はいつも同じ場所。
そんな散歩のゴールは住んでいるところから少し離れたところにある小高い丘です。
なんでも、数年前にショッピングモールか何かを誘致するために開発されていたらしいがその計画が頓挫。その結果として残されたのは申し訳程度に整備された、木々に囲まれた展望台だと、人伝に聞いています。
「今日は……ああ、来ているんですね」
丘の頂上に続く階段を登ると、そこから見えるのは月明かりを背に街を眺める人影。この時間帯のここからの景色は私とその人影──彼と二人だけのものです。
「最近ちょっとだけ忙しくて……って言っても最後に会ってから一週間は経ってないわけだし、そこまで久しぶりってわけでもないけど」
「そうですね。私も毎日来ているわけではありませんから仕方ありません」
当たり前のように会話をしながら、彼と並んで風景を眺める。いつの間にか日常の中に入り込んでいたことです。
「……うん、やっぱり気分転換は大事だな」
「勉強、行き詰まっているのですか?」
「いや、いつも通り。行き詰まる、というよりはレベル相応の難易度に対してもがいてるだけ」
「だけ、で済ませる目標のレベルではありませんよ。あそこは国内トップと言っても過言じゃない場所です」
彼が目指しているのは宇宙に直接的に関わることができる学部の、その中でも国内トップは?と聞かれればほぼ確実に名前が出てくるような大学です。
「そっちはどうなの?ある程度進路決めないといけない時期だと思うし、悩みがあるなら一年先輩として相談にのるけど?」
「そうですね……正直に言えば悩んでいます」
彼は学年としては先輩になりますが、学校での直接的な先輩ではありません。だからこそ、と言うと変な話かもしれませんがこの場所でだけの先輩だからこそ素直に悩みを話してしまいます
「私は……何を目指せばいいのでしょうか」
「何を、か。これまた難しい質問だなぁ」
「私にはあなたのような明確な目標があるわけではありませんから」
「……あー、うん。そうやって目安にしてくれるのは嬉しくはあるんだけど。そこまで深く考えなくてもいいんじゃないかな」
「しかし……」
彼は悩む私の表情を見たのか、いつもよりも困ったような笑顔を見せる。言うか迷っていることがあるような、そんな素振りです。
「…よし。最初にここであった時のこと、覚えてる?」
「はい。ちょうど一年くらい前のことですね」
「そうそう。僕がたまたま散歩に来たら君がいた、ってあの時は言ったよね?」
「はい。今までは誰も来なかった場所なのに急に人が来たのでほんとに驚きました」
彼との出会いはたしかに一年程前ですが、それよりも前から──二年、いえ。もうすぐでこの場所に通い始めて三年くらいにはなりますね。
「実はあの時の僕も今の君みたいに進路に悩んでたんだよね。それも、今の君より重症なくらいにね」
「でも、そんな様子には」
「見えないだろうね。というよりも、進路のことからはできる限り目を背けてた」
「目を背け……?」
「詳しいことは……そうだな。僕がちゃんと合格して自分の中で区切りができたら話そうかな。今言える範囲で簡単に言うなら、あの時期の僕は今とは全く違う進路を目指してたんだよね。周りから見たら才能がある、とか天才とか言われる分野があったんだけどそれがダメになった。あ、ごめんね暗い話してすぐに次行くから」
彼が笑って話を軽い感じにしようとしてくれているのが私には痛いくらいに伝わってくる。
ここで会うようになって約一年。彼がよく笑う人だというのは見て、聞いて、それを知っている。だからこそ今の笑顔が無理矢理笑ったものだということを理解してしまうのです。
「まあ、そんなこんなで。現実逃避してたときにここに来たんだよね。家にいると進路のこと思い出しそうだったからできる限り普段行かないところへ、ってやってたらここまで」
「そうでしたか」
「あの時はほんとに驚いたよ。こんな場所に人がいるなんて思ってなかったし、それに女の子が一人だけだなんて」
「言われてみればそうですね。ここに通いすぎてそんな感覚なかったです」
「あはは。でも、驚いたのはそれだけじゃなかった」
そう言うと彼は何かを懐かしむような目で空を見上げる。
「あの日もそうだった。ここから見た景色が、特に星空がすごく綺麗だったんだ。ゆっくり夜空を見るなんて小さい頃以来だったから衝撃を受けたよ」
「それで、今の進路に?」
「うん。正式に決めたのはもう少し後だけど大きなきっかけは間違いなくあの日のあの景色。元々あった目標とかが全部なくなった僕の悩みなんて小さなものに思えてね。逆にこの大きな夜空には何があるんだろうって気になったんだ。それで色々調べたりして、今の挑戦にってところだよ」
「……なるほど」
「というか、本題から逸れちゃったね。僕が言いたかったのは目標なんてどこで見つかるかわからないから考えすぎなくてもいいよってこと。実際、なんとなくこの方面の職に就きたい、とかで進路選んでる人もいっぱいいるからね」
「……ありがとうございます」
会話はそこで終わり、二人並んで再び夜空を見上げる。
この星空も私を導く道標となってくれるのでしょうか。
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