10人目 『君の隣は安心するんだ』

「はぁ~、私もこんなこと言われてみたいなぁ」

「また言ってる。今度は何読んだのさ?」

「えっとね!これなんだけど!」


とあるカフェの一角にて。

一人の少女がテーブルから身を乗り出すかのような勢いで向かい側に座る別の少女に話しかける。

話しかけている少女の目の前には何冊もの本が積まれている。その全てがいわゆる恋愛小説や少女漫画だ。


「それで!この台詞!よくない? ううん、いいよね!いいでしょ!?」

「うるさい。周りに他の人もいるんだからおとなしくしろ」

「……はーい」


無理矢理頭を抑え込まれ、それと同調するかのように少女の勢いも大人しくなる。

大人しくなりはしたものの、まだ言いたいことは言いきれていないのか不満げな視線を向けたまま言葉を続ける。


「でもさ、こういう言葉言われてみたくない?『君の隣は安心するんだ』、だって。これを言われながら抱きしめられたりとか、ほんと憧れるなぁ」

「言いたいことはわかるけどさ。現実にはあんまりないことだからこうやって創作物として描かれてるんでしょ?」

「うぐっ……身も蓋もないリアリストめ」

「あんたはもうちょい現実を見なさいよ。これでもやっと成人になったんだからさ」

「その成人になったからですー。だから余計に憧れるのー」


ぶーぶー、という擬音が似合うくらいに頬を膨らませ抗議をする少女。

そんなことは気にも掛けず自分の飲み物を飲み始めた対面の相手が気に入らないのか、少女は切り口を変えて話を続ける。


「そうは言ってもさー。あと数年もして働くってなったら今よりもっと自由時間が減るわけでしょ?」

「それはそうね」

「そうなったらこういう恋愛できる可能性ってもっと減るんだから、今の内に憧れておくほうがよくない?」

「まあ、言いたいことはわかるわ」

「とか言って流してるけど、そっちは私より恋愛経験ないじゃん。年齢=彼氏なしめ」

「っ!」


不意を突かれたうえに自分にとってあまりにもクリティカルな話題。飲み物を飲んでいた少女は思わず口に含んだそれを咳き込んで吹き出しかけるも、なんとかこらえて飲み込む。


「あんたねぇ。もうちょっとでその服コーヒーまみれだったわよ?」

「でもそれだけ動揺したってことでしょ?自覚あるじゃん」

「ぐっ……まあ、それはそう、ね……」

「というか、そっちのほうが私よりよっぽど乙女趣味じゃん。理想が高すぎで告白されても断ったくせに」

「なによ!理想が高くて一週間ともたずに別れたやつに言われたくないんだけど?」


二人はお互いが相手の放った言葉に大きなダメージを受け顔を伏せる。

そして、そのまま同時に言葉を発する。


「「この話題、一旦止めよう」」

「うん、そうしようそうしよう」

「ノーガードで殴りあっても意味ないものね」

「で、話少しだけ戻すけど。ああいう台詞言ってもらえるならどうすればいいかな?」

「彼氏にお願い……できればさっきあんな殴り合いはしないわね。そうね……女優にでもなればいいんじゃない?仮初めでも言ってもらえるわよ」

「女優かー。……とりあえず試してみるのはありじゃない?たしか……」


そこまで言うと少女はスマホを取り出し、熱心に何かを調べ始める。

それから数分、満足いく結果が見つかったのかスマホをしまいそのまま席を立つ。


「じゃあ私行ってくる!」

「行くって、どこによ」

「うちの大学の演劇サークル!」

「行ってどうするのよ」

「そこはー……うん、ノリでなんとかする。ダメならダメってことで!」


そのまま一人残された方の少女は風のように去っていった話し相手の方を見て一言呟く。


「……うまくいくなら私もやってみようかな」

ゴミ箱(1)空ける


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