9人目 『何考えてるの?』

何考えてるの?


そんなことを聞かれるのはいったい何度目になるだろうか。

無口、無表情、積極的に行動も会話もしない。そんな条件が重なれば周囲の人間からは何を考えているか不明な、不気味な人間として興味を持たれるのは当然のことだ。


しかし、そんな質問も基本的には環境が変わってすぐに何度かされればその後はされなくなっていくものだと経験で知っている。


では、その理由は何なのか?

ある程度でも理解ができる部分があればそこから更に、という考えになるのだろうが、全くわからないままだという結論が出ればそれ以降はそういうものとして扱われるからだ。


誰からも話しかけられることもなく周囲のことを気にかけなくていい、そんな状況は私にとっては慣れたものであり、だからこそ私の望むところでもあった。


だから、4月となって新しく高校へと進学し私のことを知らない人が多くなったとしてもそれは変わらない、変わってほしくないと思っていた。


────しかし、現実はそううまくはいかなかった。


もちろん、大多数の新しいクラスメイトは私自身の望む扱いを勝手にしてくれた。

しかし、それにも一人だけ例外がいた。


私は、彼もそこら辺のクラスメイトも同じように好奇心だけで話しかけてきているのだと最初は思っていた。

しかし、私が彼は適当にあしらい続けても何度も話しかけてくる。普通のクラスメイトならとっくに諦めている頃だというのに、それでも私と仲良くなりたいと言い張って私に話しかけてくるのだ。


からかっているのか、それても本当に本心からそう言っているのか。その判別がつかず、自分の望んでいた状況にならないことに不快感を覚えていた私は軽いいやがらせをする彼を試すことにした。


その方法は彼の質問に対してほぼ確実に知らないであろうものを引用して答えていくことだった。

その点に関しては、過去の芸術論や哲学の一説はとても有用だった。言い回しが独特で特定の個人の解釈によるものや特定の分野の知識を必要とするものなど、深く知ろうとしなければ話をすることなど不可能なものだ。



そして、実際に実行したときの彼もとても困惑していた。わからないなりに理解しようとしていくつも質問をしてきてはいたものの、わからないところの説明にもまた同じような言葉が出てくる──私がその言葉を意図的に選んで使っているのだから当然だった。

そんなことを数分も続ければ、諦めたのか彼は肩を落としながら立ち去っていく。

罪悪感からか、胸にどこか引っ掛かるものを覚えながらもこれでいつもの生活が戻ってくるのだと私は安堵していた。


それから二週間弱、といった頃だった。

私が彼のことも記憶の片隅に追いやり、自分がそんなことをしたという事実さえ忘れかけていたちょうどその時、彼が再び話しかけてきた。

私があんなことをしたというのに一切気にした素振りも見せず、以前までとまったく変わらない様子で話してくる。

二週間話しかけてこなかったのに何をいまさら、と思って聞いてみれば前回私が話した内容を調べて理解してきたと言い出した。

驚きながらも軽く確認してみれば本当に理解しているのだ。

それどころか、前回は話していない少しだけ本筋からは離れた内容でさえもしっかりと話についてくる。


そこで終わればお互いにとってよかったのだろうが、なぜか意地を張ってしまった私は前回とは違う分野の内容ので同じことをする。

彼も彼で今度は私に質問をすることもなく、メモを取るとまた来るから待っててとだけ言い残して立ち去ってしまった。



また同じくらいの期間が経った頃、彼はほんとに宣言通りに帰ってきた。

それどころか、今回は私の知らなかった分野にまで話を広げて話を返してくる。

それが私にとってはなぜかすごく悔しかった。

誰かと何かをして悔しい、なんて感じたのはいつ以来か。もしかしたら初めてだったかもしれない。

そこはどうであれ。

やられっぱなしで今度こそ仲良くする、というわけにもいかずまた同じことを繰り替えす。



結局、そんなよくわからない関係は高校卒業――――でとどまらずずっと続いてしまっている。


「ほんっと、素直じゃないところは変わらないね」

「……うるさいです」

「それでも、約束は約束でしょ?今回のをクリアしたら関係を変えてくれるって」

「…………それは……はい」


こうして、これから生涯こんな関係が続くことが決定してしまったのだった。

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