8人目 『どんなものも恋の前には敵わないんだよ』

 お前は不器用だ。

 お前はバカだ。

 そんな類いの言葉は散々言われてきた。


 自分で振り返ってもそう言われても仕方のない時期はあったと思う。

 だからしばらくはその言葉を受け入れていたし、ある時期からは言われたところで何も感じなくなっていた。

 だって、それはもう私にとっての当然のことだったから。


 そんな私がいじめっ子たちの標的にされるのは当たり前だった。

 どんな暴言を吐いても言い返しもしない、反撃の意思を欠片も見せないおもちゃが手に入ったのだから徐々に枷は外れていきいじめの内容もエスカレートしていった。

 最初は口だけだったのが次は物がなくなる、私の物だけ扱いが違うといった肉体に被害はないが物理的ないじめへ。そこまでしても何の反撃もないとなれば殴る蹴るの物理的なダメージがあるものへと変わっていった。

 私の髪は長かったから掴んだり引っ張られたりは日常茶飯事だった。


 最初は反応がないことをよしとして始めた軽いいじめも、いじめっ子たちが望む反応が見れないことへの苛立ちが強くなっていったからそうなったのだろう。

 クラスメイトも下手に関われば次は自分が標的になると思っていたのだろう、遠巻きに見ているだけだった。


 今更教師に言ったところで頼りになるとは思えない。それどころか余計な刺激を与えるだけだと思った私は卒業するまで耐えることを選んだ。


 環境さえ大きく変わればいい、それで終わる。そう思って過ごしていたの考えはある意味では的中した。

 ただし、卒業という形ではなく転校生、という形だったが。


 その転校生は男の子だった。顔立ちもよくて人当たりもいいからすぐにいじめっ子を含めクラスの全体に馴染んだ。

 ただし、この転校生の来訪が引き起こしたのはそれだけでは終わらなかった。

 彼は正義感の強い性格だった。

 つまりは私へのいじめを見逃せなかった、ということだ。


 それからのクラス内は波乱、と言わざるを得なかった。

 まずは彼がいじめっ子たちに詰め寄った。なんでこんなことをしているんだと。

 いじめっ子たちはしどろもどろになりながら誤魔化す者、無言を貫く者、逆ギレする者……そこまでならよかった。

 一部の過激な数人が実力で黙らせようとしてしまった結果、始まるのは大乱闘。

 出血に打撲、ひどいと箇所だと骨にヒビ。小競り合いの喧嘩、で済ませるには無理な範囲まで被害が出てしまった。


 そうなれば保護者への事情の説明のための原因の解明が始まりクラス内でのいじめのことが誇張され大きくなった形で表に出るのも当然。

 そこからは噂が広まるのも早く、教師側も対応に追われて慌てていたせいか私たちのクラスは一旦学級閉鎖ということになってしまった。


 それだけならまだよかったが、唯一の被害者だった私の周りはどこかから嗅ぎつけたマスコミのせいでとても騒がしくなってしまった。家の周りに誰かいるのも当たり前。家のチャイムがしばらく押されなければマシ、みたいな状況だった。

 そんな状況での唯一の心の支えは彼のことだった。

 いじめのことなんて気にしていないはずなのに、助けてくれた彼のことはずっと頭から離れなかった。




 事件のほとぼりも冷め、ようやく家の周りも静かになり私は登校をするという選択をすることができた。

 周りの皆よりも登校再開が遅かったわけで、いざ登校してみれば当然視線を集めることになる。

 それに加えて、私はにもう一つ明らかに視線を集める要因がある。


 今回、登校するにあたって私は長かった髪を肩くらいまで切った。

 私自身の踏ん切りと、覚悟のためといえばいいのだろうか。


 その覚悟を私に、クラス中に、そして彼に向って宣言する。


「ねえ知ってる?どんなものも恋の前には敵わないんだよ。だから私はもう、負けないから」


 彼のことが頭から離れなかったのはすごく単純だった。

 私が彼に一目ぼれしたからだ。

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