3人目 『やっと言えた』

その言葉を伝えるのにいったいどれくらいの時間がかかったのだろう。



初めは幼稚園児の頃、何日かに一回公園で出会ったら遊ぶ程度の関係だった。

幼かったこともあり打ち解けるまでは早く、すぐにその頻度は二日に一回、毎日、と高くなっていく。

そして、毎日遊んでいれば公園で遊ぶだけでは物足りなくなっていくのも当然だ。


そうして選ばれた次の遊び場は家の中だった。

公園で出会った相手を突然家に連れていったものだから親にはとても驚かれた。それでも、友達を連れてきてくれたということの方が嬉しかったのか普段は見ないような浮かれ具合でもてなしをしていたのを今でも覚えている。


子供ながらにこれからもそうやって過ごしていくのだとそう思っていた。


───それが突然会えなくなるとは知らずに


集合場所はいつも公園。

家に招くことはあっても家まで遊びに行ったことはない。

もちろんスマートフォンのようなものを持っていたわけでもなく、連絡先も知らない。

知っているのは名前とあだ名、好きなもの等の簡単な情報のみ。


そんな細い繋がりしかなければ、切れてしまうのも当たり前だった。


最初はたまたま来てないものだと思っていた。

それが数日、数週間と続けば嫌でも実感してしまう。今思えば最初は優しく諭してくれていたのであろう両親の言葉も当時はすごく煩わしかった。

そんな態度のせいなのか、最終的には気が済むまでやればいいと言われた。


1ヶ月が過ぎた頃、ようやく毎日公園に通うのをやめるようになった。

それからは定期的に足を向けるようになり、季節が一つ終わるのを実感した頃だろうか、その時には近くを通れば視線を向ける程度になっていた。


学校で進級するようになると人間関係も段々と複雑になっていき、そんな幼い頃の思い出を振り返ることも少なくなっていく。


そんな記憶の片隅に眠っていた記憶が掘り返されることとなったのは中学校の教育課程も半分ほど過ぎた頃だった。

なんでも、その思い出の公園が取り壊されて別の建物が作られることとなったらしい。そんな噂を聞き、公園に足を運んでみれば懐かしい記憶が蘇ってくる。


一通り昔のことを思い出し、胸の中に残っていたのは一つの考えのみ。


『また会って昔のように話がしたい』


それだけだった。



中学校は小学校や幼稚園に比べて広い地域から人が集まっていたこと。

昔は使えなかったSNSをはじめとする情報網が存在すること。

たとえ、また会えなかったとしても今と生活が変わるわけではないこと。


こんな単純な理由から、また挑戦だけしてみるのもいいじゃないか。そんなことを思い行動に移した。

まずは身近な相手に話を聞き、そこから少しずつ情報収集の網を広げていく。

その地道な聞き込みの成果が目に見える形で出たのは中学校を卒業する直前になってからだった。


どうやら、会えなくなったのは急な引っ越しのせいだということ。一部の近所の人に伝えることしかできなかったくらいには突発的なものだったらしい。

具体的な場所まではわからないものの、おおよそどの辺りに引っ越したのかということまでは聞くことができた。


卒業というタイミングで急にいなくなった理由まで知ることができた。これを一つの区切りとして探すのをやめるかという考えが頭を何度もよぎった。

高校に進学すれば更に忙しくなることは目に見えていた。そんな状況でも続けるのかと悩みもした。


それでも、『もう一度会ってみたい』。

この考えが一番強かった。


区切りのいいところで悩んだせいもあるのだろうか、それ以降は迷うことがあっても芯だけはぶらすことなく続けることができた。




「それで?そこまでして会いに来たってこと?私たち、もうすぐ大学卒業だよ?」

「おう。卒業までに実現してよかったよほんと」

「そういう意味じゃなくて……」


高校から更に時は流れ。

もうすぐ新社会人として働く、という直前になってようやく再会を果たすことができた。


「なんで!10年近くも使って昔遊んだだけの相手を探して会いに来たのかった言ってるの!」

「その昔遊んだのが楽しかったからだっていってるじゃないか」


目の前で語気を強める彼女──そう、女性だ。昔は髪も短かった上に体格差もなかったから教えられるまでは異性だなんてことまったく気がついていなかった。

友人を探すだけなのにやけにからかわれるな、と思っていたもののそのことを教えられて納得した。

周りから見れば昔遊んだ女の子を探す男の子、という構図だ。色恋沙汰に多感な年齢にそんな話題ともなれば盛り上がるのも当然だった。


「ほんとにもう……そういうのすぐ言うところ、昔遊んだときと変わらないんだから」

「それは誉めてるのか?」

「さーてね。そこは自分で考えて」

「なんにしても、だ。やっと言える」

「何をよ」

「また一緒に、二人で遊ばないか?」


その言葉を聞いた彼女は驚いたような、それに困ったような表情を見せる。


「あはは。今どきのナンパでももうちょっと捻ったとこ言うよ?…………でもさ、なんでだろ」


そこまで言うと少しだけうつむき、肩を震わせる。


「ほんとなんで……なのかなぁ。それだけのナンパみたいなことばなのに…………すっごく嬉しいんだよね。最初はここまでされたことびっくりしたんだからね?下手したらストーカーだよ?」

「そんなことは……いや、否定しきれないな」

「……そうそう。だからそんなストーカーくんは私が許さないと困るよね?」

「そう、だな……」


彼女はうつむいていた顔を上げると、涙に濡れたままの瞳を向けてくる。


「だから、私が許すって言うまで遊ぶのに付きう会うこと。わかった?」

「わかっ……え、いいのか?」

「いいの!!納得したら文句言わない!それと、今からどこ遊びに行くかすぐに考えること!!」


こうして始まった許してもらう条件は結局、生涯終わりを迎えることはなく。

それがどういう意味か?それは……そういうことだよ。

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