2人目 『言葉にするのは怖くて』
日本には古来から『言霊』という考えが存在する。
言葉には力が宿る、口にしたことは必ず実現する。そういった考え方だ。
それだけで願いが叶うのであれば誰だってそうする。そんな反論をされてしまうかもしれない。
それはたしかにそうだ。その理論が通るなら世の中は億万長者に溢れているし、世界も平和に……いや、それは恐らくありえない。
「人の願いは必ずしも良いことだけではない。その真逆も存在する……たとえそれがどんなきっかけから生まれたものであるとしても」
その簡単で身近な例を一つ挙げるとするなら好意、だろう。
例えば誰か好きな相手がいる仮定とする。
その相手に自分よりも親密な関係を築いている誰かがいるならばその立ち位置を変わりたい、あるいはその相手がいなくなってしまえばいい。そんな願いが生まれることは十分に考えられる。
「こんな哲学的なことを考えていてもどうしようもない……いえ、こんな状況だから考えてしまう。が正しいのでしょう」
だからといって言霊というものが存在しない、あるいは人の願いに全く影響を与えないか、と言われればその答えは違うといえるだろう。
言葉が精神に与える影響と言うものは少なからず存在する。誰かに悪口を言われれば精神は落ち込み、大勢の前で話したりするときに緊張する、といえば余計に緊張する。
言葉によって明確に意識する、ということの影響は大きい。その精神への影響が行動にも現れるとするならば言葉は人の願いに影響を与える、つまりは言霊というものが存在すると捉えることもできる。
「言葉にする、ということはほんとに怖いですね。それを実行してしまえば認めてしまうことになる…………私のこの、気持ちも」
最初は変わった人だと思っていた。
まさか、好きな娘とどうして接していいかわからないから参考になる本はないかと図書委員の自分に話しかけてくるなんて。その行動自体がまるで小説みたいだと思いはしたものの、本人には伝えなかった。
それから何度も何度も、彼とはそのことについて話をした。
話をする内に集まった情報を整理していくと、彼が仲良くなりたいと思っている相手はクラスメイトの中でも比較的よく話す間柄の人物だった。
そのおかげか、特に不思議がられることもなく日常会話の流れで探りを入れたりもできた。
そんなことを何度も繰り返すうちに彼とその想い人、その両方について詳しくなっていった。
詳しくなればなるほど、思いを伝えればうまくいくだろうという予感は強まっていった。…………それと同時に胸の奥にくすぶりはじめた何かからは目を逸らしながらも。
彼との密談は気が付けば数か月も経過していた。
一人の異性を相手に長期間接し続けたのはこれまでで初めてだったのだが、最初のイメージの影響もあったのだろうかそのことに気が付くのはそんな関係に区切りがついたつい昨日のことだった。
そう、昨日彼は想い人に自分の思っていることを伝えることを決心した。
そのときにまっすぐな笑顔で告げられた礼は忘れることはできないだろう。
「……あのときうまく笑えていなかったかもしれなかったのは気が付かれていないといいですが」
こうして彼と密談をしていた場所に一人でその成果がどうなっているかを考えているのはなんと皮肉なことだろうか。
いや、皮肉などということはないのだ。それはまだ、言葉にして認めていないのだから。
「うまくいけばきっとあの笑顔で報告してくるでしょう。言葉にするのはそれを聞いてからでいいんです」
そうしなければ、笑ってその報告を聞けるのかどうかもわからないのだから。
さあ、運命の足音が聞こえてきた。
喉から出そうな言葉を飲み込んで迎えるとしよう。
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