どこかの誰かの物語

蒼雪 玲楓

1人目 『言わなきゃだめ?』

 夕日の差し込む放課後の教室。

 開けっぱなしの窓からは秋も深まり少し寒くなった風が吹き込み、運動部の練習の掛け声も聞こえてくる。

 つい数日前までは皆文化祭一色だったというのに、そんなのもどこへやら。すっかりいつもの風景が戻ってきている。


 違う。厳密に言えばいつもの風景がもどってきているのは周囲の環境だけ。

 今の私を取り巻く状態は非日常のまま。

 文化祭の準備期間から何度か同じような状況になったけど、いまだに慣れない。


 あらためて意識した緊張感からか、外から聞こえる音は小さく小さく、聞こえなくなっていく。

 吹き込む風はすっかり火照ってしまった体を冷ましてくれる。

 それでも、目の前にいる相手からは真っ赤になっているであろう私の顔は見られてしまっているだろう。


 今まではここまで緊張したりもしなかったのに……違いがあるとすれば今私の目の前にいる人物が誰か、それしかない。


 家族以外ではおそらく一番長く時間を一緒に過ごしてきた相手だ。家族ぐるみの付き合いもずっとしていることを考えれば家族と言ってしまってもさしつかえないかもしれない。


 二人きりでいることだってよくあったし、どこかに遊びに行くことだって何回もある。

 そのせいでからかわれることもよくあったけど、そんなものは軽く流せた。


 だから、もしこんな状況になったとしてもいつも通りでいられる…………そう思ってたのになぁ。


 実際は全くそんなことはなかった。

 心臓はバクバク鳴り続け、真っ直ぐ顔を見続けることもできない。

 こんなことを何度も考え、あまつさえ昔の思い出をいくつも振り返れてしまった私の体感時間とは裏腹に実際に経過した時間はたったの数分だった。


 長いようで短い、まるで私たちとそれ以外とで時間の流れる早さが違うかにも思えた時間。

 早く終ってほしいけれど、その終わりを待つのも楽しい、嬉しい、そんな不思議な時間。


 そんな時間を包む静寂を破ったのはたった一つの小さな息遣い。呼吸ならば私も君もこれまでずっとしていたというのに。

 少しだけ深く息を吸って吐き出す。たったそれだけの動作が生み出す音がやけに耳に残る。


 そして、そこからは一瞬だった。

 私の心は少しの思考の暇すらも与えてもらえない。



「────────」



 君の告げた言葉はとても短く単純で。


 だからこそ、とでも言うべきか。

 その言葉はいとも簡単に深く私の心に突き刺さる。


 それは私がずっと、ずっと、ずっと。

 それこそいつから待っていたのかなんて今となってはわからないくらいに心の奥底で待ち続けていた言葉で──憧れていた関係への第一歩で。


 こんなに待たされたんだから、返事はちょっとくらい意地悪してもいいよね?

 そう勝手に結論づけ、あらためてまっすぐ向き直る。


 泣きそうなのをこらえて、それがバレないようにとびっきりの笑顔を作る。


「返事言わなきゃだめ、かな?」


 きっとわかってくれるって信じてるよ。

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