016. 救出作戦

ヒースはピトの言葉を聞いて居ても立っても居られなくなった。


「ティーシャが……連れ去られた?」


ヒースは驚きのあまり言葉が口から溢れる。


連れ去られたって、誰に、どこへ?いや、今はそんなことどうでも良い。ティーシャの身が心配だ。もしかすると、何か危害を加えられているかもしれない。一刻も早く助けに行かなければ。


「は……早く助けに行かないと……!!」


ヒースは気が動転してしまってうまく呂律が回らなくなっている。足をドアへと向け、外へ行こうとする。


ヒースの腕をライアンは握りしめる。


「おい!ヒース、どこへいく?」


ヒースは振り向かずに進んで行こうとする。


「どこって……?ティーシャのところへ行くに決まってるだろ!!連れ去られたんだ!早く助けに行かないと!」


ヒースは大声で言った。ライアンの、ヒースの腕を握る力が強くなる。


「落ち着け、ヒース!」


ヒースはライアンの手を思いっきり振り払おうとする。しかし、ライアンは腕を離さない。


「落ち着いていられるか!今こうしている間にも、ティーシャの身に何かあったらどうする?俺は早くティーシャを助けに行きたい!」


ライアンはヒースの腕を引っ張り、振り返らせた。そして、ヒースの頬を平手で叩いた。


パシリという音がした後、肌がピリピリと痛かった。ヒースの頬は赤くなっている。


ライアンは一回だけ深呼吸して言った。


「……落ち着け、ヒース。お前はティーシャが連れ去られた場所も、犯人も、分からないだろ?なのに、どこかに行くってどうする気だ?それに、俺たちは何も準備できていない。早まるな。今突然助けに行ったって、無意味だ。すぐにやられるぞ」


ヒースはライアンの一発で正気に戻った。さっきまでは気が動転していたせいで冷静な判断ができなくなっていた。


「ご、ごめん……」


ヒースは俯きながら謝った。冷静さを取り戻したヒースを見たライアンは話を始めた。


「ヒース、ロバート。俺たちもさっきピトから聞いた話でな、あまり情報を共有できていないんだ」


「ティーシャが連れ去られたなんて、驚いたわ〜」


レナーは手を頬に当てている。ライアンはピトの方を見る。


「ピト、状況を詳しく聞かせてくれ。何があった?」


ピトは土で汚れ、傷まみれの手をもじもじさせながら話した。


「私と、ティーシャが森の中を歩いてたら、し、知らない男の人たちの集団に襲われて、ティーシャが連れ去られたの。ティーシャが後ろからハンカチで口を押さえられた途端に気絶して、は、運ばれちゃった。わ、私はすぐに男の人たちと戦ったんだけど、逃げられちゃった」


「男たちの特徴は?」


ロバートはピトに尋ねた。


「た、確か全身真っ黒な服を着てた。服は薄くて、動きやすそうな感じの」


ロバートは考え込んだ。何か閃いたのか、顔を上げると、ライアンとレナーと目を合わせ頷いた。ヒースは何も考えが浮かばないので、きょとんとしている。


「おそらくその服はギャンベゾンだな」


「ギャンベゾン?」


ライアンが言った服を知らないヒースは尋ねた。


「あぁ。鎧の下に着るジャケットのことだ」


「鎧……」


ヒースもようやく閃いた。ティーシャを攫った犯人が分かったのだ。


「少年兵団か」


ヒースが呟くと全員が頷いた。ティーシャを攫ったのは少年兵団で、おそらくそのメンバーだろう。


「少年兵団か……。犯人が分かれば話が早い。早速ティーシャを取り戻しに行こう」


ライアンが拳を握っていた。


「どこへ向かうの?」


ヒースの疑問にレナーが答える。


「ここから一時間ほど走ったところに少年兵団の支部基地があるのよ〜。多分、ティーシャはそこにいるわね〜」


ライアンは両手の拳をぶつけるとニヤリと笑った。


「いつかはやらなければいけなかった相手だ。少し時期が早まっただけだな。どうせドルファ研究所襲撃前に俺らを潰す計画だろう。ドルファ研究所は神が管轄する施設。連合会が俺らを潰すように少年兵団に依頼したんだろう。あいつら、調子に乗りやがって……。それに、もともとティーシャは追われている身だったからな」


ヒースは拳を前に突き出した。


「お前ら!全力で潰しに行くぞ!さぁ、準備だ!!」


「「おう!」」


一斉に全員が拳をライアンの方へ向けた。全員の拳がかち合う。


ライアンの一声でみんなの士気が高まった。全員がニヤリと笑っている。ピトはまだ少し顔が強張っているが、背を伸ばしてなんとか拳をみんなと合わせた。


「ワクワクしてきた〜」


レナーが舌を少し出して言った。


ヒースも興奮していた。これから少年兵団支部と戦うんだ。


そして、これがRBというチームなんだと感じた。全員が自信に満ちていて、かっこいい。ヒースはこんなチームにいられることを誇りに思った。


全員が個室に戻って戦闘服に着替える。ヒースはクローゼットの前で突っ立っていた。手の平にある物をじっと見つめている。


手のひらにあるのは、ティーシャとお揃いの槍だった。今は小さな円柱になっている。真ん中にある小さなボタンを押しながら全体を強く握ると、一気に円柱が伸びて、槍が形成される。


ティーシャからもらった時のことを思い出していた。


練習もたくさんした。実戦形式で何度もやった。一度もティーシャに勝てることは無かったけど、少年兵団の奴らに食らいついてやる!


こう考えると、ティーシャからはたくさんの物をもらった。ティーシャの笑顔も、強さも、仲間も……。ようやく、恩を返す時が来た。仲間を救う時が来た。


ヒースは槍を上着のポケットに入れた。そして、拳を力強く握って前を向いた。


「よし」


ヒースは個室の電気を消して、ドアを閉めた。




外に出ると、みんな揃っていた。長身で筋肉が盛り上がっているライアン。大きな弓を背中に背負いながら天女のような服装のレナー。大きなリュックを背負うロバートと、調理器具を大量に背負い、お玉を両手に持ったピトがいた。その調理器具、どうやって使うの?


それはそうと、全員が戦闘服に着替えていた。ヒースの心はさらに引き締まった。これから、少年兵団支部との決戦だ。


「なんだ?ヒース。遅かったじゃねぇか。ビビってんのか?」


「まさか」


ライアンの挑発に答えたヒースの顔はニヤリと笑っていた。その表情を見たライアンもニヤリと笑った。


「全員、楽にしていけよ!少年兵団支部なんて、準備運動だ。雑魚なんだから、一瞬で片付ける!そして、計画はそのまま、少年兵団支部との決戦の後、ドルファ研究所を急襲する!!」


「相変わらず、無茶するね。ドルファ研究所襲撃は明日。支部を潰した後で丸一日走るの?」


ロバートは苦笑いしながら言った。


「当たり前だ……。俺たちは止まらねぇよ」


誰もライアンの提案に反対する者はいなかった。無言だったが、表情でみんな答えていた。


ライアンは一つ大きな深呼吸をする。


「いくぞ───!!!!」


ライアンが先頭で走り出すと、全員がそれに付いていく。


夜中に、RBのメンバーたちは少年兵団支部へと駆け出した。



走り始めてからもうすぐ四十分が経過しようとしていた。


「ヒース〜。走るの速くなったわね〜」


ヒースの隣を走っていたレナーが言ってきた。相変わらず他のメンバーは軽々しく走っていて、ヒースは汗を流している。しかし、置いていかれることはなかった。


「そう?ティーシャとずっと走ってたからまだまだ平気だよ」


「このペースだと予定より早く着くわね〜。ヒースも頑張ってたんだね。えらいえらい〜」


「見えてきたぞ、警戒!」


ライアンの一言で全員が走るのを止めて、木の影に隠れた。


「ヒース、あれだ」


ライアンが首をクイッとさせていた。その方角をヒースは木の影から覗く。


ドルファ研究所ほどではないが、やはり大きい施設だ。三メートル程の壁が周りを囲んでいて、中央には宮殿が聳え立っていた。灰色で、あまり王宮のような華やかさは無い。宮殿の窓からはまだ明かりが見えている。監視の目が光っているのだろう。RBと同様な反逆者達が捕まり、拷問を受けているのだ。


「ヒースがここへ来るのは初めてだろう。これが少年兵団支部だ。これはまだ小さい方だ」


ライアンは遠くから小さな声で説明してくれた。これでまだ小さい方なんだと思った。


「ライアン、敵地の把握はいいの?」


ドルファ研究所の時と同様、まずはヒースの内部把握が必要なのではないかと考えた。しかし、ライアンは笑っていた。


「何言ってるんだ?ヒース。今から俺たちはここをぶっ壊すんだぜ?内部構造の把握なんかいらない。今回の目標は、ここをめちゃくちゃにすることだ!」


ライアンはニヤリと笑っていた。


「そうだね」


ヒースはそう言ってまた木の影に隠れた。そして、全員で同時に木の影から姿を出した。歩みを進めるたびに、下から月光が全員を照らしていく。


森を抜けると、全員の姿が月光に照らされた。全員が横一列に並んでいる。支部を囲む壁の前に立っていた。


門を警備していた者がRBの姿に気づいた。門番は二人、銃を構えている。


「お前ら!何者だ?そこから動いたら即刻攻撃するぞ!!」


横一列に並ぶRBのメンバー達。最初の一歩を踏み出したのはレナーだった。


「レナー一人で大丈夫なの?」


ヒースはコソッと隣にいるロバートに呟いた。


「まぁ見てろよ、ヒース。レナーはRBの切り込み隊長なんだぜ?」


ロバートはニヤリと笑っていた。ヒースはそう言われたのでレナーの方を見る。


門番は問答無用で銃弾を撃ち込んできた。


それをレナーは弓で弾き返す。弾丸は軌道を変えて、どこかへ飛んでいってしまった。最高硬度の鋼で作られた弓は弾丸を吹き飛ばすのだ。


驚いた門番は銃を再び構え直した。


そして、レナーも矢を取り出して、弓を引く。ギシギシと鈍い音があたりに響き渡る。


「開戦の狼煙が上がるぞ」


ライアンがそう呟くと、レナーが一矢放った。


瞬時に飛んでいく矢からは赤い炎が上がった。赤い炎にレナーの横顔が照らされた。矢は門番の方に向かって飛んでいき、壁に当たると爆発した。


爆風が辺りを襲い、全員の服が靡いている。それでも、みんなどっしりと立ち続けている。メラメラと燃える赤い炎に全員の顔が輝きながら照らされている。


門番達は跡形もなく消えた。レナーからは湯気と光灰が上がっている。



そして、レナーは飛び立った。一瞬で空中に移動し、弓を引いている。今度は三矢連続で放った。全てが壁の内部に向かっていき、爆発した。辺りには煙が立ち込めて、モクモクと上へと上っている。


「はぁ〜。楽しい〜。気兼ねなく矢を放つって最高ね〜!」


そう言ってレナーは空中で両手を広げて反り返る。その姿はまるで空を舞う天使のようだ。レナーは夜空に向かって笑い、頬を赤らめる。


「はぁ〜……胸が踊るわ〜」


レナーの攻撃へ続くように、全員が少年兵団支部へと駆け出した。

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