013. あったかいもの

「俺に戦い方を教えてくれ!」


「無理だ」


ライアンはヒースの頼みを瞬時に断った。ライアンの部屋には「無理だ」と言う言葉がはっきりと響き渡っていた。


ヒースは今、何をしているのかと言うと、もっと強くなるためにライアンに戦い方を教えて欲しいと頼んでいるのだ。このチームのリーダーであるライアンが一番強い。だったら、とりあえず護身術や体の使い方くらいは一番強い人から教わりたい。しかし、ヒースが提供したドルファ研究所の設計図を見ているライアンはどうやら忙しいらしく、ヒースの頼みを断った。


「なんでだよ?」


不満そうなヒースを無視してライアンは設計図を再び見始めた。


「俺は忙しい。ヒースが書いてくれたドルファ研究所の設計図を基に作戦も立てないといけないし、やることが多いんだ。訓練なら、ティーシャに頼め」


研究所には襲撃準備ということで行ったのだが、壁を壊したり、見回りと戦ったりと、とても事を大きくしてしまった。それにより、警戒が強まっている可能性があるのだ。というか高まっているに違いない。と言うこともあり、襲撃の決行日は一週間後と早まった。その準備のために、ライアンは猛スピードで作戦を練っているのである。


「ティーシャはまだ動けないんだよ。だからライアンに頼んでるんだ」


ライアンは困ったようで、頭をかいた。


「……それじゃあ、レナーに頼めばいい」


そう言われたヒースは、今度は外にいるレナーのところに行った。


「え?私に教えて欲しいの〜?」


「うん。ライアンに断られちゃって。それに、ティーシャはまだ体が動かせないから」


レナーは困っていた。レナーは矢を野原に向けて放って矢の命中率を上げる訓練の途中だった。


「私はいいんだけど、私が教えてあげられるのは矢を射ることくらいで……」


ヒースは弓を使った戦術はできない。掌握を利用した攻撃ができないからだ。だとしたら……!


「じゃあ、俺がその矢を受けるよ。強い人ってさ、矢を弾いたり、切り落としたりするじゃん!それならとてもいい練習になるかも!」


ヒースの提案に、レナーは感激した。


「うわ〜!ヒース!それは名案ね〜!じゃあ私が一矢放ってあげる!」


ヒースは走ってレナーと距離をとった。よし、やってやる。


まずは集中。掌握は集中しないと全くできない。脳で体の中をイメージするんだ。


ヒースは自分にできることが分かっていた。それは単純に筋肉強化と、俊敏性の強化だ。両方とも、筋肉を強くしたり、血流を早くするのがいいらしい。


体が強化されれば、普通の敵になら立ち向かっていける。実際、ドルファ研究所の見回りを一発殴っただけで気絶させることは出来ていた。


「さぁ!来い!」


相手の攻撃を掌握で強化した力で中和する。それができれば、かなり実戦で応用できる。


レナーが狙いを定めて、弓を引いた。力を込めて弓がギシギシと音を立てていた。


その時、レナーの体から薄紫の塵みたいなものと、メラメラと炎のように湯気が出始めた。


「「爆弾矢ボンバーアロー!!」」


レナーは一矢を放った。ヒースはそれを受け止めようとする。


しかし、ここでヒースは冷静になる。飛んで来ているのは矢であるはずなのに、戦車の砲弾よりも大きく、赤い炎を纏った矢が飛んで来た。


よくよく考えると、あの矢は戦車を吹っ飛ばしていたものだ。そんなもの、受け止めたり、弾いたりできるわけがない。


一瞬で判断したヒースは逃げることを選択。こんなもの、受け止めようとしたら確実に死ぬ。


ヒースは逃げた。すると、ヒースのすぐそばに矢が飛んで来て、大きな爆発がした。幸い、直撃がしなかったが、一瞬の間の後、背中から爆風が押し寄せてきた。


その爆風にヒースは飛ばさせる。地面に着地すると、十メートルほど転がった。


全身に痛みが走る。……頼む人を間違えた。


「ひ、ヒ〜ス〜!!大丈夫〜!!」


こんな大らかな話し口調で目を瞑った女の人があの矢を放っていると考えたら恐ろしい。


「う、うん……」


レナーが矢を放ったところでは火事が起きていた。植物が燃え、黒い炎を上げている。


「それよりも、レナー。火事が起こってるよ?」


レナーは草原を見ていたが、当たり前のような、日常の表情をして言った。


「あ?火事?これすぐ消えるから大丈夫だよ。ここの植物たちは私の攻撃に慣れてるし」


一瞬言っていることの意味が分からなかったが、すぐ気づいた。ヒースはおかしいと思っていたんだ。こんな山奥なのに草原が広がっていたことに。そうか、これはレナーが爆弾矢を飛ばす練習をしてて起きたものだったんだ。もっと早く気づいていれば、頼む人を間違えなかったのに……。


「う、すごい環境破壊してるんだね」


「う、うるさい〜!」


ヒースがボロボロになって倒れているところを目撃したピトは何が起こったのかを状況を見て大体察して、


「あ、……あっちゃっちゃ」


とヒースのそばに立っておでこを押さえながら言った。



目覚めると、木の天井があった。板目の感覚。木の質感と種類。


いつもヒースが眠っている部屋の、ベッドの上だ。


「だ、大丈夫?」


視界に入り込んで来たのは、覗き込んでヒースの状態を見たピトだった。ヒースはピトに気づくと起き上がった。


「……あぁ。なんとか大丈夫だ。だけど、まだ少し頭が痛いかも」


「ヒース、だ、ダメだよ。レナーに戦い方を頼んじゃ。矢を受け止めるなんて提案もダメ!……れ、レナーはなんでも肯定主義だから、と……止めてくれないよ?も、もうすぐで死ぬところだったんだからね?めっちゃふ、吹っ飛ばされてたし!!」


詰まりながらも必死になって話してくれているピトはとても可愛かった。それと同時に、とても心配をかけてしまったんだとヒースは反省した。


「……ごめん。心配させて」


「……別に、謝ることはないけど……」


ピトは怒ってしまった事を少し反省しているようだ。ヒースにとって、さっきのは怒ったことにも入らないから、気にしていないのだが。


「俺、ちょっと焦ってた」


「焦る?……何を?」


ピトは首を傾げた。ヒースは俯いて拳を握った。


「俺、まだまだ弱い。弱すぎる。走るのも遅いし、戦力はゼロ。殴る蹴るしかできなくて、倒せるのはドルファ研究所の見回りくらい。このままじゃ、みんなに置いていかれるどころか、迷惑をかけてしまう……」


ヒースは唇を噛んだ。


「つくづくそれを痛感させられたよ。アジトから研究所へ行く時も、帰る時も俺が一番足が遅くて、持久力も無かった。最年少のピトがあれだけ軽々と走れていたのに……。俺は情けない」


すると、ピトは真っ直ぐまん丸なキラキラした目をヒースに向けて、言った。


「そ、そんなことない!ヒースはよく頑張ってるよ」


「え?」


ピトは一呼吸置いて、話し始めた。


「私だって、さ……最初は全然走れていなかった。みんなに比べてとても遅かったから、よくレナーの背中に乗って運んでもらってた」


ヒースは必死に話しているピトを黙って見つめる。


「そ、それに、家事だって全く分からなかったよ。よく卵の殻は入ってたし、お肉は焦がしたし、キキ、キッチン燃やした時はティーシャにと……とっても怒られた」


「最後のエピソードはヤバイな」


ヒースはボソリと呟いた。それを見てピトは微笑んだ。


「……そ、それでも、今はちゃんとできてると思ってる。家事も、みんなについていくことも。け、結局、慣れだと思うよ」


ヒースはピトの目を見た。


「だからさ、そんなに思い詰めないで。最初から何もかもできる人は……本当に才能に恵まれた一握りの人だけだよ。

大丈夫……。す、少なくとも、ヒースは私とは違う。ヒースは、赤目を持ったす、すごい人!もっと自信を持って生きないと、『自分』がもったいないよ」


話し方は幼くて、あどけないけど、言っていることはとても大人びている。反逆者の中身はこれくらいしっかりしていないといけないんだと思った。


ヒースは心に手を当てた。なぜかピトと話していると心が軽くなった気がする。


「ありがとう!ピト。なんか、心が軽くなった」


にっこりと笑うヒースを見てピトは安心した。ピトはベッドのそばの棚に置いていたご飯をヒースに渡した。オボンの上にはパンと鶏肉のトマト風スープ。緑色で水々しいサラダと牛乳が置かれていた。


「うわー!うまそー!」


ヒースは目を光り輝かせた。目覚めた時、お腹が減りすぎて死にそうだったのだ。


この食事、とても考えられていてヒースは驚いた。鶏肉は脂肪分が少ない上に、筋肉になるタンパク質を多く含んでいる。牛乳はカルシウムで骨を強くしたり、ヒースの原動力である脳の判断を冷静にさせる効果がある。


ピトはとても考え込んだ料理を毎回作ってくれる。家事を手伝うのも、ヒースからのピトに対する感謝の意思表示の一つだ。


「いただきます」


「どうぞ」


ヒースはスプーンを持って、スープを飲んだ。


「……はぁ。あったかい」


安心のため息を一つして、スープを堪能した。あったかいスープはヒースの心と体に染み渡り、体があったかくなって活力が湧いてきた。味付けも完璧で、鼻から抜ける仄かなスープの風味がたまらなかった。最高に美味しい。


嬉しそうに食べるヒースの顔を見てピトは微笑んでいた。


「ピト、とっても美味しいよ」


ヒースの何気ない一言が、ピトにとってとても励みになった。ピトはヒースの言葉を聞くと、とても嬉しかった。心がポカポカとあったかくなっていくのをピトは実感していた。ピトはそれが何よりも嬉しかった。


「そう言ってもらえて嬉しい」


ピトは笑った。二人とも、あったかいものがポカポカと心の温度を高めていた。


満腹になったヒースはお腹をさすっていた。なんて幸せなんだろう。食べたものは今度は自分にとっての力となり、体となる。人は食べたもので、できていると言うくらいだから改めて食事の大切さと、作ってくれる人への感謝の気持ちが強くなった。


「ピト、ごちそうさま」


「うん。美味しそうに……食べてくれてたね」


ピトはオボンを持って立ち上がった。


「あぁ。実際、めっちゃ美味しいからな!」


「美味くてあったかいもの食べたら、焦りとか、考え事とか……い、いろいろ軽くなったでしょ?」


ヒースは胸に手を当てた。本当に軽くなっている。そして、あったかい。


「……うん。なんか、あったかくなれたよ」


ヒースは微笑んだ。


「ヒースが大変そうな時は、わ、私がまたあったかくて美味しい料理をいつでも作ってあげる!食べることは、決してお腹を満たすことだけじゃないと、お……思うから」


ヒースの顔を見て、ピトも優しく微笑んだ。


「本当に、ありがとう」


「うん」


ピトはヒースに背を向けて、部屋を出て行った。ヒースはまたベッドに横になった。

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