012. 祈りを込めて
ヒースは疲れで気絶していた。目が覚めると、ヒースはライアンの肩の上に乗せられていた。
地面がもう暗い。いつのまにか夜になっていたのだ。草や虫が通り過ぎて行く早さを見るに、どうやらライアンたちは走っているようだ。
目覚めたヒースにライアンは気づいた。
「ヒース。目が覚めたか。体の疲労はもう治ったか?」
「……うん。無意識の掌握で、なんとか治ったみたい。ただ、まだ頭が少しボォーッとする」
「そうか、もうすぐアジトに着く。それまではゆっくりしていろ」
「ヒース〜。大丈夫??心配したんだよ〜」
ライアンの横で走っていたレナーは言った。走っている時まで目を瞑っている。ヒースのことは本当に見えているのだろうか。
「ヒース、体調はどうだ?さっき、一応できる処置はしておいた。無理をしたのか、特に上半身の筋肉状態が酷かった。でも、もう大丈夫そうだな」
ライアンの後ろで走っていたロバートは言った。ヒースも自分の感覚的に、もう治っているのは分かった。掌握の力をより自分で制御できるようになっているのを実感した。その証拠に、怪我や筋肉痛の治りが格段に早くなっている。
「ヒース……お、お疲れ!」
ピトはロバートの横で走っていた。心配そうな眼差しで見つめるピトにヒースは笑いかけた。
「ありがとう」
ヒースは辺りを見渡した。
「そうだ!ティーシャは?」
ヒースは探しながら言った。もちろん、ティーシャはふくらはぎを撃たれたので走っていない。だけど、どこにもいない。
「ティーシャはヒースの反対の肩に乗っている。止血もして、包帯も何回か替えているが、まだ出血が止まらない。だが、神経はやられていなかった。大丈夫だ」
ライアンは走りながら言った。ヒースはライアンの反対側の肩を見た。確かにティーシャの姿がそこにはあった。
ティーシャは目が覚めていた。もしかすると、気絶すらしていないのかもしれないが。
ティーシャの顔には汗が大量に吹き出ていた。撃たれたふくらはぎを見ると、包帯がグルグルに巻かれ、その上から真っ赤な血が滲み出ている。あまりにも酷い怪我だ。
「とりあえず、早くアジトに戻らないといけない。目的は達成したが、早く走らないと、ティーシャの命が危ない」
ライアンは走る速度を上げた。みんなもそれに合わせて早く走り出した。
何が互いを利用しているチームだ。ちゃんとみんな、一人のためにここまで頑張れているじゃないか!
「……ライアン、俺も走る」
ヒースは異常に走りたい気分になった。なんかむしゃくしゃしていた。
「平気か?」
「うん、下ろしてくれ。そして、もっと早くアジトへ行こう。ティーシャが危険なら、早く戻った方がいい」
「よし」
ヒースはライアンの肩から下りて走り出した。ライアンはティーシャを背負って両手で支えた。その後、全員の走る速度が上がった。
月の光が、静かに六人の影を作っていた。
※
アジトの玄関に到着した。ライアンはティーシャを下ろして、ロバートに託す。ロバートはティーシャに肩を貸した。ティーシャは足を引きづりながら部屋の中へと入って行く。
「ふぅ。とりあえず、これで一件落着だな」
ライアンはおでこの汗を手で拭った。
「……それにしても、大丈夫か?ヒース」
ライアンは後ろを振り返って言った。ヒースは膝に手をついて、思いっきり呼吸を繰り返していた。その様子を、ピトとレナーは黙って見ていた。
下りて走る。それでもっと走るスピードを早くしよう。と言い出した本人が一番疲れていた。やばい。しんどすぎる……。
「ひ、ヒースも……部屋に行って休もう?」
ピトはヒースの背中をさすっていた。
しかし、ヒースは部屋に戻ろうとはしなかった。ピトの手を握ると、そっとピトの手を突き返した。
ヒースはライアンに向かって歩いて行く。重い足取り。大量の汗。それを振り切ってライアンの前に立った。
こうして見ると、ヒースとライアンの身長には三倍ほど違いがあった。筋肉のつき方も、体の大きさも全く違っていた。
それでも、ヒースは一歩も引かず、ライアンを睨みつける。
息を少しずつ整えて、ヒースは口を開けた。
「脱出経路は確認した。もう頭の中で完全に記憶できている。研究所の内部構造、それと、目標の部屋と、そこまでの経路も完璧に把握して脳に記憶した。書く場所と物さえあれば、研究所の設計図も大体は書くことができる。
たくさん走った。壁だって登れる。仲間だって守れる。
俺はやれる。働ける。役に立てる。仲間も守る。決して迷惑はかけない。
……だから、俺をこのチームの一員として、認めてくれ!ライアン!」
顔も体も煤まみれでボロボロ。走ってきた汗と、筋肉の疲労でかなり疲弊している。それでも、ドッシリと立ち、胸を張ってヒースはライアンに言い放った。
滴る汗と、ライアンを真っ直ぐ見る目は月に照らされてキラキラと輝いていた。
ライアンはヒースを数秒間見つめた後、口を開いた。
「ヒース。俺たちがどういう存在なのか、本当に分かってるのか?俺たちは神に反逆する者たちだ。追ってくる奴らも、とても強いし、いつ殺されるかも分からない」
「……覚悟はできてる」
ヒースは拳を握りしめた。
「ヒース。覚悟って言うのは、死ぬことを怖がるなという意味ではない。どんなことがあっても生き延びろということだ。それは、死ぬことよりも難しいんだ。
生き抜く覚悟をしっかり持て」
「……分かった!」
ライアンは大きく深呼吸をした。
「お前をRBの一員として認める。ヒースは俺たちの仲間だ。これからも、共に戦い続けよう」
ライアンは右手を差し出した。やっと、やっと仲間になれた。
「ああ!よろしく頼む!!」
ヒースは微笑んでライアンと固い握手を交わした。
「俺たちはこれからどんどん上っていくぞ!もう俺たちは止まらない!」
「俺も、ライアンたちに置いていかれないように駆け抜けるよ」
「RBへようこそ」
二人の間で固い握手が交わされた。それを見ていたピトとレナーは大喜びした。
レナーはヒースを思いっきり抱きしめた。
「よかったね〜!やったね!やったね!ヒース〜!仲間になれたね!ようこそRBへ!」
レナーはヒースを力一杯抱きしめた。ヒースはレナーの強すぎる力と、豊満な体に押しつぶされて、息ができなくなっていた。
「うぐ、うぐうぐ……」
苦しむヒースには目もくれず、ピトも嬉しさのあまり、ヒースに駆け寄って背伸びをしながらヒースの胸辺りを抱きしめた。
「や、やったね!!よ……よかったね!」
ピトも思いっきりヒースを抱きしめた。二人とも、嬉しさのあまり抱きしめる力が強くなっただけなのだが、ヒースにとってはとても苦しかった。
肺が、肋骨が圧迫されて息ができない。そのせいで、ヒースは気絶してその場に倒れ込んだ。
「「ヒース!!」」
ピトとレナーは倒れたヒースに向かって叫んだ。二人は自分たちのせいでヒースが気絶してしまったことに気づいていなかった。
「はぁ……」
幸先悪い姿にライアンは頭を抱えながら呆れるように言った。
※
「どうだ?気分は」
扉が開くと、姿を表したのはロバートだった。ロバートは皮を剥いたリンゴを運んで来た。それをベッドの近くにある棚に置いて、椅子に座った。
「大分良くなったと思う。本当にありがとう」
答えたのはベッドの上にいたティーシャだ。ティーシャの脚にはまだ包帯がグルグルに巻かれているが、もう出血は止まっている。
アジトに戻ってから、ロバートはティーシャの手術に明け暮れていた。なんとか傷口は塞がり、一命は取り留めた。あと少し遅ければ、もっと深刻な状態になっていたかもしれない。あの日から三日後にティーシャは目覚めた。それは昨日の話だ。
ちなみに、ヒースはというと、本当に肋骨が折れていた。なぜ肋骨が折れているのか全く分からなかったロバートはヒースとティーシャの面倒を同時に見ることになった。しかし、ヒースはすぐに目覚め、もうベッドから起き上がっている。「ピトがトドメを刺してきた」とブツブツ意味のわからないことを言っていた。
ティーシャはまだベッドから起き上がれる状態ではなかった。
「まぁ、大怪我にならずに済んでよかったよ」
ティーシャはロバートを睨む。
「これのどこを見てそう思うわけ?」
ティーシャの低くなった声と睨んでくる表情に、ロバートは顔が青くなる。
「いやいや、もちろん大怪我なんだけど、命に別状がなくて良かったってことだよ」
慌てふためくロバートの表情を見て、ティーシャは堪え切れなかった笑顔が溢れた。
「分かってるよ。そんな反応しないで」
ロバートは笑ったティーシャの顔を見て安心したように微笑んだ。
「元気になってよかった。最近のティーシャ。俺の気のせいかもしれないけど、暗かったから。ヒースが仲間になりたいって言い出した時からは特にそう見えた。……ティーシャは、ヒースが仲間になることに不満でもあるの?」
ティーシャは俯いて、遠くを見ているような目をして言った。
「……別に。なんとも思ってないよ」
数秒間、沈黙が広がる。
「……だったらいいんだけどさ、ティーシャがヒースを避けているの、鈍感な俺でも分かるぜ?きっと、ヒースはティーシャに避けられて、悲しいと思う」
「鈍感って、自分で言う?」
ティーシャは笑った。その後、自分を嘲笑いながら言う。
「裏切った私が、ヒースを避けているんなら、ヒースにとっては一番いいことなんじゃないの?」
「そんなことないさ」
ロバートはすぐに言い返す。
ロバートは棚の上に置かれた花を見ながら言った。
「これ、ヒースがその辺りの野原から摘んで来た花なんだ。ティーシャの無事を祈って、毎日毎日違う種類の花を取ってきてる。ティーシャがいつ目覚めるか心配してたんだ。
最初の日は黄色のマリーゴールド、その次の日はメランポジウム、次はユウゼンギク。そして今日はディモルフォセカだ」
ティーシャとロバートは棚に置かれたオレンジ色の花を見た。小さいのに、とても凛々しく、美しく咲いている。
「ヒースのやつ。ピトと一緒に家事手伝って、残りの時間で掌握が使えるように訓練して、隙間時間で花を摘みに行ってるんだよ。裏切られたかもしれないけど、嫌いな奴にそんなめんどくさいこと誰もしないよ。ヒースはただ、もう一度ティーシャに前みたいに接して欲しいんじゃないのかな?少なからず、俺は前のティーシャに戻って欲しいと思ってる」
ロバートはティーシャを見つめていた。ティーシャはまるで何も考えていないように見せかけるために、リンゴを一つ黙って食べた。ロバートは確認するように問う。
「……ヒースに同情してるの?」
「そんなんじゃない」
ティーシャはキッパリと否定する。
ティーシャは食べるスピードを早め、二つ目に手を伸ばした。
「……ヒースを見てると、色々思い出すんだよ。そんな自分に少し腹が立ってるだけ」
ロバートは少し考えて言った。
「……弟さんのこと?」
「……うん」
ティーシャはゆっくり頷いた。その姿を見て、腑に落ちたロバートは立ち上がった。
「まぁ、今日はゆっくり休んでよ。傷口が完全に塞がるまでは絶対安静だからね」
「分かってるー」
ティーシャはついに三個目に手を伸ばした。元気そうな様子を見たロバートは微笑んで、部屋を後にした。
ティーシャは窓から外を見た。心地よい風が窓が少し開いている隙間から入ってきて、カーテンを靡かせた。
日光が降り注ぎ、緑が揺れている。その景色を見ながらぼそりとつぶやいた。
「ディモルフォセカの花言葉は──『無事を祈る』か……」
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