011. Excited!!

ティーシャは脚を撃たれた。激痛で走ることができない。押さえてはいるが、出血が収まる気配はない。


敵襲のため、警報が作動した研究所の内部では、見回りが大量に出てきた。


「くそ!」


ヒースは地面に拳を打ちつけた。この状態は、はっきり言って最悪だ。


ティーシャは走って逃げることができない。かと言って、ティーシャを守るために見回りたちと戦うのは困難だ。人数が多すぎるし、武装しているため、ヒースも一発弾丸が撃ち込まれればお終いだ。


その時、地面が小刻みに揺れ始めた。今までに感じたことのない揺れがヒースを襲う。


地鳴りのような、まるで地面が意志を持って動き始めたような、そんな音が山に轟く。


「……何だあれ?」


ヒースは揺れのしている方を見た。大砲を積んだ巨大な物体が進んでくる。それも、なんと三つもその物体が並んで進んできた。


ヒースはそれを初めて見たが、それは戦車である。戦車が進む度に地面の揺れが激しくなっている。視界が上下に揺れるほどの大きな揺れがヒースとティーシャを襲う。


その後ろから武装した見回りたちが蟻の大群のように迫ってきたのが見えた。これはもう、戦って脱出するのは諦めるとヒースは判断。戦車と、あの大軍は相手にできない。


ヒースはライアンに渡されたボタンを押した。今日の計画はここで中断。ここから早く離れなければならない。


「きっとこの騒ぎだから、緊急事態が起こったことはみんな分かってるはずだけど、一応ボタンは押した。ライアンがきっと助けに来てくれる!早く逃げよう!」


ヒースはティーシャに話しかける。ティーシャがチャイナドレスの上から羽織っている上着からヒースは紐を取り出した。


前にティーシャがヒースを運ぶ時に使っていた紐だった。これを体に結びつけ、ヒースはティーシャを運ぼうとする。


「ヒース!私のことは置いて、早く逃げて!」


ティーシャは出血している箇所を押さえながら叫んだ。


「何言ってるんだティーシャ!置いては行かない!早く逃げよう!今から俺とティーシャをこの紐で結ぶ!」


作業をし始めようとした手をティーシャは力強く握った。


「馬鹿!言うこと聞いて!このままじゃ二人とも死んじゃう!あの戦車と見回りの数を見てまだ分からないの??私を置いて行った方が逃げられる確率は上がる!だから私を置いて行って!」


「……嫌だ!絶対そんなことはしない!」


ティーシャの握る力が一層強くなる。


「ヒース……もしかしたらあなたは何か勘違いしているようだけど、この世界では信じていいのは自分だけ。他人も、チームも、みんな他人を利用して、メリットがあるから一緒にいるだけ。私だってそう。反逆者はそうして生きてるの!仲間遊びじゃないんだよ!」


戦車が止まった。そして、弾を充填し始めた。たくさんの人間が戦車に巨大な弾丸を詰めていく。


ヒースは悔しかった。そんな言葉をティーシャから聞きたくはなかった。確かに、このチームも、反逆者も、お互いを利用し合うのが最大の自己防衛なのかもしれない。


それでも、ヒースはそんなふうに思いたくはなかった。だって初めてできた仲間たちだから。初めてこの世界で出会った人たちだから。それがRBの人たちだ。


ライアンも、レナーも、ロバートもピトもみんないい人に見える。ヒースの目は決して嘘をつかない。


初めて出会って、初めて仲間になった人たちをヒースは絶対に置いては行かない。それは、ティーシャも例外ではない。ティーシャも大切な仲間だと思っている。


「……だったら、俺は盛大に勘違いさせていただくよ。俺はRBのみんながただ利用し合うために集まった仲間だなんて一ミリも思ってない!!俺はみんな仲間だって思ってる。だから、仲間の俺はティーシャを助けたい」


「撃てー!!」


誰かの号令の声がした後、ドン!!と大きな音がして、弾丸が飛んできた。


ヒースは誰かを失う悲しみを知っている。もう誰も、今度こそ、絶対に失いたくない。だから、ヒースは力を振り絞れる。


ヒースを一番初めに助けてくれたティーシャ。最近はまるで人が変わったように見えるけど、やっぱり悪い人には見えなかった。


ヒースの目にはやはりティーシャは悪いようには映らないのだ。確かに、利用してやろうとか、売って一億と交換しようとしていたのは事実なのかもしれない。それでも、初めて会って助けてもらった時、まず見えたのは優しさの感情と、守ってあげたいと言う善意の気持ちだったんだ。だから、ヒースはティーシャを信頼して、初めてできた仲間だと思えた。


「ティーシャ。俺は絶対に置いて行かない」


必死に置いて行くように頼んでくるティーシャにヒースは微笑んだ。安心させるように。それはティーシャがヒースに一番最初に出会った時の微笑んでくれた顔に似ている。


やっぱり、ティーシャは笑顔の方がよく似合う。だからこそ、その笑顔を思い出して欲しい。


ヒースはまだティーシャに自分が信頼されていなかったことが悔しかった。強がっているだけだけど、それでもヒースは意地を張りたかった。


安心させて、もう一度ティーシャを笑顔にさせてみせる。なぜヒースはここまでティーシャを助けたいと思えるのか。それはもう分かっていた。


初めて入ったチーム。それぞれの初めての出会い。初めての仲間。もちろん、全部嬉しい。でも、この世界に来て最初に仲間になった、たった一人は──



「だって、ティーシャは俺の、生まれて初めてできた、たった一人の仲間だから!」



その時、弾丸が着弾し大きな噴煙と爆発音を上げた。あたりには爆風が押し寄せ、壁に強風がぶつかっていた。


「やったか?」


「確認中です」


望遠鏡で着弾した位置を見ている見回りがいた。数秒間、全く動きが見られなかった。


その後、噴煙から一人の男が駆け出した。


「女を抱えている少年を発見!まだ生きてます!!」


「第二射、すぐに装填準備!!」


ヒースはティーシャを抱えながら走り出した。間一髪のタイミングだった。そのまま、ヒースは全速力で走る。


熱風と噴煙に巻き込まれてヒースの体はボロボロになっていた。顔は煤まみれで、切り傷が身体中にあった。それでも、力を振り絞りながら走っていく。


研究所から壁の直線距離は約三百メートル。掌握の力を使って最短で行けば、四十秒もかからない。あの大砲で壁に穴を開けてもらう。そうすれば、きっとなんとかなる!!


ヒースは掌握の力を使う。意識を腕から脚へと移していく。イメージはさっきと同じように、丁寧に行なっていく。


肺から酸素をたくさん取り入れ、血流を良くして早く巡らせる。酸素を筋肉に届けて、筋肉の活動量を増やす。繊維は太く、筋肉をさらに大きく。


そして足の回転を早くしろ。俊敏性を高めろ。


それと同時に視覚を利用して、着弾した爆風や熱を避けていく。爆風や熱はそれが到達する前に空気の波が教えてくれる。その白い線を見ながら進んでいく。


ヒースはどんどん加速していく。後ろでは砲弾の嵐で、地面が揺れていた。爆炎と熱風が襲い、火の海となっている。


真っ赤な炎。襲う爆風。脳の奥まで響き渡る爆音。それが数十秒間ひたすら続く。


でも不思議だった。ヒースは全く怖くはなかった。怖さもあるけど、それよりも大きな興奮の感情がヒースの体をより支配していた。


何もかもがよく見えるし、感じられるし、何もかもできる気がする。


楽しい……。前にティーシャと一緒に崖から落ちていくときと似ている感情だ。あの時は怖さが勝っていたけど、今は違う。意味は理解できないけれど、確かに楽しいという感情が一番強く感じられる。


真っ赤な炎が立ち上がり、爆音が鳴り、風が吹き荒れている!!


まさにExcited!!




あと少し!あと少しで壁だ!!さぁ、どんどん撃ってこい!俺は全部避けられるぞ!


すると、見回りたちは砲撃をやめた。ただ、じわじわとヒースへ近づいていく。


ヒースは壁にたどり着いた。しかし、予想とは異なり、全く砲撃してこない。


……やはり、そう簡単にうまくいかないか……。砲弾で壁が壊れたり、ヒビが入ったりしてしまったら一大事だ。そんなこと、相手も把握済みだ。


それに、どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。ヒースはハメられたのである。


ヒースを囲むようにして見回りたちは動き出した。ヒースの逃げ場が完全に無くなってしまったのだ。後ろは破れない壁。周りには戦車と大量の武装した見回りたち。


まさに、袋のネズミ。



だが、ヒースは思考を止めない。


囲まれたならば、突破すればいい。戦車は重いから動きが鈍い。だから、その上を飛び跳ねて行けば、この囲まれた状況から突破できるのではないか?砲弾の位置を変えるのにはきっと時間がかかる。その隙に、掌握の力を利用して、下半身を強化。そして飛び跳ねて戦車の上から突破する。そうすれば、もしかしたら行けるかもしれない。


ヒースは下半身に力を入れ始めた。


その時だった。


後ろの壁が壊れ始めた。ヒビが徐々に入ってきている。壁を殴る轟音が山の中で鳴り響いた。


壁が破られた。そこから入ってきたのは、ライアンだった。灰色の塵と、湯気のようなメラメラとした空気を纏ったライアンの姿がそこにはあった。


壁の破片が辺りに散らばる。


「よく耐えたな、ヒース。さぁ、離脱するぞ」


ライアンは破壊神の祝福者。爆発して炎が出る拳の能力を持っている。そのおかげで、壁が打ち破られた。


「くそ!祝福者か……!追え!」


敵軍の指揮官が見回りたちに指示すると、全員が三人に向かって走り出した。それを見た三人は壁の穴から脱出する。


「脱出経路と内部把握はできているか?」


「両方完璧。内部把握については、頭の中で研究所内部の設計を頭の中で描き上げて完全に記憶した。目標の部屋と、それに着くまでの経路も完璧に分かっている」


「よし!よくやった。まぁ、少し派手にやりすぎたがな」


ライアンは両肩にティーシャとヒースを抱えて走り出した。


「じゃあな!ドルファ研究所!」


ライアンは振り返ると、そう言い放った。そして、破壊神から爆発の矢の能力を授かっているレナーが一矢放った。レナーも同様に体から塵と湯気のような物がでていた。レナーは薄紫色だった。

レナーが放った矢の爆発の勢いは凄まじく、当たった戦車は数秒宙を舞っていた。


そして、ロバートが煙幕を出した。見回りたちは煙幕の中に入ると、視界が遮られて何も見えかなった。


そのあと、見回りたちはパタパタと倒れ始めた。煙幕の中に睡眠薬が入っていたのだ。ロバート特製、睡眠煙幕である。


壁を出ると、ピトが指差してみんなを誘導していた。


「こ、こっち!……こっちは、あ、安全!」


壁の外に出たライアンはニヤリと笑った。


「さぁ!つらかるぞ!お前ら!!」


RBの六人は警報が鳴り止まない研究所を背に走り出した。

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