010. 仕事
ついにこの日が来た。ドルファ研究所襲撃のための下調べの日だ。ヒースにとって、初仕事の日である。
今日することは、緊急脱出経路の確保。それから、研究所の内部構造をできるだけ把握することだ。
内部構造が分かると、目標に対して対策が練りやすい。
「ところでなんだけど、目標ってなんなの?」
今、六人は山の中を走っていた。研究所までは走って移動する。アジトから一時間ほどの距離に研究所はある。
「あ?そういえばヒースには伝えそびれていたな。ドルファ研究所ってのは、創造神が管理する研究施設だ。そこでは人間、特に子供を利用した人体実験が行われている。それは明らかな倫理違反行為だ。だから俺たちがそこを襲撃して子供達を解放する」
「なるほどね。と言うことは、子供達が集まっているところを見つければいいんだね」
「そう言うことだ。そこが目標だ。できれば、そこに行けるまでの道のりも、把握してほしい」
「分かってる」
まだ走り始めて二十分ほどしか経っていない。だが、もうヒースは結構疲れていた。辺りを見てみると、まだみんな軽やかに走っている。最年少女子のピトさえ、まだ楽そうだ。
マジかこの人たち。やっぱり反逆者ってすごい。めっちゃ鍛えてるんだな。
ロバートに至っては大きなリュックを背負って走っていた。中には作った薬や医療器具が入っているようだ。レナーも、弓使いであるから、大きな弓を背中に背負って走っている。
辺りは日中であるため太陽の日差しが木々の隙間から顔を出していた。植物も、虫もいる。何にも変化はないように見えるが、研究所へ近づいていくほどに、あたりに不気味な雰囲気が流れ出した。
※
「着いたぞ」
全員が木々の影に隠れた。遠くから研究所を睨んでいる。ヒースも研究所を木々の影から見た。
森の中に大きな壁が反り立っている。おそらく、三十メートルはあるだろう。その奥には大きな石の塊がひょこりと顔を出している。あれがドルファ研究所。かなりの大きさだ。
まるで収容所みたいな見た目をしている。全体コンクリートで、灰色で、無機質な感じだ。
「ここからは慎重に行く。言った通り、二手に別れる。俺は壁の近くで異常事態があった時に戦えるよう潜んでおく。ヒースとティーシャは壁の内側に入って研究所内部の構造把握だ。ヒース、お前はさらに脱出経路の確認。どこを通るのが一番適切なのか、よく観察して後で報告しろ」
「分かった」
全員がライアンの指示に頷いた。
二手に分かれると、ライアン、ヒース、ティーシャはそれぞれ走り出した。
壁のすぐそばに着くと、ライアンは立ち止まる。
「俺はここで待機する。異常があれば、すぐに信号で伝えろ」
信号とは、ヒース、ティーシャがそれぞれ持っているボタンのことだ。これを押すと、ライアンが持っている信号機が音を鳴らして危険を伝えてくれる。
この場所で、さらに二手に分かれた。ティーシャとヒースは壁沿いに走っていく。
ここで、ヒースは集中する。視覚に全神経を研ぎ澄ませる。
すると、白い線が浮かんできた。白い線は空気の流れを示していて、空気がどのように流れているのかを見ることができる。
空気が通ると言うことは、道があると言うことだ。これに沿って、脱出すれば、万が一の時にも逃げ切れる。森の中に、通るべき道が白い線で示される。
「よし、脱出経路の確認、完了」
ヒースはティーシャに言った。しかし、ティーシャは黙ったまま、走り続けている。
ティーシャはヒースを避けているようだ。見え見えだった。ヒースはずっと分からなかった。なんでティーシャがヒースを避けるのだろう?避けるとしたら、被害を受けた俺じゃないのか?普通。
しかしながら、こんなギクシャクした関係はもううんざりだ。このままだと、普通にチームとして活動している時に支障が出かねない。
「──ティーシャ。なんか俺のこと避けてるよね?」
「……別に、普通だけど」
「……だったらいいんだけどさ、、、」
何となく、話を逸らされているように感じるヒース。それでも、話し続ける。
「もう俺、気にしてないからね。ティーシャが俺を裏切ったこと。結局は仮でだけど、このチームに入れたんだし、それは間違いなくティーシャのおかげだ。だから、もう俺はなんとも思ってないから、だから……」
言葉が行き詰まった。あれ?俺は何がしたいんだ?
仲直り?でも別に喧嘩したわけじゃないし……。あれ、俺ってどうすればいいんだろう?
「止まって」
二人は走るのをやめた。こっそりと門を覗き込むと、門番が立っていた。相手は三人。ティーシャにとって、こんな相手朝飯前なのだが、今日は襲撃ではなく、下調べ。できるだけ、事を大きくせずに終わらせたい。
「門からの侵入は難しい。仕方がない。壁を越えよう」
「え?どうやって?」
「これを使う」
手のひら二つ分くらいの大きさの鉄の鎌を四本持っていた。ティーシャはヒースにその二本を渡した。
「これを壁に刺して、這い上る」
「マジで言ってるの?高さ三十メートルだよ?」
「分かってる。だから相手も壁を登ってくるなんて考えてない。そこをつくの」
やっぱり、反逆者って尋常じゃない。
「さっ、準備して」
……本当に別人だ。誰なんだ?この人は。絶対ティーシャじゃないだろ。
だって、全く笑わない。
もちろん、こんな状況だから笑わないのは当たり前だ。そんなことは分かってる。
……それでも、やっぱりおかしい。
ティーシャは鎌を振り下ろして壁に穴を開けた。そのまま、上半身の力だけで体を持ち上げ、這い上っていく。
「マジか」
ヒースが見上げて言った。あっという間に十メートルは登っていた。
「よし、俺も行こう」
ヒースもティーシャの真似をして、壁を登っていく。
やばい……やばいやばい!!これめっちゃきつい!!筋肉がもぎ取られそうだ。なんだこれ??もう限界なんだが??
ヒースの体の震えが止まらない。疲労のせいだ。それに一時間ほぼ全速力で走ってきてるし、その疲労がさらに蓄積されて、体が限界だ。
……どうしよう?このままじゃ壁すら越えられない。内部構造の把握以前の話だぞ??
ヒースは上を見上げた。
ティーシャはもうあんな先に行ってる。マジか……早すぎだろ!!
ここで、ヒースは閃いた。ロバートと話していることを思い出した。
そうだ!こんな時こそ、使うべきなんだ。掌握の力を。
体に使うんだ。俺は、無意識のうちに体を掌握できていた。
骨が折れた時、顔を殴られた時、修復するためにまず一番最初に働いた器官。それは脳だ!!脳が命令を下してるんだ。だったら、脳で考えろ!!
自分の体を掌握するんだ。考えろ!イメージしろ!!
──まずは肺から多くの酸素を取り入れる。限界まで取り入れて、血流の巡りを良くして体温を上げる。筋肉をより動かしやすくして、特に腕の筋肉を強化する。大きくして、繊維を太くして、多く血を送って、酸素を使って、力を振り絞るイメージ!!
すると、筋肉が服の上から張り出した。大きくなっている。そして血管が浮き出てくる。力が増し始めた。
そして、腕に溜まっていた疲労も軽くなる。いい調子だ。このまま一気に駆け上がる!!
ティーシャは壁の上に到着した。ティーシャは遅れて上がってくるだろうヒースを下から眺める。すると、もうヒースの姿はそこには無かった。
横を振り返ると、汗をかいたヒースが壁の上で息を切らしていた。
もう登ってきたのだ。十四歳の子供が三十メートルの壁を登り切ったことに、ティーシャは驚愕する。
「どうしたの?ティーシャ。……まだ、仕事はこれからだろ?」
ヒースはニヤリと笑っていた。
「……そうね」
今度は鎌を壁に刺して下り始めた。下るのはそんなに力を必要としないので、すぐに下りることができた。
二人は壁の内部の地上に立った。中に入るとさらに研究所の迫力が襲ってきた。
奥にまで続いている大きな石の塊。窓は少なく、気密性が高そうだ。
ヒースはある作戦を立てていた。建物の内部構造を知るための作戦である。
正直言って、ヒースの目はとてもいいのだが、物体を通り抜けて中の物体を見るという特殊な技は無い。
そこで、壁に手を打ちつけて、それによって生じた波を視覚で認識し、建物の内部構造を把握するという作戦に出た。
具体的には、まずはどこかの壁を手で叩く。すると、その衝撃で波が発生する。波は建物内を跳ね返りながら進んでいく。その波が最終的にヒースの叩いた壁に帰ってきた時、壁から発せられる僅かな波を視覚で認識する。そして、脳で処理して大体の内部を把握する。
すぐに波が帰ってきたならば、そこにある部屋は小さく、帰ってこなければ、大きいと言うことを示している。そして、子供が隔離されている部屋を見つけ出し、そこに辿り着くまでの経路を大体脳内で描く。
この作戦ならば、きっとうまくやれる。
ヒースは壁に手を打ちつけた。予想通り、波が発生した。帰ってくるまでに数秒かかった。音の速さは秒速約三百四十メートル。跳ね返りの分も考慮すると、この部屋の大きさはおそらくこれくらい。
続いて叩き方を変えた。指の骨でカンカンと叩いてみる。すると、分散した音の波は四方の壁にすばやく跳ね返りながら戻ってきた。つまり、廊下ではない。間違いなく部屋だ。
これを脳の中で処理に、建物の内部を書き描いていく。ヒースはこの作業を子供達が隔離されている部屋を見つけるまで永遠に続ける。
自分の特技がこんなに活かせる日が来るなんて、全く想像できていなかった。
ちなみに、ヒースが何をしているのか全く分からずに傍観していたティーシャは、本当は建物の内部なんて見れるわけないのに、強がってライアンの提案に乗ってしまったヒースの頭がついにおかしくなったのではないかと心配していた。
※
「あっ!」
作業を始めて十五分が経過しようとしていた時、ヒースは他の部屋と違う波がしたところを見つけた。
研究所の奥の方まで来ていた。もう少しで研究所全体の内部構造が把握できる。
ヒースの脳の中ではほとんどの研究所の内部が書き描かれていた。
「見つけた。ここだけ音が篭ってる。隔離されているんだ。それに、微かに子供がいるような感じもする」
「ようやく見つけたわね」
「うん、ここで引き返そう。ここまでの内部構造は大体理解できてる」
その時、ヒースは白い波が見えた。この波の線、そして、こんなに線がはっきり見えると言うことは、近くに人が来た!
「隠れて!ティーシャ!」
二人は急いで建物の影に隠れた。
姿を現したのは、武装した見回り。
「おかしいな、確かにこのあたりで物音がした気がするんだけど……」
見回りはライフルを手にしている。見つかったら撃たれて即死。ここは切り抜けたい。
二人は息を潜めていた。
しかし、二人の運は悪かった。見回りが近づいてくるのだ。一歩ずつ、周りを確かめながら進んでくる。
どうする?どうしたらいいんだ?
足音が大きくなってくる。一歩ずつ確かに近づいてくる。近づいてくる度に自分の鼓動が大きくなっていくのが感じられる。
……くそ!どうしたら……。
その時、ティーシャが影から駆け出した。ティーシャは即座に槍を召喚し、見回りに向かっていく。
一瞬反応が遅れた見回り。しかし、その一瞬でも遅かった反応は命取りとなる。
ティーシャの刃が先に届いた。見回りはその場に倒れ込んだ。
「……ありがとう、ティーシャ」
ヒースも建物の影から姿を出した。
「大丈夫。ただ、もうここからは離れた方がいい。目標の場所も、内部構造も大体分かったのなら、もういいでしょう」
「……そうだね」
二人が会話をしていると、聞き慣れない声が耳に入ってきた。
「おーい、012番。どこにいる?」
武装している見回りだった。二人は会話をしていたから、反応が遅れた。特に、ティーシャからは間合いが遠すぎる。刃は届かない。
侵入者に気づいた見回りはすぐにライフルを構え、発砲した。弾丸はティーシャのふくらはぎを貫通した。
ティーシャは声を荒げると、地面に倒れ込んだ。ヒースは走り込んで見回りに攻撃する。顔面に向かって一発殴った。見回りは倒れ込む。
「大丈夫か?ティーシャ!」
ヒースはティーシャの出血している箇所を押さえながら言う。
「あぁ、なんとか……大丈夫……」
──ジリジリジリジリ!!!!
耳に突き刺さるような騒音が鳴り響いた。警報が鳴ったのだ。
ヒースはさっき殴った見回りの男を見た。男は気絶する前に緊急事態を知らせるための携帯装置を作動させていたのだ。
「くそ!」
山の中に警報音が鳴り響いていた。
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