009. 仲間たち

次の日、ヒースはライアンに呼び出された。リビングにあるテーブルに、六つの椅子が並び、それぞれ座っていた。


ティーシャはヒースの目の前に座っていた。正直言って、ヒースは気まずかった。確かにヒースはティーシャに裏切られていたが、このチームに入れるように協力してくれたのは間違いなくティーシャだ。だから、今このチームの一員(仮)として生きていられる。


そんなことは分かっていた。しかし、ヒースは納得したくなかった。ティーシャがヒースに見せた姿は本当じゃなかったと言うこと。あの笑顔も、話し方も何もかも嘘だったと信じたくなかった。


「やることはたんまりある。俺たちがしなければならない、ドルファ研究所襲撃。それに向けた準備のためにまずは研究所の把握が必要だ。敵は何人いるのか、どう行けば目標に辿り着けるのか、緊急脱出用の経路も確認する必要がある」


全員が目を向けている男は、チームのリーダーのライアン=ブルーンだ。体付きは異常に大きく、肉弾戦が強そうな人だ。


「いよいよ、研究所襲撃が近づいてきたわね〜」


頬に手を当てて、困った口調で言う女の人。この人の名前はデンゼル=レナーという。


どうやらライアンとは夫婦のようで、このチームの名前の由来は、この二人から取られた物のようだ。いつも目を瞑っている。どうやって前を見えてるんだろう?


「チーム用に取っておいたムシルがあんなにたくさん手に入った。これだけあれば、全員の怪我は癒せることができるだろう。他の薬草や薬品の準備も完了した。抜かりはないよ」


若い男が言った。この人はロバート=レットメインと言うらしい。ティーシャより少し上に見えるので、二十歳くらいと言ったところだろう。ライアンほど顔はイカつい感じではない。冷静な目をして、はっきりした話し方をしている。


「き、緊張する……」


小さな体をカタカタと揺らしているのは、昨日ヒースの紐を解いてくれた女の子だ。名前をハーラブ=ピトと言うらしい。ヒースよりも年下で、こんな子供も、反逆者になって戦っているんだと思う。


黙って話を聞くのはティーシャだった。ティーシャは普段はこんな感じなのかと思った。本当に別人を見ているようだった。目は明るくなく、全身赤いチァイナドレスを着ている。出会った頃の印象と全然違う。


「よし、全員抜かりはないようだな。


ヒース!」


ライアンはヒースを呼んだ。


「ん?」


「ヒースの仕事は研究所の内部把握だ。それと、一番良い脱出経路を探してもらう」


一番良い脱出経路を探し出すことは可能だ。研究所の近くの地形を理解して、この目を使って一番バレにくくて早く移動できる経路を見つければいい。しかしだ。


「脱出経路はなんとかできると思うけど、研究所の内部の情報までは分からない」


「研究所は高くて分厚い壁の向こうにある。だからその壁を越えるまではお前を俺たちがサポートできる」


「そう言う問題じゃない。外から内部の構造を見るなんて無理だってことだよ。てか、侵入するのに壁を越えないと行けないて初耳だ」


「なんとかしろ。そうじゃないと、俺はお前を認めない」


ヒースは唇を噛んだ。目は良いのは事実だが、建物の内部の構造なんて分かるわけないだろう。目は良くても、物を通過して中を見れるなんて能力ではない。だけど、ここで何もできないと、本当に追い出される。


「……分かった。なんとかする!」


「その返事が聞きたかった。レナー、ロバート、ピトの三人は外の状況を見ていてくれ。動きがあればすぐに俺に知らせてくれ。俺は敵にバレた時に備えて、近くに潜んでおく。


ティーシャ、ヒースを守ってやれ。その間にヒースが研究所内部を把握する」


「わ、私?」


「ティーシャが拾ってきたんだ。責任は果たしてもらう」


「……分かった」


……マジか。研究所では、ティーシャとペア行動か……。まだ俺は気まずいんだけど。


「よし、これでミーティングは終わりだ。それぞれ準備を怠るな」


ライアンは立ち上がった。すると、ヒースを見つめた。


「ヒース。なんだそのだらしない服装は。全員、戦闘服に着替えてるだろ。俺についてこい。服をやる」


戦闘服?そうか、だからティーシャは着替えてたのか。普段はこんな格好なんだ。……俺は本当に何も知らなかったんだな。


ヒースも立ち上がって、ライアンの後をついていく。



「うーん、どれが良いか?小さめのサイズが全く無ぇな……」


今いるのはライアンの個室だ。机が部屋の隅にあり、その上に資料が山積みになっている。勉強熱心のようだ。


部屋にはびっしりと本棚があり、本が並んでいる。古びた本ばかりで、これが古書なのだろう。本の並び方を見るに、意外と几帳面な性格のようだ。


ライアンはヒースの戦闘服を探していた。タンスの奥の方から昔の服を取り出すが、どれもヒースとサイズが合わなくて困っていた。


「おっ!これはいいんじゃないか?これ着てみな」


ヒースは服を投げられて、頭からそれを被った。


手にのせて見てみると、緑色の服だった。線や円の装飾が入っていて派手だった。分厚い生地でしっかりしているのに、機動性に優れたデザインになっている。



「上はそれ着てろ。下はこれだな」


焦茶色のダボっとしたズボンをもらった。そして、もらったズボンと服をそれぞれ着てみた。


「……あぁ。やっぱり少し大きいな……」


ライアンはヒースを見て呟いた。


「まぁ、良いか。ズボンの裾は中に紐が入っていて、結べるから問題ないだろう」


ヒースは屈んでズボンの裾の紐を引っ張った。自分の足にフィットしたところで結ぶと、良いくらいの大きさになった。結んだ時に弛んだ心を縛ったようになり、スイッチを入れ直せた。


「それ、やるよ。それがヒースの戦闘服だ。似合ってるぜ」


ヒースは自分の姿を鏡で見た。この姿でこれから旅をしていくと考えると、少し楽しみになった。意外にも、似合っていたので自分でも驚いていた。


「ありがとう、ライアン!」


ヒースは部屋を出て行った。すると、洗濯物をせっせと運んでいるピトの姿があった。


ここで、ヒースは今日起きた時のことを思い出した。ベッドの側に今日の着替えがきっちりと畳んで置かれていた。誰がしてくれたのかと思っていたけど、ピトだったようだ。


ピトはエプロンをつけて家事をしていた。どうやらピトは家事をしてこのチームに貢献しているらしい。


「あっ……、ヒース。どうしたの?ご飯はまだだよ?」


ヒースと目が合ったピトは立ち止まってヒースに言った。


「あぁ、そうじゃないんだ。ピトが俺の部屋に着替え置いておいてくれたのかなって」


「うん……そうだよ」


「やっぱり、ありがとう!」


笑顔で感謝するヒースにピトは少し戸惑う。


「わ、私の役目だから、気にしないで……。それよりも、戦闘服よく似合ってる」


「よかった、そんなふうに言ってもらえて」


嬉しそうなヒースの顔を見てピトは微笑んだ。


「……じゃあ、私、支度するから」


そう言ってピトはまたせっせと働き始めた。このチームの家事を一人でやるって言うのは相当大変だな。


「人見知りのピトが会ってすぐにここまで話せるなんて、そんな人は初めてだ」


後ろから声をかけてきたのはロバートだった。


「おっ!良いじゃん、戦闘服。よく似合ってるよ」


「ありがとう、みんなに言ってもらえるよ」


「ライアンのお下がりだから、サイズは合っていないようだけど、それも良い感じになってるな。ヒース、ちょっと俺の部屋来いよ。色々話したいことがあるんだ」


「おう」


ヒースとロバートは年が近い同性の仲間だ。お互いに親近感が湧いていた。


「うわ〜」


ヒースがロバートの部屋に入って呟いた。中央の机の周りにさまざまな薬草が点在し、本が溢れていた。机の上には薬を調合する用具が置かれていた。


「すげぇ。これがロバートの部屋か」


「そうだ。座れるところないと思うけど、適当にかけてくれ」


薬草の匂いが漂う部屋だった。ロバートは椅子に座ると、薬の調合を始めた。


「ロバートは医者なのか?」


「そうだ。俺はこのチームの医者として、みんなの傷を癒している。他にも、病気になったら看病もしている。今は、襲撃の準備として、薬を調合中だ」


「すげぇな。このチームは本当にバランスが取れてるんだ」


「そうだなぁ……言われたらそうなのかもな。体の頑丈さとパワーを生かした肉弾戦が得意なライアン。そして槍使いのティーシャ。二人は近接タイプ。レナーは弓使いだから、遠距離タイプ。攻撃はみんな高い。攻撃特化型チームだな。


俺は医者。ピトは家事と、裏方二人組だ」


そっか。みんなにはもう役職があって、それぞれがそれぞれでチームのためにしっかり貢献できている。これだけバランスが取れているチームに、俺は一体何が貢献できるんだろうか?


「それよりも、俺はヒースの異常回復が気になるぜ。ティーシャが言うには、骨がすぐくっついたって。そんなこと普通はあり得ないからな。


少し、体を調べさせてくれない?」


冷静な目をヒース向けながら言った。手にはメスを握りしめている。


「やめてやめて!!!」


「……冗談だよ」


ロバートは笑っていた。そうか、ロバートは意外にこう言うことも言うんだ。


「……俺にとってはそれは生まれつきのことなんだ。だから、これが当たり前だと思ってたんだけど、まさか違うなったなんて」


「……もしかしたら、それって『掌握』の力なんじゃないか?」


「え?」


「ニホム族の持っていた掌握の力は意外と応用がとても効くんだ。古書に書いていたよ。


正直、異常回復の能力は祝福者じゃないと無理だ。たしか、創造神でその力を得たことがある人がいることは聞いたことがあるが……。


でも、ヒースは違う。祝福者じゃない。と言うことは、ヒースの持っていた潜在能力。つまり、『掌握』が影響してるんじゃないかと思うんだ」


「異常回復は『掌握』によって起こってるってこと?」


「そう、生まれつきってことは生まれつき『掌握』の力を自分の体に使っていたんじゃないか?に」


「『掌握』を自分の体に?」


「そう、他の物体を掌握して操ることは難しいかもしれないけど、自分の体を掌握して自分の体を操ることは、指を折り曲げたり、脚を動かすとと、そんなに変わらないのかも。そう仮定すると、それによって、異常回復が起こっているのかもな。骨をくっつけたり、傷を癒したりすることは。実際、昨日ライアンに殴られた顔の傷はほぼ完治しているし」


ヒースは殴られた頬を触った。確かにほぼ痛みはない。言われてみると確かに治っている。


ここで、ヒースは気づきを得た。


「つまり、他の物体を掌握するんじゃなくて、まずは自分の体の掌握から始めたら良いんだ。いきなり難しいことをするんじゃなくて、まずはできそうなことから始めよう。そうさ、自分の体も掌握できないのに、他の物体を掌握なんてできない。


もし、自分の体を掌握できたら、異常回復だけじゃない、他にもできることが増えるかも。早く走れたり、力が強くしたりできるかもしれない。


それに、視力を上げてもっと目をよくすることだって可能かもしれない……。


すげぇよ!!すげぇよ!!ロバート!!どんどんアイデア湧いてきた。そうか!まずは俺が俺自身を掌握したら良いんだ!!」


ヒースはロバートの両手を握った。


「お、おうおう。なんか良い感じになってるんだな。とりあえず、なんか気づけたならよかった」


「うん!」


ヒースは笑顔で頷いた。


「見ててくれ!ロバート!俺は、『掌握』を掌握してみせる!!」


「ほー、なんかヒースの目がギラギラしてきたね」


ロバートはヒースの赤い瞳を見つめた。これからヒースがどんどん生まれ変わっていくのが楽しみになっていた。


「まぁ、ムシルをたくさんくれたお礼だよ。俺でも、ムシルは全く見分けられないからな」


「ムシルを見分けるのはそんなに難しいんだね」


「あぁ。最低でも十年はかかるって言われてるよ。


ヒースはその目と、掌握を使えるようにしたら、ライアンも認めてくれるんじゃないのか?頑張れよ」


「ありがとう」


「それと、ティーシャのことは気にするなよ。ティーシャだって、ヒースを売ろうとしてヒースのことを騙したわけじゃない。わかってやってくれ」


「……うん。マジでありがとね!ロバート」


「いいってことよ!」


二人は笑った。


と、その時ものすごい地響きに襲われた。ロバートの調合器具がカタカタと揺れている。


「な、なんだ?」


「あー、また始まった」


ロバートはため息をついた。


「外行ってきなよ。毎度のことなんだ。本当に、また怒られるよ、レナー」


ヒースは外に出た。すると、アジトの壁が一部崩壊して、部屋の中が丸見えになっていた。奥の方でティーシャとレナーが話をしている。


「ちょっと!!レナー!!私の部屋ぶっ壊すの何回目??しかもリフォームしたばっかりって言ったよね??私何回も直すの本当に大変なんだからね?」


ティーシャの声が山の中に響き渡った。


「ごめんよ〜ティーシャ。私だって、やりたくてやってないの〜矢を飛ばしたい方向に上手く飛ばせなくて……。本当に悪気は無いのよ〜」


「だから!もう少しあっちでやってくれない?もう一つのアジトも結局屋根に大穴開けたまま来ちゃったし……もう、全く」


「あっ!ヒースちゃんだわ〜


お〜い!」


レナーはヒースに気づくと、手を振ってきた。ティーシャはそれを見てヒースに気づいたが、ヒースを見た途端にどっかへ行ってしまった。


「あら〜。ティーシャどっか行っちゃった」


ヒースはレナーのそばに寄って歩いた。


「レナー。これは一体何があったの?」


「私、弓使いだから〜練習してたんだけど、矢が変な方向に行っちゃって、アジトに当てちゃったのよ〜。それでティーシャに怒られちゃった」


「そういうことだったんだ。それにしても、矢の破壊力すごいんだね」


ヒースは苦笑いしてアジトを見つめた。アジトの壁が崩壊している。本当に、この人が放った矢がこれをやったのか。すごい破壊力だ。


「……それにしても、ティーシャったら、ヒースちゃんが来ると急に静かになっちゃって。普段はあんな子じゃ無いんだけど。ごめんね〜」


「いや、全然大丈夫だよ」


ヒースは黙々と壁の修繕の作業をしているティーシャを見つめていた。


ところで、チャイナドレスで釘を打っている姿って大分新鮮だな。


ヒースとレナーは思いが通じ合ったのか、二人目を合わせると、クスクスと笑っていた。

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