008. RB:レナーブルーン

「──よし、とりあえずこんなもんだろう。これで動けないはずだ」


遠くの方から声がした。誰の声だ?全く分からない。


「本当だな?こいつ、何してくるか分からねぇからしっかり拘束しとけ」


……この声は、聞いたことがある。そうだ、ティーシャの夢の中で聞こえた声だ。


朦朧としていたヒースの記憶が蘇る。……そうだ、目覚めたら知らない人が三人いて、ティーシャに裏切られたんだ!!


はっきりと意識が戻った。目の前には先程と同じように、知らない三人組がいた。その横に、ティーシャも並んでいる。


「目が覚めたな、小僧」


体の大きな男は言った。この場所は、さっきまでティーシャと談笑していたところだ。三人はソファに座り、ヒースは地面に寝転がっている。ティーシャはソファのそばに立って黙っていた。


ヒースは話そうとしたが、口が動かない。テープで固定されている。腕が体に紐で巻きつけられ、足も巻き付けられている。拘束は頑丈で、動くことができない。


「気をつけて。見たところ異常回復、それから、未来予知?的なものが使えるみたい。あと異常に目が良い。他にも何かあるかもよ」


ティーシャはヒースに目を合わせず言った。


「異常回復に未来予知だと?なんじゃそりゃ。そんなことができるのか」


体の大きな男はヒースの顔の肌に付くくらい自分の目を近づけて睨む。


おそらく、異常回復は骨折の治りが早かったこと。未来予知は、魚が飛び跳ねるのを予測して、銛をついたことを言っているんだろう。


どう言うことだ?なんでこんなことになった?ヒースは自問自答した。ヒースは目が良いから、ティーシャが嘘をつけばすぐに分かる。特徴的な体の動きは見られなかった。なのにどうして?


いや、違う。そもそもティーシャは嘘などついていないんだ。だから気づけなかった。嘘はついていない、全て真実を話しただけ。嘘をついていることがバレないように。


つまり、嘘をつくような話を引き出せなかったヒースが悪い。嘘をつかれたのではなく、ただ騙されたのだ。


「それより、ムシルは高く売れたの?」


「ああ。あんなに状態の良いムシルは商人も初めて見たって言ってたぜ。ムシルは他の雑草に比べても見分けがつかないからすりつぶして匂いを確かめて粉末にしないといけない。粉末にしたら価値が下がるが、草のままだと効果の効き目が高まるから高値で売れたぜ?」


「定期交信のとき、あれほどお金が欲しいって言ってたのに、なんですぐ準備できないの?」


「悪かった。街までは歩いて二、三日かかるんだ。このあたりには街が一つしか無いからな。だからすぐに金は集められないんだ」


ティーシャは大きなため息をついた。


「……ちなみに、そのムシルを見分けたのは一億の子供よ」


全員が「えっ?」と口を揃えた。


「……マジか。異常に目が良いってのはそう言う意味か」


会話の内容を考察していたヒース。


街が一つしかない……??定期交信??ちょっと待て。


この一週間、ずっと移動しながらムシルを集めてきた。そして、ティーシャは毎日ムシルを街に売りに行くと言って一時間ほど帰ってこなかった。


その間ティーシャは何をしていた?


街が一つしかない。と言うことは、ヒースが一番初めに見て、気を失った場所にあったあの街しか、このあたりには街が無いということになる。


しかし、ティーシャとヒースは一緒に移動していた。最初に見た街から離れていくように。


……つまり、ティーシャはムシルを売りに行っていなかった。


その間に、定期交信してたってことか。


ようやく分かった。最初から騙されていたんだ。気を許すタイミングを見て、ヒースの心に漬け込んできたんだ。


……完敗だ。そして、ヒースは今所持金がない。この絶望的な状況。


──本当に、売られてしまうのか?


「本当に焦ったわよ〜。なんて言ったって、ティーシャが急に私たちを呼び出して、『赤目の子を見つけた』なんて言うから〜。それで、アジトに一週間後連れてくるって言ってたから協力したけど、まさか本物だなんて〜」


豊満な体つきの女はおっとりとした口調で話した。


「……これが一億か……。って、こいつ起きてるぞ」


若い男がヒースを睨みながら言った。その声に反応して、全員がヒースを見る。


「……起きたか、小僧。どうだ?俺の一撃は?結構痛かっただろう?」


「でも、確かに言われてみればさっきに比べてアザが引いてきてるかも〜」


「これが異常回復か……。どんな仕組みなんだろう?研究したい」


「そんなことはどうでも良い。とりあえず、こいつを売るために、どうするかを話し合おう」


……ここはこいつらのアジトだったのか。だから、こんなにも大きくて、清潔なんだ。ずっとここにこいつらはいたんだ。全く気づかなかった。


ヒースは叫んだ。テープで口が固定されて動かせないが、声は出せた。とりあえず、この状況をなんとかしないと!!


「ピト。そいつがなんか言っている。口のテープ剥がしてやれ」


「……りょ、了解!」


トコトコと後ろから足音が近づいてきた。まだ仲間がいたのか。ヒースの目の前に立ったのは小さな女の子だった。おそらくヒースより一から二歳ほど下だ。


目の下にそばかすがついていて、三つ編みツインテールだった。茶色い髪の毛が弛んでいた。


テープが取られると、ヒースは話すことができた。


「……待ってくれ。少し話がしたい。だから、俺を売らないでほしい」


「……話って??」


大きな男がヒースを睨みつけた。きっと、こいつがこのチームのボスなのだろう。


「……俺をこのチームに入れて欲しい」


全員の目が変わった。ティーシャ以外の全員がヒースを睨みつけた。


しかし、この方法以外、この状況を掻い潜れる手段はない。ヒースはとりあえず、強くならないとダメだ。この人たちと手を組んで、強さを獲得する。


「……あのなぁ小僧。俺たちは反逆者だ。ただでさえ多くの敵から狙われて、逃亡生活を続けている。それなのに、今度は世界の全員から狙われているお前を連れて行けるほど、俺たちに余裕は無ぇ。大体、小僧の得体が全く知れねぇんだよ」


「連合会に狙われているってすごいね」


「なんたって〜この子はあのニホム族の末裔。まだ生きていたなんて、本当に世界を震撼させる大ニュースだわ〜」


「この人……もうアザ引いてる……不思議……」


「……」


ティーシャだけ、何も言わなかった。


ヒースは全員の言葉を聞いて、一瞬考える。


「……ニホム族?誰のこと?」


「……小僧、ニホム族も知らないのか?」


「知らない」


「……どうなってるんだ?親からどんな教育受けてきてる」


「親は死んだよ。俺を狙う一般市民に殺された」


ヒースの言葉に全員が黙り込んだ。


「……それは災難だったな。しかし、だからと言って、お前を連れて行けるってことじゃ無ぇぞ」


「もちろん分かってる。それに同情なんていらない」


「ほう。で?お前には何ができる?売れば即一億。それ以上の価値が今のお前にはあるのか?」


男に言われたことについて、ヒースは考えた。今、自分にできる価値あるもの。


「……俺は目が良い。だから、ムシルとか、他の貴重な薬草くらいならいくらでも集められる」


しかし、男の返答は辛い。


「馬鹿野郎。そんなもの端金にもならねぇ。一週間、お前が集めた量で一万だ。全然一億と割に合わない」


「それじゃあ、こんなのはどう〜?物を浮かせて芸を披露するの〜。それをちょっと上の地方のお金持ちたちに披露して、お金をもらうの〜」


「何言ってるんだよ、レナー。それこそお金を手に入れるのにたくさんの時間がかかるよ」


「あらそう?名案だと思ったんだけどな〜」


豊満な体つきの女と、男の若者が言った。その会話を聞いて呆れた大きな男はため息をついた。


「……さっきからよく分からないんだけど、ニホム族とか、物を浮かすってどう言うこと?」


ヒースは寝転がりながら大きな男たちに聞いた。


「ニホム族って言うのは、七十年前まで存在していたとある民族のことさ」


そう切り出したのは、若い男だった。


「ニホム族は赤い瞳を持った人たちのことで、その人たちは神を信仰せずに生きていたんだ。とある集落を築いて。


それに加えて、彼らは神の加護を受けずに特殊な力を使えることができた。それを恐れた連合会はニホム族を迫害した。


ついに、連合会はニホム族を皆殺しにした。神を信仰せず、特殊な力を持ったことが罪とされて。そして、ニホム族が住んでいた街に火が放たれて、三百人ほどが殺された。


そして、もうニホム族は姿を消したと言われていたが……まさか生きながらえていたなんて。一般民族は連合会によるニホム族虐殺のことは知っている。でも、ニホム族が赤目で、何をして、何者なのか知らない。だから、赤目の子がなんで狙われて、何者なのかも当然知らない」


「俺は、ニホム族の末裔ってことか……。その、ニホム族って言う人たちが使ってた特殊な力って何?」


尋ねると、今度は大きな男が口を開いた。


「『掌握』だ」


「掌握?」


ヒースは首を傾げた。


「俺たちも詳しくは知らない。ただ、とある研究所から盗んだら古書にニホム族のことについて書かれたものがあった。それを読んでみたんだが、ほとんどが黒塗りで何が書いてあるのかわからなかった。きっとそこには掌握の力によって何ができるのかが示されていたのだろう。


だが、俺たちが見れたのは、物を浮かせられるとか、触れるとその物体を自由に動かせるとか……それが掌握という力らしい」


だからさっきの女はヒースに芸をさせようと提案していたのか。


「じ、じゃあ俺がそれをやってみせるよ!それができたら、俺をこのチームに入れてくれ」


「……ほう?力が使えると?


ピト、腕の紐を解いてやれ」


「は、はい!」


ピトはヒースの紐を解いた。そして、そそくさと離れていく。


「これを浮かしてみろ。そしたら、力が使えるとみなし、お前がことチームにとって少しは役に立つと証明できたことにしてやる」


よし!これは絶好のチャンスだ。ここで、物を浮かしてみせる。


ヒースは男から投げられた物を受け取った。ナイフだった。それを地面に置いた。


……確か、触れたら浮くんだよな??でも、冷静に考えてどうやって物なんか浮かせられるんだよ。どうやったら良いかなんて、全く知らない!!


「……どうした?できないのか?」


「いやいや、今からだよ。……よし、見てて」


ヒースはナイフに触れた後、右手を広げた。


「掌握!!!」


ヒースは右手からナイフに、向かって念力を送る。


浮け!浮け!!


何度も何度も唱えるが……




──浮くわけないよなー……



ヒースは額を地面につけた。あぁ、最悪だ。どうしよう。てか、物浮かすなんてできるわけないだろ!!


……もしかして、俺は赤目の子ではないのか??本当にただ目が赤いだけ??


「出来ないじゃないか。となれば、お前はもういらないな。今からすぐ、売りに行く!」


「そんな……」


ヒースは男にもう一度チャンスを与えてもらうよう頼もうとする。


「待って」


ティーシャが男の決定に不服そうな表情を見せる。全員がティーシャを見つめる。


「なんだ?ティーシャ。こいつに情でも湧いたか?」


「そんなのじゃない。ただ、もしもその子がこのチームに入ってきた場合、私たちにもメリットはある」


「なんだ?こいつは家事か小遣い稼ぎしかできないと思うが?」


「ドルファ研究所の立体暗号装置の解読……それにその子の目が使える」


全員の動きが止まった。


「確かに、あの暗号は誰も解くことができない。だから、前は襲撃を断念したけど、目が良い赤目の子供になら、もしかしたら解読できるかも……」


「一理あるかも〜」


若い男とおっとり口調の女は言った。ティーシャの提案に食い気味だ。


「……しかし、小僧をチームに入れるってことの危険性があまりにも大きすぎる。おそらくだが、少年兵団やグリフェルの連中が、きっと小僧を探し回っている。俺らが先に殺されるぞ!チームのリーダーとして、それは避けたい」


「だから、それまでで良い。研究所の潜入が成功した時にその子とはもうおさらば。それまで匿えばいい」


全員が考え込む。ティーシャはどうやらヒースを庇ってくれているようだ。


「……チャンスをくれ!!俺に何か仕事をくれ。そして、証明する。俺がこのチームに貢献できるってことを。それを見て判断してくれ。俺は必ずやり遂げる!」


ヒースは男の目を真っ直ぐ見つめた。そうだ。焦らなくていい。まずは俺のこの視力を使って俺の存在価値を証明する。そして、俺の中に秘められた『掌握』の力をその間に解放してみせる。


お互いじっくり睨み合う。ビビるな!!もう後には引かない!!


「……肝は据わっているようだ。いいだろう。やる事はたんまりある。それをお前に任せてみる。俺たちに証明するんだろ?やってみな」


「……分かった」


「よし、明日連絡する。今日はゆっくり休んでろ。俺はライアン=ブルームだ」


「ヒース=ヘムズワーヌ」


二人は握手した。お互い強く手を握ると、目を見合った。


「ようこそ、RB(レナーブルーン)へ。とりあえず、仮でお前をチームの一員とする」


そう言って男は立ち去った。その後ろを若い男と、おっとり口調の女がついていく。去り際に振り返って「はいば〜い」とヒースに手を振った。


「騙してたの?」


ヒースはティーシャに尋ねた。


「見かけたのは偶然。赤目の子はニホム族の末裔だから、なにかしらに使えると思っただけ。掌握という、未知の力を持ってるからね」


ヒースは黙り込んだ。


「……それで俺を引き留めてたのか。全部嘘だったんだ」


「寝室は上にある。あなたも、もう寝な」


ヒースとは、口も聞いてくれないようだ。ヒースはもう諦めた。


「……そうするよ」


ティーシャとヒースは目を合わせることはなかった。


ヒースはドアを思いっきり閉めて、二階への階段を登った。

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