007. 夢様々

「私も、ヒースの父親と同じように、破壊神が支配している地方の出身でね、四人家族だった。両親と、弟がいたの。連合会支部の重役だった父のおかげで、四人でとても裕福な暮らしを送れていたと思う。毎日3食、豪華で旬な食材を使った料理が並んで、大きなお屋敷に住んで、お風呂も大きく、ベッドもフカフカだった。


そしてなにより、家族の仲が良かった。私は人一倍明るい性格で、それを見守って静かな性格の両親。弟は私が良く構っていたのを嫌がってたなー。そこも可愛い弟だった。


でも、ある日の出来事だった。父親が、殺されたの。連合会に。


ちょうどその時、破壊神の国の国王が入れ替わって、息子が破壊の力を継いで王になったの。それから、全く違う政治の方針がとられた。それで、不満を持った反対派だった父は国王に殺されたの。


信仰していた神に。祈りを捧げていた神に、私の父親は殺された。


そこからは悲劇だった。父の収入が無くなった私たち家族はとにかく貧困になった。地域を追い出され、ついに創造神が支配するこの辺りの底辺地域までに堕ちていった。


食べ物もない、着るものもない、毎日生きていくので精一杯。


周りに労働を雇ってくれる人はいなかった。強制で農業などの一次産業が課され、八割ほどは税金として国に納めてた。だから、みんな人を雇えるほど余裕が無かった。破壊神を信仰し、戸籍がない私たち家族は何とか義務は逃れていた。だから、食べていけるだけの食料は何とかあった。


でも、弟が死んだ。原因は栄養失調。私が当時八歳、弟は六歳だった。弟にとって、あまりにも少ない食事と、農業とかの労働は過酷すぎた。


それに耐えきれなくなった母親はついに精神が崩壊して自暴自棄になった。農業はしなくなり、何も手につかなくなった。


そして、少年兵団が私たちを追ってきた。母親はその人たちに殺された。少年兵団は神に逆らった私たち家族をずっと追っていたんだ。それで、母親は殺された。


何もしていないのに。誰も悪くないのに。家族全員、神に逆らって殺された。


ちなみに、少年兵団に私が追われているのはそれが原因でもあるの。反逆行為を行っているのが大きいんだけど、理由はそれだけじゃない。私は十二年経った今も、まだ追われている。


逃げて逃げて逃げ続けた。私は強くなるしかなかった。気づいたらこんなふうになってた。


神に苦しんでいる人たちがたくさんいることをここまで堕ちてきて初めて知った。ずっと裕福な生活を送っていたら、こんなこと知らなかったかもしれない。でも、知ってしまった。そして、神は世界を思いのままにしている。


だから、私は反逆者になったの。こんな世界を終わらせたいの」


ティーシャは首にかけていたロケットペンダントを握りしめていた。


「……俺も、夢があるんだ」


「ヒースも?」


「うん。実は、俺を育ててくれた両親、本当の両親じゃなくてさ。俺の本当の親から、俺を引き取ってここまで育ててくれたんだ。訳あって、今はもう会えないんだけど、その二人の夢を俺が代わりに叶えてあげたいんだ」


「それって何?」


「『地平線の彼方』へ行くことだよ」


「『地平線の彼方』??それって、連合会が支配する、世界の頂上の先にある、神と人間の世界の境界のことだよ?」


「そう、そこに行って、その先へ行くんだ」


ティーシャは少しの間考えた。ふと一言、口からこぼれた。


「……でも、それってヒースの夢じゃないよね?」


「え?」


ロウソクの鼻をつく灰の匂いが強く感じられる。


「だって、それ他人の夢じゃん」


「他人?」


「親子だって、別々の人間でしょ?ヒースは人の夢のために生きてるの?」


「……そうだけど、それってダメなことなのかな?」


「夢は他人のものじゃない」


「でも、俺は自分で決めたんだ。強制させられてた訳じゃない。成り行きでも、決意は本物だ。て言うか、ティーシャの夢は、結局なんなの?」


「私は……オーロラを見るの。それが夢」


「オーロラ?」


ヒースはまたも聞いたことのないものを耳にした。


「そこでしか見ることができない。空に巨大な炎のカーテンが浮かび上がるの。私も、本物は見たことがない。古書の写真でしか見たことがない。


まだ父親が生きていた時、弟と古書を見ていたの。その時に一緒に見ようって約束したんだ。私は、それを弟と見るのが夢なの」


「それが、ティーシャの夢……」


「ヒースの両親は、本当にヒースに自分たちの夢を叶えることを望んでいるのかな?ヒースにただ、生きていて欲しいんじゃないかな?ヒースには、ヒースにしかできない幸せがある。ただでさえ、危険なヒースが神殺しをしてまで夢を叶える必要はない。さらに敵が増える原因にもなる。


ヒースはまだまだ子供。自分の人生を愛して、自分を愛せるようにならないといけない。他人に振り回されているだけじゃ、この世界では生きていけない。この考え方が間違えていると言われても、これが真実だと私は思う」


ヒースは俯いて考える。そんなこと分かってる。ずっとあの場所で、一人で生きていく選択肢もあったんだ。ひっそり生きて、死んだことにして、歳をとって安らかに死ぬ。それがもしかしたら一番の幸せなのかもしれない。


だけど、それでいいのか?いい訳ない。心からそう思う。


ガルダとリリーを自分のせいで失って、自分は何も出来なかった。こんな自分が大嫌いだ。俺は、ガルダとリリーの夢を叶えてあげたい。それが俺の夢なんだ。


自分の夢をなんと言われようとも、これが夢なんだから、叶えるために頑張るしかない。叶えられていない夢なのに、諦められるなんて、そんなものは夢とは呼ばない。


ガルダとリリーが生かしてくれたこの世界と、この俺を愛すことが出来るように、立ち上がって、強くなって、夢を叶える。


「……それでも、俺は夢を叶えてみせるよ。じゃないと、俺は自分の人生と自分を愛せない」


ヒースは笑った。その表情を見つめたティーシャは嬉しそうで、少し悲しそうな顔をした。


「……そっか。


そうだ!!オーロラ、見せてあげるよ!!」


「えっ!?見れるの?」


「こっちきて」




二人は手を繋いでベッドに寝転がった。仰向けになって、木の天井を見つめている。


「……えっと、この状況は何?」


ヒースは今から何が行われるのか全く想像が出来なかった。


「絶対に離さないで」


ティーシャは手をギュッと握ってきた。ベッドの上に散らばるティーシャの真紅の髪の毛からはほのかな甘い香りがしていた。


と同時に強烈な眠気が襲ってきた。だんだん視界がぼやけてきて、ティーシャの横顔が遠くなっていく。




──気づいたら、とある野原に立っていた。そこには雪が積もっていて、とても寒かった。


「寒い!!」


ヒースは両手を交差して肩をゆすった。なぜか薄着の服を着ている。


「あれ?いつもの上着が無い……」


少し考えた。待て。この服はさっきまでティーシャの家で着ていた服だ。そうだ、さっきまで一緒のベットに寝てて。


朦朧としていた意識が戻ってきた。


「ヒース!」


声がした方を見ると、そこにはティーシャが立っていた。ティーシャも、さっき話していた時と同じこと格好をしていた。


「ここは私の夢の中。手を繋いでいたから、私と同じ夢を今共有している。


本物の私たちの体は今ベッドの上で眠っているよ」


「そうだったんだ。ところで、ここは?」


「私が昔、古書を読んで、実際にオーロラが見られそうな場所、気候、地形を考えて作ったところよ」


「……すごい」


「こっちこっち」


ティーシャは手招きをして、ヒースを呼ぶ。ティーシャの後ろをヒースはついていく。


ヒースはティーシャの後ろ姿を見つめた。歩幅、歩くタイミングを合わせるように、ティーシャを見つめる。


すると、ティーシャは振り返ってヒースの手を掴んだ。そして、二人は走り出した。


夢の中だ。どれだけ走っても疲れない。


二人は見つめ合うと笑った。


楽しい。夜空の下を二人は駆け抜ける。積もった雪なんて感じないほど、足取りがとても軽く走れる。


夢なのに、手の温もりは感じた。ヒースはその温もりを感じられるのが嬉しくて、手を強く握った。二人は可笑しくなって、声に出して笑った。


二人だけの世界。二人の笑い声はどこまでも響いていく。




「もうすぐ見えるよ」


目的地についたようだ。どこを見渡しても、真っ直ぐな地平線。


ティーシャは真上を見上げていた。それを追うように、ヒースも上を見上げた。


空には満天の星が輝いていた。ミルキーウェイには緻密にたくさんの光の粒が集まり、周りに色とりどりな星たちが光を放っていた。


すると、空の一部の色が変化し始めた。赤色の煙のようなものが空にかかる。


「なんだあれ?」


すると、その煙はみるみると広がり、大きくなっていく。色が薄いところや濃いところが見える。そして、本当に炎のカーテンのような模様が夜空全体に描かれた。


「……きれい!!マジですごい」


「すごいでしょ!たぶん、本物もこんな感じだよー」


「なんて綺麗なんだ……これがオーロラ!こんな神秘的な現象が、この世界のどこかで起こってるんだね」


「そう、私はこれを見てみたいんだ」


二人は野原に座った。すると、そこだけ雪が溶けて、座ることができた。感覚は何もない。夢の中でオーロラを二人で見上げている。


「まだ、バディとして始まったばかりだけど、よろしくね」


微笑んでティーシャはそう言った。


「うん、こちらこそ、よろしく」


ティーシャの瞳は満天の星に照らされてキラキラと輝いていた。それを見たヒースは素早く目を逸らした。


この胸の高鳴りは、これからの希望か、それとも──……







「───お前が、あの一億の子供か?」



……誰だ?知らない男の声がした。視界がぐにゃりと曲がっていく。



「え?」




ヒースがそう呟いた瞬間に目が覚めた。ベッドから飛び跳ねるようにして起きた。


目の前には知らない人たちがいた。筋肉が盛り上がっている大きな体の男。声の主はおそらくこいつだ。


もう一人は豊満な体つきの女性。目を瞑っていて、まつ毛が長い。


もう一人はティーシャよりも少し歳がいっている若者。


「お前が一億の子供か……。お前を売って一億と交換する」


そのセリフの後に、ヒースはティーシャの方を見た。


ティーシャの目つきは変わっていた。まるで別人を見ているようだった。ティーシャはヒースと目を合わせないように、真正面をただ眺めていた。


その時思った。ヒースは裏切られたのだと。ヒースはティーシャの方を見ながら「あー」と呟いていた。


大きな男はヒースの胴くらいある太い腕を伸ばしてヒースの脚を掴んだ。ヒースは空中にぶら下がると、そのまま、ヒースは反対の手で一発殴られた。顔の骨が内側へとのめり込んだ。


とてつもない痛みが走り、ヒースは意識を失った。

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