006. 世界について

「ここが、私が一時期拠点にしていたところ。とりあえず、なんとかここに辿り着けたね〜ここで寝よう。やっと雨風凌げるところだー」


二人はその後、一週間行動を共にした。一昨日まではひたすら川を登っていたのだが、「私の拠点が近くにある」という事だったので、そこからはひたすら東に進んできていた。そしてようやくティーシャの拠点にたどり着いた。


一週間で集まったお金は相当の額らしく、ティーシャはこのお金で武器や装備を買ってくれると約束してくれた。


二人は今まで砂利の上、虫や動物が這う土の上で寝ていた。ヒースはまだ生命の感動に浸っていたので苦しさはなかったが、ティーシャは毎日嫌々眠っていた。毎晩ブツブツと文句を言っていたのだが……朝には気持ちよさそうなほど眠っていて、その寝顔を見てヒースは笑っていた。


ティーシャの拠点はとても広かった。二階建てで、木造の建物。


「ここがティーシャの拠点かー。まだ新しいんだね」


「あった建物をリフォームしたからキレイなんだよ。だから、私が建てたものじゃないから異様に広いかも。


私はこのあたりを中心に活動してるからいくつか他にもこんな拠点はあるわ。とりあえず、中に入ろうか」


そう言って二人は建物のドアを開けた。中は暗闇だったが、ティーシャが玄関すぐのロウソクに火をつけて、建物の中に灯りがついた。


茶色の木々を材料にしていた。部屋が五つほどあった。風呂やベッドもあり、かなり生活感があった。


リビングらしき部屋に入ると、ソファが中央にあり、絨毯が引かれていた。テーブルは大きく、そこに一つだけポツリとイスが置いてあった。


全てのロウソクに火が灯ると、部屋の中はかなり明るくなった。ティーシャは奥の部屋で何かを探しているようだった。その間に、ヒースはさらに部屋の中を見渡した。


キッチンはとてもキレイで、器具もなにも置かれていなかった。あまり調理をしていないようだ。


どこにも埃がなく、掃除が行き届いていた。


「ヒースー。とりあえず、これ着ときな」


奥から戻ってきたティーシャは家着に着替えていた。上下白いフワッとした生地の服に着替えている。髪は一つの束にして後ろで結んでいた。


「ありがとう」


ヒースも一旦リビングを出て、その辺りで着替えた。ティーシャと同じ、フワッとした生地の服に着替える。


「これ、どうしよう?」


ヒースは汚れまみれになった自分の服を摘んで見せた。


「あー、奥に洗濯するもの集めてるから、その辺りに置いておいて」


ヒースは奥にある服が山になったところに汚れた服を置いた。


「ヒース。少し、談笑しようか」


入り口からヒョコりと顔を出していたティーシャは両手にビンに入った飲み物を見せた。


「うん」


ヒースはそう言ってリビングに戻り、ソファの上に座った。


「とりあえず、お疲れ様」


「乾杯」


二人はグラスを鳴らし合い、乾杯した。ガラスの中には黄金で、透明な液体が入っていた。液体なのに、気泡がフワフワと上がっている飲み物をヒースは凝視した。


「もしかして、炭酸初めて?」


「たんさん?」


ティーシャは驚いている様子だった。


「そっか。炭酸初めてなんだね。とりあえず、飲んでみなよ。きっと気に入るから」


ヒースはとりあえず、匂いを嗅いでみた。甘い香りが鼻の中に広がって、シュワシュワと音を立てていた。その音が耳の奥を心地よく弾かせていて楽しかった。


そして、勢い良く口の中に入れて飲み込んだ。と同時に咳き込んだ。


ヒースは初めての感覚に襲われた。


「な、なんだこれ〜。口の中がバリバリするよ。何かの飲み物。なんだこの味?辛いのか?辛いからシュワシュワしてるの?」


ティーシャはヒースの眉を細めた表情を見て笑っていた。


「炭酸をそんな一気に飲んじゃダメだよ。でも、だんだんクセになってこない?そのシュワシュワ」


「……確かに、嫌いじゃないかも」


ヒースはグラスの中の飲み物を見つめた。


「なら良かった」


ティーシャはその様子を見て微笑んだ。


「ところでティーシャ。こんな拠点は他にもあるの?」


「うん。私はこの辺りで活動しているから拠点をいくつか作ってるんだ。と言っても、一つ一つの距離がとても遠いんだけどね」


「ティーシャは一体何をする人なの?活動って何してるの?」


「私の活動は……、そうだなー。反逆かな」


「反逆?」


「そう、世間ではそう呼ばれてる。つまり神殺しだよ」


「神殺し??」


なんか物騒な活動だな。


「そう、神殺し。だから、さっき私は追われていたんだよ」


ヒースは一旦話を止めた。理解があまり追いつかない。聞きたいことが多すぎる。


「ティーシャ。今からとても大事なことを言う。実は、俺はこの世の事を全く理解していなんだ。だから、まずはこの世のことについて教えてくれないか?」


「ヒース、本当に何も知らないんだね。炭酸が初めての人なんて、初めて見たし。まぁ、良いわ。ちょっと待ってて」


ティーシャは部屋にある本棚を漁ると、何回か折られた紙を持ってきた。


それをソファの前にある机の上に広げていく。見てみると、長方形の大きな紙に何か描かれている。紙のほとんどを覆うのは巨大な茶色い物体。その周りに、青色で描かれたスペースがある。


「これは、世界地図。この世界は大きな一つの大陸で出来ていて、その周りを海が囲っている。私たちが今いる場所は世界の下の方。マスハリー県。ここは三大神の一つ。創造神が支配している地域の一つなの」


指を差しながら説明するティーシャ。


「創造神?」


「ヒース、もしかして神のことも知らないの?」


「うん。全く知らない」


「マジかー」


どうやら、神の知識は常識らしい。


「……えっとね、この世には三体の神様が存在している。その神が一国を支配している王様で、創造神、破壊神、守護神の三体が存在している。これを三大神と呼んでいる。


名前の通り、神にはそれぞれの力が宿っている。創造神は何もかも生み出せる力。破壊神はなんでも破壊する力。守護神はどんなものも退ける力を持っている」


「神か……」


二回目に連れ去られた男たちは確か神の話をしていたような気がする。


「そして、その三大神による最高権力機関が『連合会』と呼ばれているもの。ヒースはその機関に狙われてる。だから、この地図で説明すると、一番上から『連合会』つまりこの世界を統括する機関の領土。その下に守護神の王国、その下が破壊神の王国。そして、創造神の王国となっている。つまり神たちは世界も、そして自分自身の王国も支配していると言うことね。


私たちがいるのは創造神の王国のさらに下にある地域だね。ここも創造神の支配下だよ」


「その神を、ティーシャは殺すの?」


「そう……」


ティーシャの返事は暗かった。よほど辛い出来事があったのだろう。その『神』が関係しているようだ。


ヒースを連れ去ろうとしていた男たちも、同じように神に対して不満を持っている様子だった。容姿も、貧乏で、生活が大変そうなのは分かった。おそらく、神は自分の地位を利用して一般民族に過酷な生活を強いているんだ。だから、ティーシャのような反逆者が生まれたんだ。男の人たちは自分に力がないから反逆できないけど、強い者はこうして反逆を起こしてるんだ。


「ちなみに、私を追っているのは『少年兵団』って言う奴らでね。あいつらは神に従える連中だから反逆者を取り締まってるんだ。だから私は追われてたんだよ」


「そう言うことだったのか……」


「またあんな武装集団にあったら、次も迷わず逃げる方がいい。あいつらはとても大きな組織だから、闘ったところでまた人数を増やして襲ってくるから。最強の武装集団、神の刺客『少年兵団』。あいつらは本当に気をつけた方がいい」


「そうなんだ。それより気になっていたのが、『祝福者』って言うのなんだけど、それってなんなの?」


「ヒース、『祝福者』は知ってるだね」


「……まぁね」


ガルダは祝福者と言う者だったらしいから、ずっと気になっていた。


「『祝福者』って言うのは、神に力を与えられた者たちの事を言うんだ。やり方はとてもシンプルで、神に会って血をもらうんだ。そうすることで、その神の特性に合った祝福を受けることが出来る。例えば、守護神なら硬化の力を授かることができるよ」


「すごい!そんなの無敵じゃん。人間が、神になれるなんて」


「ただ、そんな良い話でも無い。神の力を授かるのはいいけど、そこからが大変なの。授かった人は代わりに自分の命を差し出さなければならなくなる。だから、最初は良かったけど、力の使いすぎや過度な力の放出は自分の体が神の力に耐えられなくなって、飲み込まれていく。それで死んでしまうことも、珍しく無い」


ここで、ヒースはある事を思い出した。ガルダのことだ。


ガルダは瞬発力が落ち、手の震えが止まらなくなっていた。理由がようやく分かった。神の力を使ってきていたからだ。神の力が、ガルダの体を飲み込んでいたのだ。つまり、もうガルダの体はボロボロだったのだ。そして、最期にその力を使ってヒースを守ってくれた。その事実に、ようやくヒースは気づくことができた。


「……そっか。そうだったんだ。世界はそんなふうに出来てるんだね。実は、俺のお父さん、祝福者だったんだ」


過去形ということに、ティーシャはヒースの親の死が疑いから確信に変わった。


「……そうだったんだ。たしか、ヒースの名前、ヘムズワーヌだったよね?」


「うん」


「ヘムズワーヌか……。ってことは破壊神が支配している王国出身なんだね、ヒースのお父さん。ここにヘムズワーヌ地方があるでしょ。てことは、破壊神の力を授かっているのかも」


ティーシャは『ヘムズワーヌ地方』と書かれた地図の真ん中辺りを指差した。


「ここまで世界の底辺に堕とされたと言うことは、きっとお父さんも反逆者だったのかも。ここには貧困の民族か、反逆者しかいないからね」


ヒースはこの世界のことを理解できた。まだまだ理解しなければ多いことはあると思うが、とりあえず、かなりの進歩だ。


「ティーシャはとても、強いよね?そこまで強くなって、どうしたいの?」


「うーん。反逆者だから強くならなくちゃいけないってのもあるけど、私には夢があるから」


「夢……?」


「そう、それを叶えたいんだ」


「夢って、何なの?」


「聞きたい?」


「……うん」


少しの間の後、ティーシャは自分の夢について、語り始めた。

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