014. 修行
「もう平気か?ティーシャ」
そう言いながらティーシャの部屋に入って来たのはライアンだった。ティーシャはジャージに着替えていた。怪我は治り、完全復活を遂げた。
「えぇ。なんとか治った。まだまだ体が鈍っているからこれから回復訓練に入るわ」
ライアンは頷いた。
「よし。そうしてくれ。それと、ドルファ研究所襲撃が早まった。五日後だ、行けるか?」
ティーシャは笑った。
「なんとかするよ!」
その様子を見てライアンもほっと安心する。
「よし!それと、ヒースのことだ。ティーシャにアイツの修行相手を頼みたい」
ティーシャは少し考えて、口を開いた。
「……RBで一番強いのはライアンだから、ライアンが教えた方がいいんじゃない?その方がヒースにとっても良いし、嬉しいと思う」
「あいにくだが、俺はドルファ研究所襲撃の計画で手一杯だ。それに、ヒースを拾ってきたのはティーシャだろ?ティーシャにはヒースを育てる責任があると思うのだが?」
ライアンの言葉を聞いて、ティーシャは長いため息を吐いた。
「……槍の使い方しか教えてあげられないよ?」
ライアンはその言葉を聞けて安心したようだ。
「よし!それじゃあ頼む。なんでもいいから教えてやってくれ。全く、ヒースのやつ。『なんでも教えてくれ!』ってうるさかったからな。これで少しは黙るようになるだろう」
ライアンは部屋から出ていった。そして、ティーシャも小さくなった円柱型の槍を携帯して、部屋を出た。
「ティーシャ!元気になったの?」
外で洗濯物を干していたヒースは部屋から出てきたティーシャに気づいた。
「……何してるの?修行したいんでしょ?早く準備して」
ティーシャはまだヒースに対して冷たい態度をとっているが、ヒースにとっては全然良かった。それよりも、修行相手になってくれることの方がとても嬉しかったのだ。ヒースは満面の笑みで答えた。
「うん!すぐ準備する!待ってて!!」
ヒースは全速力で部屋に戻り、身支度を始めた。ヒースが準備のために嬉しそうに走って戻る後ろ姿を見て、洗濯物を一緒に干していたピトは微笑んでいた。
※
「とりあえず、今から走るから。私に付いてきて。私も、とりあえず回復訓練をしたいからまずは走りたいの。ヒースは残念だけど、このチームで一番足が遅くて、持久力が無い」
ヒースは苦しそうにして胸に手を当てた。
「うっ……。おっしゃる通り」
「だから、とりあえず走る。ひたすら走る。それが今ヒースにできる一番の修行だと思う。だから私に付いてきて。とりあえず今日は走る。明日からは槍の使い方を覚えることと、走る事をする」
ヒースは頷いた。
「分かった!」
「じゃあ、付いてきて」
ティーシャは山道を走り出した。その後ろをヒースは全力で付いていく。
ティーシャはおそらくヒースは付いてこられないと予想していた。いくら自分の体力が寝込んでいた影響で無くなったからと言って、ヒースより体力が無くなるとは思えないからだ。だから、ヒースが付いてこられないならば、ずっと走る訓練だけをさせようとしていた。
しかし、ヒースにだって秘策がある。ティーシャが寝込んでいた期間、ヒースは全く成長していない訳ではない。ヒースの秘策とは、掌握の力による、体の自動回復だ。つまり、回復を自動化したのである。
掌握によって人より早く回復できることが分かったヒースはこれを応用することにしたのだ。例えば、筋肉疲労や、呼吸器官の疲れなど、骨折や打撲に比べて単純な体の不調はかなり早く回復することができる。ならば、常に回復しようとする意識を持っていると、掌握の力で、単純な体の不調は常に回復し続けられるのだ。
つまり、走っている時に疲れても、自動回復によって疲れが無くなる。そうすることで、より長く、早く走れるようになったのだ。これをヒースは発見した。
もちろん、全回復する訳ではないから、いつかは疲れが溜まって失速する。しかし、これにこれを極めれば、すべての怪我の自動全回復も可能だ。
一時間が経過しても、ティーシャたちは全くペースを落とすことなく、走り続けた。ヒースは汗をかいているが、まだそこまでしんどそうではない。その様子を見たティーシャは内心驚いていた。
森林を抜け、視界が開けた。四方高くて生い茂っていた木に囲まれたところから、一気に明るくなって青空が広がった。
ヒースはそれを眺めていた。あまりの美しさに感動していた。
青い空。その下にどこまでも広がる巨大な緑の山。鳥が空に舞い、風が肌を心地よく撫でている。花や木の葉が風で揺れていて、その音が微かに聞こえてくる。どこからか、甘い花のいい匂いもしてきて、最高の気分だ。
大自然に囲まれるとは、まさにこういうとこなのだろうとヒースは思った。
結局、ティーシャとヒースは三時間ほど走っていた。ヒースは一回もティーシャから置いていかれる事なく、走り切ることができた。アジトの前で息を切らして寝そべっていて、かなり疲れているようだが。
「お疲れ様。今日はこれでお終い。また明日もやるから」
涼しげな顔をしてティーシャはアジトへ戻っていった。その様子を見て、ヒースは素早く立ち上がる。
「今日は付き合ってくれてありがとう!ティーシャ!」
ヒースは汗をかきながら笑顔で言った。ティーシャは振り返って黙ってその様子を見ていた。
「……もう、ご飯出来てる時間よ。早く戻りましょ」
ティーシャはそう言い残してアジトへ入っていった。ドアの閉まる音が、いつもよりは優しく感じられた。
次の日からはティーシャによる槍の使い方講座が始まった。持ち方、振り方、さまざまな事を教わった。その後は実戦。もちろんヒースはボロボロになって負けた。
走る事も続けた。ヒースは初日こそ死に物狂いでティーシャに付いて行っていたが、もう三日目には軽々と走ることができていた。
掌握の訓練も忘れない。掌握の訓練はロバートと一緒にやっていた。
「分かった事を整理していこう」
ロバートはまとめたメモを開きながら話す。
「えーと、まず掌握の能力として、触れたものを動かしたり、壊したりすることができる。例えば、まず物に触れる。そして、どうしたいかを考える。すると、掌握したものはヒースが考えている通りに動く」
「まぁ、そんな感じだね。掌握するためには触れることがまず必要らしい」
ヒースもロバートが開いているメモを見る。
「ちなみに、物以外は掌握できない。虫とか、人とか生物は掌握できなかった。ヒースが俺に触れて掌握しようとしても、できなかったし」
ヒースは頷く。
「だから、物だけなんだね。もしかしたら、意思を持つ物に対しては掌握ができないということかもね」
「まぁ、ヒースの言う通り、そう考えるのが妥当だな」
ロバートはさらにページをめくる。
「えーと、さらに、炎や水を掌握することはできても、増やしたり大きくしたりすることはできないと」
「くそー!掌握できるなら、炎とか大きくできたらいいんだけどな……」
悔しそうなヒースの表情をロバートは見ながら言う。
「創造ではなく、あくまでそこにあるものを掌握するということだからな。ヒースは焚き火の火に触れて掌握したけど、掌握できた炎は焚き火の火と同じ大きさだったからな。大きくなるように考えても、それはできなかったな」
ヒースが分かった事をまとめていく。
「掌握の力が有効になるのは、触れたその物体そのものだけということだね。大きくしたり、小さくすることはできない。結局、掌握っていう力はものを動かすということしかできないのか」
ロバートはヒースの目を見る。
「まぁ、決めつけるのはまだ早い。もしかしたら、ヒースがまだ掌握の力の本領を出しきれていないのかも。とりあえず、今できるのは『物を動かす』『自動回復』この二つだね」
ヒースは寝転んで、息を一つした。
「はぁー。出来ることが増えていくのは嬉しいけど、疲れるね」
ロバートは微笑んだ。
「まぁ、ぼちぼちやったらいいさ。それより、最近はティーシャに槍の使い方の練習させてもらってるんだろ?」
「うん!ティーシャめっちゃ強いんだよね……本当に勝てないんだよ」
ロバートは苦笑いした。
「ティーシャは容赦無いからな……。まだ槍のやの字も知らないヒースに本気で相手するんだからすげぇよ」
「その方がいいんだ!その方が強くなれるから!」
ヒースは親指を突き立ててロバートに見せた。
「そうだ!ヒース!槍を掌握して使えばいいんじゃないか?それだったらより使える武器も増えて強そうじゃん!」
ロバートの画期的な提案に、ヒースは渋る。
「……俺もそう思ってやってみたんだ。
でも、とても難しいんだよね。掌握ってさ、感覚的に言うと、使える腕が増えたような感じなんだよ。その方が良いことは分かっているんだけど、脳が処理しきれなくて、あっちも動かして、こっちも動かして……ってわけ分からなくなるんだよ。だから、槍はちゃんと手に持って戦うんだ」
「そっかー。良い提案だと思ったんだけどな……」
ロバートは悔しそうに呟いた。
「まぁ、掌握の力を使うことに慣れたら、またやってみるよ!」
そう言ってまたヒースはティーシャの元へと戻っていった。成長を止めないヒースの姿を見て、ロバートも負けていられないなと思った。
※
「聞きたいことがあるんだ、ティーシャ」
訓練の休憩中。二人は水を飲みながら話をしていた。
「何?」
「ライアンと、レナーのことなんだけど、戦っている時に、二人から変なものが出ていたんだ。色がついた塵みたいなものと、湯気が出ていたんだよ」
ティーシャは水筒を口から離して考える。
「あぁ。それは祝福者が祝福の力を使う時に出る特有のものだよ。
「うん」
「体が神の力に耐えられていないんだよ。神の力は祝福者の体を徐々に蝕んでいく。その時に出る灰だよ。見た目は色とりどりでキラキラしてて綺麗だけど、意味が分かると少し怖いよね。湯気は、単に体温が上がっているだけじゃ無いかな?」
「そう言うことだったのか……」
確かに、ヒースを守ってくれた時のガルダも、体から光灰のようなものが出ていたかもしれない。遠くてよく見えなかったが。
「よし、また走って帰りましょ」
そう言って二人は休憩が終わるとまた走り出した。
──木の影に隠れて、誰かが二人の様子を静かに見ていたことは、誰も知らない。
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