003. 成立

ヒースは残りの男二人の前で構えた。正直言って、もうほとんど力は残っていなかった。


息をあげていると、ヒースの目の前で倒れていた男が立ち上がった。


倒せたと思っていたが、やはりヒースはまだ少し非力だった。


「大丈夫か?」


「あぁ、大丈夫だ。たかがガキの一発だ。もろに受けて少し意識が飛びかけただけだ。次は油断しねぇ」


男は頭を叩いていた。何度か手を打ちつけると、めまいが消えた。


男三人がヒースを睨みつけた。


ヒースはまた危険な状況に逆戻りだ。と言っても、最初から危険な状態だ。この村に来た時点で、みんながヒースのことを狙っているのだから。


ヒースは残りの力を振り絞ってなんとか立っていた。男が三人になった時はまた諦めそうになったが、もう腹を括った。絶対に、諦めない!!


ヒースは叫びながら拳を振りかざし、男たちに向かって行った。



──気づいた頃にはヒースは木にもたれかかって座っていた。と同時にものすごい痛みが体中を襲ってきた。


体を動かそうとしても、筋肉が微細に揺れるだけだった。


結局、あの後ヒースは男三人組に殴られ続けた。疲労のせいで、放てたのは最初の一殴りのみ。力が出せなくなったヒースはもう、捕まるしかなかった。


全身が殴られて、あざができていた。顔の頬が青くなり、口の中は切れていて舌の上に鉄の味が転がっていた。



「やっと落ち着いたぜ。次こそは両手両足をしっかり拘束しておかねぇとな」


男が乱雑にヒースの両手を取って、縄を結び始めた。


「ちょっと!そこのあんたたち!なに子供いじめてんの?」


気配を全く感じなかった。男たちは驚いて背後を振り返った。


木々の影から姿を現した。


指を差して立っている女の人がいた。動きやすく、耐久性に優れていそうな白い服に身を包み、同色のマントを羽織っている。ダボッとした茶色のズボンと険しい道でも駆け抜けられそうなブーツも履いていた。


真紅の髪の毛が風に靡いていた。目は凛々しく、光輝いている。首にかけている銀色のロケットペンダントが光った。


武器は持っていない。通りすがりの人か?それとも地元の人?それにしては男の人たちに比べて服とか容姿が整っている。


「誰だ?お前。ここら辺の者じゃないな。見たことがない!


これはオレらがとった獲物だ!早くどっか行け!」


女の人は状況を瞬時に察したようだ。


「子供を獲物だなんて。


赤目の子か……。その子が赤目を持っているから連れ去っていたのね。だからと言って、大人三人が子供一人にそこまでムキになってるなんて、酷すぎる」


「なんだと?テメェ!!」


一人の男が女の人に殴りかかった。しかし、女の人はその拳を避け、瞬時に一発男に放った。


放った拳は男の顔に、のめり込んでいた。男はその場で気を失い、倒れ込んだ。倒れた男の顔は赤く腫れ上がり、鼻から血を出していた。


「何してくれてんだ!女!」


「先に手を出そうとしたのはそっちの方でしょう?だから殴っただけ」


「くそ!」


男二人も女の人に殴りかかった。女の人は軽やかに攻撃を避けていく。

男の足をひっかけ、こかした。男は地面に顔面を強打して失神する。


もう一人も襲いかかるがやはり避けられ、首元に強い衝撃が与えられて、失神した。


女の人は最強だった。空気の波も、とてもしなやかに動きていた。あんな動きは見たことがなかった。



「大丈夫?赤目の子」


女の人はヒースに応急手当をしてくれた。ヒースは血を洗い落とし、顔のあざも少し引いている。


「骨をいくつか折っちゃってるね〜。とりあえず、包帯巻いて固定したからなんとかなるかな?」


「……すみません。ありがとうございます」


「いいのよ!」


女の人は豪快な笑顔を見せて親指を突き立てていた。


「赤目を持つのは大変ねー。全身ひどい筋肉痛みたいだけど、ずっと逃げて来たの?」


「……はい。ずっと走って来たんです」


「そっかー。君、親は?早く家に帰った方がいいよ」


分かっている。悪意はないんだ。でもヒースにとってその言葉は辛かった。


ヒースは俯いた。


それを察した女の人はぎくりとする。


「あぅ……悪いこと聞いちゃったね。ごめん、忘れて。


実はさ、私も今追われてて、逃げているんだ!


そしたら、たまたま子供をいじめている人を見かけてさ。まさか赤目を持つ子供に会えるとは」


女の人はヒースの瞳を覗き込んだ。


「へぇー。これが世間を騒がせている赤目かー。確かに見た目が全然違うね。売られるための子供に染められた赤い瞳は真っ赤で血の色って感じだけど、君はとても鮮やかな赤色だね」


そうだ。ヒースはこの瞳のせいで狙われている。そして、連れ去られかけたところをこの女の人が助けてくれた。紛れもなく、救世主だ。


しかし、まだ可能性は十分にある。この人も、ヒースを狙っている人だということが。


「……あなたも、俺を売るんですか?」


女の人は驚いたのか、瞳を大きく開けた。その後、腹を抱えて笑い始めた。


「私、君を助けんだよ??ひどいよ!私がそんなことするように見えるの?」


「じゃあ、なんでですか?なんで助けてくれたんですか?」


女の人は人差し指を突き立てて、顎に当てて考えた。


閃いた様子で、ヒースを指差しながら話した。


「君にして欲しいことがあるの。それは君にしかできない。だから助けた。そして、私と共に行動してほしい。どう?この言葉は信用できそう?」


ヒースはじっくりと女の人の顔を見た。特徴的な顔の動きの変化は見られない。嘘はどうやらついていないようだ。


「……具体的には何を?」


「おっ?乗ってきたね?


とりあえず、資金を集める。君はおそらく所持金が無い。そして、私も底を尽きた。君にはそのお手伝いをしてもらう。逃亡資金が必要なんだよ、私には」


「……分かりました。やります」


「よし!決まりね!」


嘘をついていないし、女の人は強かった。この人から強さを教わって強くなった方がいいと考えた。それに、やはり一人では行動できない。また連れ去られたら、本当にお終いだ。今回は本当に運が良かっただけだ。土地も、人も、文化も何もかも知らないことが多すぎる。まずはこの人と行動を共にして色々と知る必要がある。


「ティーシャ=マレットよ。ティーシャでいいわ」


ティーシャは右手を差し出した。


「ヒース=ヘムズワーヌ」


ヒースは差し出された手を強く握った。


「ヒースか、よろしくね!ヒース」




その時、どこからか爆発音がした。大きな音が森中に響きわたる。鳥たちが危険を感じて空へと飛び立った。


空には黒煙が上がっている。


「え?何が起こってる?」


ヒースは少し揺れる地面と、見たことのない空気の波を感じ取って気味が悪くなった。


「やばい……。奴らが来た──!!」


ティーシャは上がる黒煙を睨みつけていた。

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