　すべては渾（こん）沌（とん）としていた。

　ひとりでもおおくの命をすくわねばならん。出来ればおれの家族もまもらねばならん。這（しや）般（はん）の新潟市内の渾（こん）沌（とん）を鳥（ちよう）瞰（かん）していた金城大尉は魁（かい）偉（い）なるスサノオノミコトを操縦し躬（み）自（みずか）らの生家たる木造家屋を目指し飛（ひ）翔（しよう）していった。神聖なるスサノオノミコトの『精神世界』にて金城大尉はスサノオノミコトそのものに物語る。「ミコトよ。最後に力になりたもうて有難く存じます。わたくしめの非力によって南蛮の天使を討てずにもうしわけありません。ですがミコトの御（お）蔭（かげ）でわたくしめはわたくしめなりの最善をつくせました。わたくしめは新潟市とともに死ぬ覚悟も出来ております。ゆえにミコトの百（ひやく）骸（がい）九（きゆう）竅（きよう）まで薨（こう）去（きよ）なさしむるわけにはまいりません。ここでミコトとの魂（こん）魄（ぱく）接続を解除させていただきます。失礼いたします。大日本神國万歳」といい透明ななみだをながす金城大尉が『魂（こん）魄（ぱく）接続』を解除せんとした爾（じ）時（じ）高（こう）邁（まい）なるスサノオノミコトは金城大尉に物語った。ミコトののたまわく『爾（なんじ）は万事よくこなしたり。斯程勇ましき貔（ひ）貅（きゆう）はほかにあらむや。朕は爾（なんじ）をば気にいりたり。おそらく朕はふたたびあのミカエルなるものと戦ふらむ。朕は如（い）何（か）にしてもあの天使なるものをゆるせざり。恁（いん）麼（も）の爾（じ）時（じ）には金城大尉よまた爾（なんじ）とともに戦はむ』と。淋（りん）漓（り）たるなみだをながしていた金城大尉は韓（から）紅（くれない）の鮮血にまみれた左手の甲でなみだをぬぐいこたえた。いわく「ミコトよ。なればそのときは――」と。中途で沈黙した金城大尉にミコトののたまわく『そのときこそ朕も死する覚悟なれ』と。スサノオノミコトは恙（つつが）無（な）く大地に着陸し金城大尉は首（しゆ）肯（こう）して『魂（こん）魄（ぱく）接続』を解除した。満（まん）身（しん）創（そう）痍（い）のスサノオはふたたび量子力学によって粒子状態から波動状態の神性エネルギーへと還元され金城大尉は颯（さつ）爽（そう）と地上に降りたった。金城浩（ひろ）樹（き）は実家へ驀（ばく）進（しん）する。実家のまえには実母と祖母が彳（てき）亍（ちよく）していた。百（ひやく）骸（がい）九（きゆう）竅（きよう）を火傷（やけど）させたまま金城大尉はいう。「母さん。祖（ば）母（あ）ちゃん。逃げるっけんな。これから『天罰』がはじまるっけん」と。金城浩（ひろ）樹（き）の実母しのぶは両手のひらを口（くち）許（もと）にあてて喫驚する。「浩（ひろ）樹（き）。あんた。体は大丈夫んがあか」と。金城大尉は実母と祖母の手のひらを両手で掌握して獅（し）子（し）吼（く）する。