第5話 重石
王都から出発して一週間。
私は水浴びをして身体の汗や汚れを落とす。
「きゃ、冷たい~」
私は声を上げて喜ぶ。
冷たいけど、さっぱりする。
やっぱり水浴びはいい。
水浴びを終えると、私は着替えてテントに戻る。
そこにはヘンリー、カーター、アイン。それに兄様がいる。
「ああー。むさ苦しい」
「悪かったな。俺も望んでいないぞ」
ヘンリーは軽口を叩く。
「ま、紅一点って奴だな。期待しているよ、クレア嬢」
「クレアでいいわよ。呼び方はどうでもいいわ」
「ははは。じゃあ、ボケナスでもいいかな?」
アインがクツクツと笑う。
「はー。これだから男って。いいけど、他の人が見たらどう思うかな?」
「……わりぃ……」
想像したのか、肝を冷やすアイン。
「ま、良識がないのは範囲外ね。良識ある態度こそ、人になれるのよ?」
「おれは人じゃないってか?」
クツクツと笑うアインに、曖昧な笑みを浮かべる私。
「ま、人は考える葦であるとは誰かの言葉だね。つまり、考えなければ植物以下の存在なのよ。私たち」
「おいおい。まるでおれが考えなしでしゃべっているようじゃねーか」
ジト目を向けるとアインの血の気が引いていく。
「え。マジで言っている? おれ、そんなに嫌われていた!?」
「今更だな」「今更だね」「今更よ」
「わ、悪い。悪ふざけがすぎた……」
アインはばつの悪そうな顔で俯く。
「まあ、アインのバカさは許してやってくれよ。クレア」
「いいわよ。バカが取り柄みたいなものだし」
「その言い方、傷つくな……」
アインが苦虫をかみつぶしたような顔で応じる。
そうして談笑をしながら食事をする。
荷馬車に揺られて二日。
なんとか前線司令部のあるテントにたどり着く。
「ようこそ、おいでくださいました。当軍の司令・マリア=サンタリアです」
「お。私と同じ女の子じゃない!」
テンションが上がる私はつい抱きしめてしまう。
「クレア」
ヘンリーが咎めるように言う。
「す、すみません。マリア」
「い、いえ……。しかし、どうしますか?」
「まずは交代で見張りをしましょ」
「はい。それはいいですが……」
「そして交代要員以外は飲み明かすわよ!」
「え。ええ――っ!」
マリアは驚いたように甲高い声音を上げる。
「うるさいなー。まずはアッシュ、グーン、ライトの三人で見張り、次にブリング、オールナイト、ミッシュ、最後にエレン、マッシュ、グリーンの順で見張りを」
「え。そのメンバーって」
そう、このメンバーは真面目だし、仲が良い。
だからこその采配だ。
このメンバーなら安心して任せられる。
そしてその間に休息をとる。
その日の夜は宴会になった。
街から大量の串焼きやステーキ、サラダ、スープなどを買い占めて、最後にビールを買う。
「なあ、クレア嬢ちゃんよ。なんでおれたちにこんな手厚くしてくれんの?」
「何を言っているのですか。あなたたちはこの世界の守り手。それを大切にするのは当たり前でしょう?」
肩を組んできた男の手を払いのけて言う。
「ははは! ちげねー。おれは守っているのよ。人々を安全な暮らしを」
そういってグレーテルはグビグビとビールをあおる。
「しかし、マリア様なら我慢しなさいと言うだろうに」
顔を赤くしてビールを飲み干すエス。
「いいじゃねーか。おれたちは頑張っているんだ。これくらいのことがあってもいいだろ?」
ビーが嬉しそうに裸踊りを始める。
わいわいと盛り上がっている。
そんな中、マリアがぐんでんぐでんに酔っ払ってこちらにくる。
「もう。今まで我慢していたのに~。まるで祝杯じゃないですかぁ~♡」
私に甘えたような声音を上げるマリア。
可愛いな!
「まったく、どういう魂胆ですか?」
「まずは戦士たちの疲労をとる。それからだ。見張りの交代も考えている。しばらくはこの宴会が続くかな」
「そんなことして攻められないですかぁ~♡」
「まあ、そこはなんとかなるんじゃないかな?」
私は近くでちびちびと飲んでいる兄様に目を向ける。
「ん? どうしたんだ?」
「いえ。なんでもありません」
自分の戦闘能力も分からない、か。
まあ、のこのことついてきたのだ。少しは働いてもらおう。
「ちゃんとした司令はあとでだすけど、土木作業用のスコップや魔力感知系の人を集めて欲しいし、他にも救援物資やストレッチャーかな。色々必要になるね」
私がそう呟くと、酔っ払ったマリアはケタケタと笑う。
「そんなの。まるで災害救助みたいじゃないですか!」
「ま、あながち間違っていないけどね」
初日の宴会が終わり、私たちは統合作戦司令部に詰めていた。
「まずは土木作業を行う準備と魔力探知系の魔法を使える人を集めて。その人たちは温存します」
「……分かりました」
「そして、本陣は敵歩兵部隊に向けて侵攻を開始する」
きっとつり上がった目を見る。
その日の夜も宴会をし、初日の見張り役も一緒に飲むこととなった。
そしてみんな普段貯め込んでいたストレスを吐き出す。
これでいい。
これで私の計画は進む。
「明日も宴会をやるからね」
私はみんなにそう言いながら、次の準備段階へと移行する。
小さな小高い丘の上に立つ私たち。
「出陣だ! 一人も殺すな!」
みんなが馬に乗り、大剣や槍を構えて出陣する。
ドワーフたちは鉱山の裏手から襲ってくる。
《私たちはまず、この鉱山の上を駆け抜けます》
ドワーフがこちらに攻めてくるが、それをかわし山の上を目指す。
それを追いかけてくるドワーフ。
小さな山で上りやすい地形でもある。
上っていくと、私は地形を見やる。
「やるわよ。重石切り離し!」
そう言って後ろを走る友軍が馬に詰んであった重石を捨てていく。
魔法陣が描かれていた重石は軽量の魔法を失い、本来の重さを取り戻す。
坑道で穴だらけになった山に重石が加わる。
地面が砕け、穴が広がっていく――。
「ひ、退け――っ!」
ドワーフのリーダーらしき人物が声を張り上げる。
「第二陣、侵攻開始!」
待機していた仲間がのろしを上げる。
もう遅い。
崩れ落ちていく地面にとらわれ、転んだり、落石に巻き込まれるドワーフが多数現れる。
そんなドワーフの背後から攻めてくる友軍。
「先陣隊。ドワーフの救援に迎え! 急げ!」
私は声を張り上げ、槍を捨てる。
戦意を失い、友を助けようとするドワーフたちに加わり、私たちも救援活動を開始する。
「貴様ら、なんのつもりだ!?」
「あなた方が反旗を翻さなければ、戦う意味なんてないのよ!」
「……っ」
渋面を浮かべるドワーフたち。
災害救助の訓練を受けている軍人だ。
救出するのは手間ではなかった。
そして、ドワーフたちを近くにある本陣に迎え入れて、応急手当を始める。
救助までに二時間。
まだ行方不明者がいるが、それもじきに助かるだろう。
なんと言っても、もとからこうなることを予測していたからだ。
「しかし、重石で山を潰すとは……」
悔しそうに顔を歪めるドワーフ。
「あなたたちが敵対していたのは金属の還元率と買い付けの低さと災害時の手当ですよね?」
「そう、じゃが……」
「その辺り、ちゃんとサイラス様と話し合ってください。そうすれば、反乱する意味なんてないんだ」
「……わしらの面会など……」
弱小ものはどこにいっても卑下される。
数少ないドワーフの民族が生きていくには、金がいる。
だからこんな反乱を起こす事態にまでなった。
ちゃんと管理していない国王も悪い。
だからこそ、話し合いの場を設けなくてはいけなかった。
その上で反乱を起こすほどの戦力差ではないと知らせる必要があった。
私は話し合いの場を設けるのが任務みたいなものだ。
「最後の一人が見つかったぞ!」
「すぐに救援を!」
私が大声を上げるとストレッチャーで運ばれいくのを見届ける。
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