第4話 ドワーフ独立運動

 西区にベリーズと呼ばれる国境線沿いの小さな集落がある。

 鉱山産業で成り立っている集落だ。多くの鉱物資源がとれ、なおかつ鍛冶場としても有名だ。

 ここで作られる剣や槍、弓というものは大変貴重に扱われる。

 そして私が持つルビーも、その一つである。

 これは亡き父が残してくれた遺産――。

 私の出生や学歴、地位などは一切伏せてある。

 どこで生まれ、どこで育ち、どんな時代を歩んできたのか、知りたがる者も多い。

 だが、私はそのこそが自身を滅ぼすと考えている。

 家族も、友も、恋人もいない。

 そう思わせた方が世界にとって、国にとって都合がいいのだ。

 ただ一つ言えることは、私は才女として知られていること。

 それ自体が各国、各地への牽制になる。

 世界への抑止力となっている以上、大事にはならない。

 しかし、まあ、そろそろ頃合いか。

「クレア。探したよ。僕も参加するからね!」

 突如現れた兄様にいさまに目を丸くする。

「ねぇ。バカなの!? ヴィンセント兄様!」

「いや、君を探すのに苦労したよ。でも幼い頃から鉄棒が好きだったものな」

「兄様、自分が危険な立場であると知っているの?」

「なに、クレアを助けたいと思って、さ」

「状況、悪化したのだけれど?」

 私は頭が痛くなる思いで、こめかみに指を当てる。

「よっ。とっ」

 私は鉄棒から降りると、兄様の顔をじろじろと見る。

「やだな。照れるじゃないか」

 私には血のつながっていない兄妹がいる。

 その一人が彼だ。

「はぁ。しょうがないわね。今度の作戦に付き合ってもらうわよ?」

「今度の作戦?」

「え。兄様が命令書をもってきたんじゃなくて?」

「え?」

 初めて知ったとばかりに目を見開く兄様。

 兄様は金色の髪を無駄に爽やかな彼は、ふわっさとかきあげて、水色の衣服を正す。

 中肉中背。青い瞳をしており、穏やかそうな顔立ちをしている。

 困ったことに、女子からは人気にんきがあり、貴族令嬢を抱き込んで今の地位にいる。

 でも私にはそれはあまり関係がなかった。

 自由気ままに生きてきた私にとって、兄様の存在を知られるのは良くないことだった。

 だからここ六年、連絡を絶っていたというのに。

「まあ、クレアが元気そうでなによりだよ」

「そうね……」

「ま、あとは任せるよ」

 そうだ。いつも勝手で他人を振り回してきた。それはもう一種の才能と思えるほどに。

 爽やかそうな見た目に騙される女性も多いと聞く。

 家ではぐうたらでどうしようもない兄様というのに。

「ま、久々に会えたのはうれしかったですが……」

「司令! 西側ベリーズにてドワーフたちが反乱、独立運動を始めました!」

「ま、そうなるよね……」

 北区での騒ぎに乗じて反抗をする者も多いだろう。しかし、しばらくすれば北区での内乱は収束されたことを知り、抑止力になると考えたのだが……。

「バカ者め」

「クレア、どうする気だい?」

 兄様が困惑した様子で見つめてくる。

「この御仁は?」

 衛兵のルイが疑問符を浮かべる。

「あー。私の兄よ。気にしないで」

「は、兄上でありましたか。失礼しました!」

「いいんだよ。僕は侯爵家跡取りのボストニア嬢の夫であり、国で三番目のくらいにいるだけだから」

 爽やかな顔で、嫌みたらしいことを言っている。

 まあ、皮肉に聞こえないだけマシか。

 私は兄様を連れて作戦司令本部に向かう。

 捕虜を独断で解放したことにより、部下からの視線は痛いものへと変わっていた。

 その中でも変わらず接してくれるのが、ヘンリーだった。

「どうします?」

「まずは地図を見てからよ。それに策がないわけじゃない」

「でも落とし穴はできませんよ? あちらは坑道がアリの巣のように張り巡らされていて、もろくなっています。何かの拍子に崩れ落ちるかと」

「ヘンリー、それを逆手にとるのよ」

「まさか、意図的に?」

 地図を見つつ、私は良案を探す。

「ま。この程度ならたやすいわね」

 おおよその敵の数と地理を理解すると、すぐさまにでも編成と近くにいる部隊を集結させる。

 各地に散らばった軍隊を操れるのは、ひとえに王様のお陰。そして私の力量である。

「作戦の文書は暗号化して」

「お。僕も手伝うよ」

「兄様は黙っていて」

 きつく言うとしょげる兄様。

 ヘンリーに任せると、私は次の作戦を考える。

 坑道を利用し、敵軍の気勢をそぐ。そして第二段階。

 彼らを降伏させて、仲間に戻すには王様の意見が必要だろう。

「明日。王都に出発する」

 私はキビキビした態度でヘンリーやカーター、アインに目をつける。

「ヘンリー、カーター、アイン。来い。王都で正確な作戦を練る」

「これからですか? でもさっき坑道を利用するって」

「そのあとの問題をいち早く解決しなくてはならないわ。そう、兄様にも手伝ってもらおうか」

 荷馬車で王都まで二日の距離を行く。

 その間、むさ苦しい男たちに囲まれて生活をする。

 女の子の剣士いないかなー。侍女としていることが多いからいないだろうけど。

 私のような自由人の方が珍しいのだ。

 それは自覚している。

 でも、女友達が欲しくなる。


 王都にたどり着くと、さっそく国王との面会を行う。

 向こうも話したいことがあるらしく、謁見の間にて、玉座についていた。

「なるほど。しかし、ドワーフの言うことも一理ある。あれだけ強大な財力を持てば、一国家として成り立っていない方がおかしい」

 王は蓄えた髭を撫でて、慇懃無礼な様子で睨めつけてくる。

「いえ。それだと独占している金銀の値をつり上げて、最終的にこの国の財政を破綻させるでしょう」

 ヘンリーたちはぽかんとした様子で見てくる。

「なるほど。だが、戦うにしてもこちらに勝ち目はあるのか?」

「はい。坑道を利用した一発逆転の手があります。それに……」

 戦力差は大きい。

 こちらが用意できる軍隊は三百。

 ドワーフはたったの数十人。

 そんなので反抗をしようとするのだから、勝手が悪い。

 このまま圧力で崩すこともできるが、どの道《非道》と罵られるだろう。

 無力なドワーフに武力をしかけた――他の国々から危険視されるのは当然だ。

「このまま交渉に持ち込みます。そちらの処理をサイラス王様に任せたいのです」

 天才と呼ばれている私だが、交渉術が得意とは言いがたい。

 それにそんな時間があるのなら、ずっと寝ていたい。

 睡眠の重要性を説くのもいいが、サイラス王はそんなことを許しはしない。

 と、さておき。

「相手は素人です。一人も殺さずに納めたいところです」

「ほう……!」

 サイラス王の眉根がピクッと跳ね上がる。

「やれるのか?」

「ご覧に入れましょう。ただし、高くつきますよ?」

「ふん。それでイア鉱山とドワーフが抱き込めるなら安いもんだ」

「そうかもしれません。じゃあ、私を戦場に連れて行ってください。もちろん武器も添えて」

「え。クレア嬢、自ら……!?」

 目を瞬き驚くヘンリーたち。

「そ、そんな無茶な!」

「でも、私が出ていなければ、ドワーフから死人がでます」

「何を言っているのです。奴らは反乱分子。国家にあだなすものですよ!」

「そうだ。そうだ。仕掛けておいて死にたくないなど、戦場ではありえない!」

 ヘンリー、カーター、アインが口々に戦士としてのあり方を説く。

 それは分かっている。

 分かっているが、ドワーフは付和雷同しているだけ。仲間入りができたつもりなのだ。

 ハワードたちに。

 彼らがそう望むのなら、ハワードと接触する前に納めたい。

 本当に危険なのは、後ろから牛耳っている奴らだ。

 国王でも、ドワーフでもない。

 やってやるさ。

 なんたって私は天才だからね。

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