第3話 捕虜解放

 私は捕虜とともに、近くのアルザッヘルへと向かっていた。

 第三次アルザッヘル紛争はここに終結した。

 あとは軍隊を連れて防衛戦の強化が必要ではある。が、それは他部隊に任せている。

 私たちは勝利の美酒を味わうために街へ兵を向けていた。

 勝利したのだから、祝うのは当たり前だ。

 アルザッヘルには多くの同士が集まり、様々な物資を救援してくれた。

 その中には多くのお酒がある。

 私、お酒が飲める歳じゃないから――。

 そう言って断るが、オレンジジュースで乾杯の音頭をとる。

 みんなが落ち着いて酒を飲み始める頃には裸踊りや、一発芸を披露するむさ苦しい男たちであふれかえっていた。

 私は苦笑しながら、ジュースに口をつける。

 ちょっと間を縫って私は酒樽を一つちょろまかす。

 向かったのは牢屋に捕まった捕虜たちのもと。

「へいへい。そこの兄ちゃん。一緒に飲まない?」

 そう言ってお酒をチラつかせる。

「は。おれたちは敵だぜ?」

 捕虜の一人が目をギラつかせる。

「んなのいいじゃん。負けて飲むのはありえるっしょ?」

 あくまでも軽口を叩く私。

「ち。敵からの施しなど……!」

「いいじゃん。いいじゃん。飲もう? メービルの90年ものだよ?」

「……いい酒、飲んでんな……」

 捕虜の一人がゴクリと喉を鳴らす。

 そっと手を伸ばす捕虜。

 それからは手が早かった。

 みんな捕虜であることを忘れ、飲み出す。

 その夜はどんちゃん騒ぎでみんな泥酔するまで飲み明け暮れた。

「さあて。どうするかな」

 私は手のひらでコルクをもてあそぶ。

 鉄棒で回転し、足だけで鉄の棒につかまる。

 世界がひっくり返って見える。

 次はどの手をうつか……。

 ちろりと舌を出すと、風、空気、匂いを感じ取る。

「ははは。そうくるかー」

 奴らは捕虜を使ってまで、この町を落とすつもりだ。

 単身、スパイが捕虜の鍵を開けて、内部から混乱したところで、外から攻撃する。

 一種の陽動作戦だが、悪くない。

 敵の指揮官なら私もそうしていたかもしれない。

 だが――。

「先手はうってある」

 酒で酔った捕虜が役立つとは思えない。

 私は捕虜のいる地下へと向かう。

 そこにいるはずのスパイをあぶり出す。

 それが今回の目的だ。

「なんでみんな酔っ払っているんだ……」

 スパイが苦々しく呟く。

「そこまでだよ?」

 私は剣を構えて、スパイの前に立ちはだかる。

「くっ。……分かった。降参だ」

「毒矢は撃たなくていいのかい?」

 私は毅然とした態度で訊ねる。

「……そこまで読まれていちゃ、おしまいだ」

 両手を挙げて、残念そうに呟く。

「じゃ、身体を調べるね」

 男の身体を触り、毒矢と短剣を奪うと、そのまま牢屋に閉じ込める。

「大人しくしていてね~♪ じゃあ、また!」

 そう言って牢屋を後にする。

 ぐでんぐでんに酔っ払った一団を前に、私はスパイを捕まえたことを報告する。

「な、我々の寝込みを狙うとは。不届き千万!」

「飲み過ぎなのよ。軍としての機能が失われるまで飲むってどういうこと?」

 私は辛辣に言う。

 こうでもしないと、彼らは間違いを正さないだろう。

 強めに言ったのは理由がある。

「ま、今回はこれくらいにしておくわ。これからは交代性で飲みましょ?」

「おお。その手があったか!」

 うんうんと頷く兵士たち。

 こんな簡単なことも思いつかないのも問題がある気がするな。

 でも平和のために。

「さて。ヘンリー・カーター。ちょっとついてきて」

「は、はい!」

 私はヘンリーと一緒に地下牢の捕虜に向かう。

 冷えた牢では暖を取るのもやっとだ。

「それで? 何をするんですか?」

 ヘンリーが苦い顔を向けてくる。

「あー。大丈夫大丈夫。君のすることは見届け人としての意味合いだから」

 私はクスッと笑うと目を捕虜に向ける。

「なんだ。姉ちゃん」

「昨日の酒、うまかったぜ」

「姉ちゃんも味見したいな」

 一人変態がいると理解した上で訊ねる。

「あなたたちはなんで兵士になったのかな?」

「何言っている。家族のため、仲間のためだ」

「なら、もう二度と戦わずに家族と会えると言ったら?」

「どう、いう意味だ……?」

 警戒心を強める捕虜たち。

「勘違いしないで。戦わないと約束すれば、家族のもとへ解放する、って話」

「なぜ、そんなことを?」

 ヘンリーが驚いたような顔でこちらを見やる。

「そっちの兄ちゃんの方がよっぽど賢いぜ?」

「それとも情はない、と?」

 笑みを見せると、捕虜たちはうなるように声をもらす。

「帰りたいんでしょ?」

「……分かった。戦場にはでない。あとは逃げて生き延びる。そういうことだろ?」

「ええ。亡命するならもっと早く話が片付くのだけれど?」

「家族と一緒に亡命か……それもいいかもな」

 昨日一晩、一緒に語り合った仲だ。気も緩んでいる。

「おう。おれたちまだ生きていけるぞ!」

「ふふ。そうね。じゃあ、一人ずつ名前を書いていってね」

 契約書に名前を書いてもらい、捕虜をその場で解放する。

 と、

「あ。君はダメね。変態くん」

「ははは。マジすか……」

 変態くんだけ牢屋に押し込められる。

「それと、スパイくん。オエンベリというのは偽名かな?」

「ああ。なんだ?」

「相手の指揮官や軍人の数、知っている情報を洗いざらい吐いてもらうわよ?」

「そうかい。おれは話すことなんてないがな」

「そんなことを言っていられるのかな?」

「……どういう意味だ?」

「間もなく北区で起きている紛争は内部から瓦解する。あなたの故郷は多大な負債を抱えることになる。それでも故郷に未練があるの? 経済的安定を求めるなら、こっちの国にくることをオススメするわ」

 理解できていないのか、オエンベリは困ったように眉根を寄せる。

「ど、どうして内部から瓦解するんだ? そんなのやってみなくちゃ分からないだろ」

「人間ってだいたい愚かにできているものよ。そして呪縛からは逃れられない。自分たちのしている過ちにすら気がつかないのだから、変革は訪れないでしょ?」

 ヘンリーも困惑した顔でこちらを見やる。

「つまり、どういうことです?」

「しばらくは前線を立て直すのに力を注いでいたけど、これからは前線を押し上げていくわ。敵陣地に入るから警戒しなくてはならない」

「それは理解しています」

 ヘンリーはこくりと首肯する。

「でもこれからは、二択が迫られる。オエンベリの情報を元に安全かつ、誰も死なせない策を考えるか。あるいは、このまま強行突破し、多くの人命を失うか」

 私はクスクスと可愛く笑い、告げる。

「そんなのあり得ないだろ……」

 オエンベリが必死に否定する。

「大丈夫、大丈夫。オエンベリが話さなければ、数百人という命が散るだけだから」

「くっ……」

 苦悶の表情を浮かべるオエンベリ。

「あ。そうだ。昨日の残りの食事と酒持ってきて。ヘンリー」

「いいですけど……。ふるまうんですか?」

「そうよ。元々私たちの仲間だったんだし、それくらいいいでしょ?」

「おれは手込めにできるものか」

 いきっているオエンベリ。

「あー。まあ、気楽に話をしましょう。平和ってどうしたらいいと思う?」

「何を言っている。武力と武力が拮抗しない限り、真の平和は訪れない」

「そうね。同じレベルでの争いが戦争、そうでないのはテロだし。ある意味間違っていない」

 人差し指を立てて、ちちっと音を立てる。

「でも、人間はわかり合えることもあるんだよ。相手の気持ちに寄り添うことが一番重要じゃないかな?」

「何をきれい事を。そんなことで世界が変わるとでも、本気で言っているのか?」

「本気も本気。私、けっこうなサイコパスだからね♪」

「敵の大将が、こんな……」

 オエンベリは血の気の引いた顔で牢にある壁にもたれかかる。

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