第55話 フォトグルッペのセミヌード

 楓と早紀をモデルにした春樹の写真が、写真雑誌「月刊フォトグルッペ」5月号のポートレート部門で、特選に入選した。

 昨年度から通算すると3回目の入選で、年間フォトグルッペ賞の可能性があった。


 年間フォトグルッペ賞を受賞した作品は、12月に発売される新春号の付録卓上カレンダーになる他、同誌の姉妹誌「季刊フォトグルッペ」のグラビアに掲載されるのが恒例であった。

 季刊フォトグルッペはポートレートとヌードのページが多く、写真フアン以外にも人気があり俗に、美女グルッペとも呼ばれていた。


 季刊フォトグルッペは新人カメラマンを登用することが多く、この雑誌を足掛かりとして世に出たカメラマンが大勢いた。

 プロモデルを抱えるプロダクションもフォトグルッペ入賞者には、積極的に低ギャラの新人モデルを紹介した。


 春樹の下にも雑誌社を通じ、いくつかのプロダクションから、十代の新人モデル派遣の話があった。

 春樹の写風は絵画で言えば、東郷青児的と言えば分かるだろうか、ソフトな甘い感じのする、ほっそりとした女性像であった。


 この雰囲気を作るため、フイルムは明るい鮮明な発色で知られ、プロカメラマンに愛用者の多かったフジクロームベルビアを避け、敢えてやや沈んだ色合いのフジクロームプロビアを使用していた。


 しかしプロダクションが派遣したモデルは、春樹の希望するモデルとは正反対の、健康的なピチピチギャルであった。

 せっかく来てくれたモデルを断るのは悪いと思い、2名のモデルを伴い3時間借りた広尾のスターライトスタジオに入った。

 春樹は衣装の指定をしていなかったので、彼女らが着用していた私服でフィルム20本を撮り終えた。


 だが時間はまだたっぷりあり、彼女らもこの後の予定はないと言った。

 このまま撮影を終えても良かったのだが、彼女らはプロダクションが用意してあった水着に着替え、「水着は3着用意してあります」と言い、「出来れば全部写して下さい」と、言った

 新人モデルとしては仕事を確保するためであり、同情した春樹は用意してあったフジクロームプロビア50本のうち10本を残し、撮影を終了した。


 しかし二人は衣装を提供してくれた、原宿の洋服メーカーに返却するにあたり、提供してくれた衣装の物撮り写真(商品の写真)と、撮影者の顔写真とプロフィールを付けて返したいと言い、その場で水着を脱いだ。

「ちょっと待ってくれ」と言ったが、彼女たはタオルで体を隠し、これを全部撮って下さいと言い、スタジオの床に着衣の全てを並べた。


 提供してもらったのは水着だけかと思っていたら、帽子、洋服、アクセサリーと下着以外は全部、プロダクションが洋服メーカーとアクセサリー企画会社から借りてきたと言った。


 物撮り写真をどうするのかと聞くと、掲載された雑誌の写真にカメラマンのプロフィールを付けて販売店に飾ると言った。

 フアッション写真の世界ではこのように、洋服メーカーや輸入代理店を回り、提供してもらうのがアシスタントの仕事だと言う。

 モデルやプロダクションが借りる時は、スタイリストという人が、この任に当たり、掲載する雑誌がない時は今回のように、店頭に並べて商品の宣伝に役立てるのだとか。


 春樹がプロカメラマンになる気があるか、ないかはさておいて、提供してくれた会社は、「雑誌で紹介された人気商品」という担保を取ったのであった。


 春樹自身はこの写真を気に入っている訳もなく、フォトグルッペに投稿することもなく、フイルム50本は無駄になるかと思っていたら、以外な買い手が現れた。


 事務機販売会社の隆三が取引を始めた外車販売会社が、彼女ら二人を幕張メッセと大阪インテックで開催される自動車ショーのキャンペーンギャルとして、採用したいと言い出した。

 そして来場した客に春樹が撮影した写真を配ると言った。


 さらにこの会社はアメリカのプレジャーボートの代理店になっていて、ポスターと

 パンフレット用の他、油壷など各地のマリーナで外車とプレジャーボートの展示会を行い、ボート関係の雑誌に載せる写真を春樹が撮ることになった。


 春樹はほっそりした東郷青児風のことなどすっかり忘れ、おまけに入賞した時モデルになってくれた妻の早紀と楓のことも忘れ、ピチピチギャルの大胆な水着写真を撮ることになった。


 ☆☆☆☆


「フォトグルッペの5月号を見たか?春樹が写した写真が載ってるだろ」

「ああ、見たで、東郷青児の絵みたいな写真やけど、モデルは誰なんかな」


「知らんけど、オレのタイプじゃないな」

「へぇー、巌にもタイプがあったんか、知らんかったな」


「オレだってタイプはあるさ、百恵も芳恵も郁恵もいいな」

「この前までは楓だけって言ってたのに、もう変わったのか?薄情なやっちゃな」


「楓は別格だ、あの3人だって唄ってるだけじゃないぞ、この前なんか、百恵がオレに向かって手を振ってくれたからな」

「百恵が手を振ったのは巌だけやあれへんな、あれはカメラに向かって手を振ったんや」

「それはそうだけどよ、子どもの夢を奪うなよ」

「都合のいい時だけ、子どもになるんやな、さっきまではフォトグルッペのねえちゃんを、ジーッと見とったな」


「仕方ないな、春樹も楓は脱がさないと思うからな」

「じゃあ、フォトグルッペのねえちゃんは楓の代役か?」


「今のところは、そういうことになるな」

「じゃあ、フォトグルッペに楓さんが出ていても、巌は見ないんやな?」


「見るに決まってるだろ、だけど出てないから代役で我慢してんだろ」

「ところがな二月号には春樹さんが写した楓さんが、載っとるで、11月号は早紀さんで、9月号も楓さんだ、だけど巌には同じモデルに見えるやろな」


「どういうことなんだ?」

「春樹さんは、早紀さんと楓さんの二人をモデルにしてるけど、照明とか露出とかフィルターの技術を使って、どっちも同じように写すんだ、これが春樹流ってヤツなんやろな」


「なんだ春樹流ってのは、東郷青児の絵みたいなのっぺりとした写真のことか、面白くもなんともねえな」


「ほんまか?春樹さんは今月からピチピチギャルの、セミヌード写真に転向したから、来月号でまた特撰に選ばれるやろな」

「来月号は楓のセミヌードだって?、早く言えよ」


「楓さんのセミヌードとは言ってないけどな」

「じゃあ、誰のセミヌードなんだ」 


「写すのは春樹さんやけど、モデルはオレ達と同じ位の歳の本職モデルや、不満か?」

「楓でなかったら、セミヌードでも全ヌードでも、面白くもなんともないだろ」


「そうかな、だけどそのモデルが生で見れるとしたらどうする?」

「きっと舐めに行くだろうな」


「そうやろ、そう思ったわ、じゃあ舐めに行くか」

「場所はどこなんだ」


「9月に住之江の大阪インテックで、大阪自動車ショーがあるんやけど、そこに出展してるアメリカの車のキャンペーンギャルや」


「ウッシッシ、待ちどうしいな」

「変な笑い方するなよ」

























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