第54話 蒲南荘の就任祝い

「やっぱりぼてぢゅうのお好み焼きはおいしいわね」

「来てよかったわね、今度八王子の小夜さんも呼びましょうよ」


「そうね、小夜さんとは東京ディズニーランド以来会ってないしね」

「ご主人の隆三さんはこの前店に来たわよ。ゴルフコンペの帰りに道の駅で買って来たと言って、野菜を持ってきてくれたわ」


「外車販売店のコンペじゃない?自動車雑誌に隆三さんも載ってたわ」

「隆三さんがどうして自動車雑誌に載るの?」

「隆三さんの会社がアメリカの車に、自動車電話とFAXを取り付けることになったのよ」


 携帯電話がまだ大型で、重くて肩から下げていた時代、移動通信手段としては携帯電話より自動車電話の方が需要が多かった。ことに輸入自動車は法人の役員車として採用されることが多く、販売政策的にも電話を装備した自動車は、外車販売店にとっても必需品であった。中には電話とFAXを標準装備する車種もあった。


 隆三の会社はオフィス内で使用する事務機が中心であったが、あるアメリカ車のストレッチリムジンに、事務機器の関連から電話及び、車載FAXを納入することとなった。

 マイクロフィルムリーダーの納入に当たっては、コダック社に苦杯を喫したが、隆三は輸入自動車業界に進出する足掛かりを得ることができ、地道な努力は無駄にはならなかった。


「うちのクリーニング店もパソコンとFAXを入れたけど、自動車にも電話とFAX が付く時代になったのね、そのうち電話もパソコンも、ポケットに入るようになるかも知れないわね」


 ☆☆☆☆


「そろそろうちの店も、パソコンを入れたらええのと違いますか?」

「パソコンな、うちも考えとったで、お好み焼きには要らんと思うけど、1階の文房具の方には必要やな、そやけどよう使いこなせるかな」


「大丈夫ですよ、私はいつも暁に教えてもらろうていますから」

「暁さんは東京にいてるんやろ、どないして教わるんや」


「パソコンでメールをやってるし、FAXもあるよって、楽なもんですわ」

「そうか、あんたは家でパソコンを使うとるんか、進んでるな」


「暁がうるさく言うので、仕方なくですけどね」

「仕方あってもなくてもええけど、たいしたもんや」


「慣れてしまえばもう手放せなくなるんやけどな」

「あんたも商売うまいな、その調子でパソコン導入の費用をとり戻してくれへんか、

 それやったら考えてもええな」


「商売の上手さでは女将さんに勝てる人なんておらへんて、もう負けたわ」

「そうか ほな考えてみるな」


 ◇◇◇


「今日の話は一体何なんだ、面白くもない話を並べちゃって、オレたちにあんなもの必要か?」

「しょうがないだろ、パソコンで絵を書く時代なんだから」

「絵と言ったってよ、漫画だろ、オレたちは漫画を勉強してんのか、違うだろ、油絵と漫画は違うと思うけどな」


「写真が出来た時もあの頃の画家たちは『仕事がなくなる』と言って騒いだらしいな、そやけど絵はちゃんと残ったやろ、だから大丈夫だと思うな」

「だけど肖像画は無くなっただろ、肖像画を画いてたヤツら失業だろ、どうしてくれるんだ」


「どうしてくれるんだと言われても、どうしようもないな、中曽根さんに言ってくれよ」

「中曽根さんはどうしようもない女だな『川に流れ~る~』なんて歌ってるくらいだから、画家の意見だって聞き流してしまうだろ」


「それは中曽根美樹やろ、オレのいう中曽根はロンヤスのヤスの方だ」 

「なんだあいつのことか、もっと早く言えよ」


「ロンとヤスは群馬の山奥のボロ別荘に立て籠って、ほら貝を吹きあった仲だから、二人できっと画家のことも考えてくれたと思うな」


「なんだ日本とアメリカのホラ吹き野郎か、ますます信用できないな」

「だけどロンは西部劇のスターだし、ナンシー夫人は美人だから、巌なら許すと思うけどな」


「お前も一丁前の口を叩くようになってきたな、取り敢えず今日のところは許してやるな」

「ホントに分かってんのかな」


「大丈夫だ任せとけ、オレがナンシーを助けてやる、待ってろよ」

「駄目だこりゃあ」


 ☆☆☆☆


「おい暁、大丈夫か?」

「駄目だ、昨日はお前のせいで飲み過ぎたじゃないか、どうしてくれるんだ、責任取らすからな」


「馬鹿なことを言うな、昨日はお前が律子の彼氏に就任したお祝いだろ」

「お祝いなのにどうして割り勘なんだ、ご祝儀を出せよ」


「オレの時も割り勘じゃなかったか」

「あの時はしょうがないだろ。お前の場合は、三日くらい様子を見ないと分かんねえからな、今日まで続いてるのは奇跡だな」


「勝手にほざいてろ、オレと瞳は永久に不滅だ」

「聞いたことがあるような気もするけど、何だったかな、頭が痛くて思い出せねえや」

「それは酒のせいじゃなくて、地頭の問題だ」

「子どもの頃から磨けば光る、って言われてたけどな」


「だから、磨きが足りないんだ、軽石で擦ってみろ」

「軽石で擦るとお前みたいになれるのか」


「まあ なれなくても、近づくことはできるだろうな」

「じゃあ やめとくわ、まだお前みたいにはなりたくないからな」


「何の話だ?」

「お前に紫電改を勧めたのを忘れたか、まだ効果は出てないようだけどな」

「紫電改は飛行機だって言っただろ」


「まあいいわ、これ以上言うと傷付くヤツもいるだろうし、アデランスのヤツらも困るだろうからもう止めとくな」


「おかしなことを言うヤツだな」

「ところでよ、今度スッチーとのデートはいつなんだ?」


「瞳ちゃんて言うんだけどな、まあいいか、明日会うつもりだ」

「だったらよ、これだけはマジで聞いてくれ」


「なんだよ、言ってみろよ」

「お前の肩に付いてる白いの、フケだろ、かゆくないか?」


「ちょっとかゆいかもな」

「ちょっとじゃないだろ、それよっかそんなのは、瞳ちゃんに嫌われると思わないか?」

「嫌われるのはまずいな」

「そうだろ、だからオレが特効薬を教えてやるわ、今シャンプーは何を使ってる?」


「何だカネボウのシャンプーの宣伝か」

「そうじゃない、オレもカネボウのシャンプーなんか使ってないぞ」


「ホントか?信用できないな」

「ホントにマジで聞いてくれ、他のメーカーにいいシャンプーがあるから、騙されたと思って使ってみてくれ、効果てきめんだから」


「じゃあ、言ってみろよ」

「ジンクピリチオン、って言う成分が入っているシャンプーを使ってみろ、マジで効くから」

「ややっこしい名前だな」

「もう一度いうな『ジンクピリチオン』だ『Zpt』と 略してることもあるな」


「ジンクピリチオンか又は Zpt だな、具体的な商品名は言えないのか?」

「ちょっと前まではメリットがあったけど、今はP&G(プロクター&ギャンブル)の

 エィチ&エスが売ってるな」


「メリットは今でもあるけど、あれは違うのか?」

「正直にいうとジンクピリチオンには一度、問題を指摘されたことがあったんだ、それで今のメリットには代わりの成分を入れてるんだけど、フケには効果は無くなったな」

「問題ってどんなことなんだ?」

「ほんとに些細なことだ、だからP&Gは今でも使ってるし、問題は一度も出ていないな。だからオレは安心して使ってるって訳だ」


「ふーん………」

「試しにオレのを今日使ってみてくれ」


「よーし、今日使ってみるか、借りてくぞ、もし効果がなかったら、ほんとに首を絞めてやるからな」












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