第53話 ダンジリに乾杯

「おばちゃん、これは誰の絵?」

「名前は知らんけど、いい絵やろ」


「本物なの?」

「本物に決まっとるやろ、うちはバッチものなんか置かへんで」


「じゃあ値段はいくらで買ったの?」

「まあ、そこそこやな」


「おばちゃんの店、儲かってんだな税務署が来たら、がっぽり取られるだろな」

「あほなこと言わんといてな、税務署が来たって平気や、うちは優良納税店や、表彰もんや」


「じゃあ、偽物売買で東住吉警察に逮捕されるな」

「にいちゃん、あんた市立大の学生やろ、もっと勉強せなあかんな。この絵は正真正銘のメエド・イン・クラベエ・アネックスや」

「蔵兵衛ANNEX は、お好み焼き屋だとは知ってたけど、絵も作ってたとは驚いたな」


「おばちゃん、これはいつ頃に書かれた絵ですか?」

「そうやな、いつだったかな、ちょっと聞いてみるな『汐子、あんたんとこの春が、この絵をもって来たのはいつやったかな』


「えっ、エル? じゃあエル・グレコ?」

「ねえちゃん、あんた今何を考えとった?」


「エル・グレコと言えばあの受胎告知で有名な人ですよね、1億はすると思うわ」

「うちはお好み焼き屋やで 、エルグレーゴ なんとかいうものは、イタリア料理屋のメニュやろ、あんた店を間違えたんとちゃうか」


 てな具合でいろいろと問題を起こしながらも、春と巌の絵はお好み焼き屋、「蔵兵衛ANNEXの壁に飾られることになり、売れる見込みはほぼ無いが、とにかく見てもらえる場所だけは確保できた。


「オレと春のどっちが先に売れるかな」

「そりゃあオレに決まってるやろ、出来が違うわ」


「すごい自信だな、飛田を経験したら言うこともでかくなってきたな」

「巌かてそうやで、最近楓さんのこと言わなくなったやろ、他に彼女ができたんか」

「オレはまだだけどな、兄貴には彼女が出来たみたいだな」

「そんな変わった趣味の人がいたとは、世の中って広いんやな」


「それがな、すぐ近くにいたらしいんだ」

「近くってどこや」


「いいか先ず家が岸和田で、学校が兄貴の先輩で、親父は淡路にいたらしいぞ」

「先輩って何年くらい先輩なんだ」


「分かんねえけど2~3年じゃないかな」

「2~3才年上で岸和田やろ、きっと怖いねえちゃんやろな」


「おれもそう思うな、うまくやって行けるのかちょっと心配だな」

「きっと清原を女にしたようなねえちゃんだと思うな、投げ飛ばされるかも知らんな」


「投げるのは清原じゃなくて桑田だろ、桑田も岸和田か?」

「どこだったか知らんけど、富田林の同級生や、似たようなものや」


「お前は間違いなく清原にシバかれるな、9月も近いし気を付けろよ」

「9月に何があったかな」


「昔な、九月になれば、って言う映画があって、ロック・ハドソンというおっちゃんと、ジーナ・ロロブリジーナという、でかいオッパイのねえちゃんが出ていたな」

「巌はいつ見たんだ」


「蔦屋に行けば借りれるけど高いから、テレビで放送するのを待つって手もあるな」

「いつ放送するのか分からん映画を待てる訳がないやろ」


「映画がダメなら、『9月になれば』って言うラッパだけの曲もあるから 、ラジオで聞けると思うな」


「ラジオ関西で聞けるかな」

「ラジオ関西じゃ100年待ってもかからないと思うな」


「じゃあ、どこにダイアルを回せばいいんや」

「周波数は忘れたけど、FENっていう局に合わせたら聞けると思うな」


「FENなんて会社は聞いたことがないな」

「FENはアメリカの基地にある局だから、あまり知られてないけど、24時間アメリカの歌をかけてるから、英語の勉強にもなると思うな」


「なんや英語ばっかりか、それじゃ分からへんやろ」

「だけど 窪田ひろ子 という日本のねえちゃんがいて、その時間だけは日本語で聞けると思うな」


「FENの 窪田ひろ子 やな、覚えておくわ」

「覚えておくったってよ、お前には手も足も出る訳ないだろ、何しろ相手はアメリカの基地だからな、下手したらデストロイヤーみたいな兵隊に鉄砲で撃たれるぞ、それともフアントムの機関銃かも知らんな」


「できれば水鉄砲にしてほしいな」

「そうだ、お前と馬鹿話をしてたら、話の筋が変わってしまったわ。

 9月に待ってるんは岸和田のダンジリ祭りだ。

 ダンジリを担いでるヤツらは気が荒いから、清原が100人集まったようなものだ。お前は殴られて、顔が3倍くらいの大きさに腫れあがるだろうな」


「巌の兄貴の彼女は助けてくれないかな」

「おれもまだ会ったことがないから、どのくらいの色気か分かんないな、なにしろ

 岸和田のヤツらを静めるのは、ねえちゃんの色気次第だからな」


 ☆☆☆☆


「暁、お前の体最近何か匂うな、安い香水の匂いだと思うんだけど、景品に当たったのか」

「馬鹿なことをいうな、これはカネボウが誇る『火の鳥』って言う香水の香りだ」


「何がカネボウが誇るだ、火の鳥ったら手塚治虫に決まってるだろ。

 だけどお前に匂いが移るほど、接触するおばちゃんもいるんだな」

「なにを言ってるんだ、おれの彼女はおばちゃんじゃないぞ」


「その言い方はおばちゃんに対して失礼だと思うけどな」

「分かったそれじゃあ、訂正しておばちゃまにするな」


「おばちゃんとおばちゃまで、何が変わったんだ、それなら小森のおばちゃま(映画評論家)には、もっと失礼だろ」

「しょうがないと思うけどな、「小森のおばちゃま」は本人自から、『菊池寛とか檀一雄の愛人だった』って言ってるんだからな」


「もっといるぞ、川口松太郎も小森のおばちゃまを愛人にしてたんだぞ」

「それじゃしょうがないな、訂正しなくてもいいな」


「だけどお前に火の鳥の匂いを移すほど、接触したのは誰なんだ、堀の内なら石鹸とお湯で匂いは流れちゃうからな」


「冗談言うなオレは接触じゃねえ、密着だ、しかも彼女とな、ヒッヒッヒ」

「何がヒッヒッヒッだ、気持ち悪いな、一応聞いてやるからどんな彼女なのか、言ってみろ」


「律子っていう言う同じ事務所にいる先輩で、学校もオレの先輩だ」

「なんだ同じ会社の子か、手っ取り早いとこで、手を打ったんだな」


「お前はスッチーだろ、オレと同じだ」

「先輩って言ったな、何年先輩なんだ」


「2年先輩で、それに会社の先輩の娘だ」

「お前にしては上出来だな、よーし今日は蒲田の駅前で乾杯だ、行くぞ支度しろ」


















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